第20話
「2匹だな」
「二人で倒せませんか? 瑠璃、さっき眠ったばかりだし」
しんみりした会話のすぐ後、通路に入って来るモンスターを感知した。
ダンジョンには複数のモンスターが生息し、だいたい1階層あたり3~4種類が徘徊している。
徘徊すると言っても、お互い縄張りがあるので一定範囲内だけだ。
この辺りは『ホーンフロッグ』という、大きな角を持った蛙のモンスターだ。
蛙と言えばジャンプ力――とは無縁の、随分と肥満が進んだ蛙だった。
「このダンジョン、全体的に難易度が低いのかもしれない」
「え? そうなんですか?」
「うん。セリスさんのレベルは8だったよね? 大戸島さんが6だったか。今はもう少し上がってるはずだろうけど。その二人が24階層のモンスターを、苦も無く倒せてるからね」
「そ、それは、浅蔵さんのサポートがあったし。図鑑でどんな攻撃をするか、分かってるじゃないですか。それにあれから何度か眩暈を起こしているんで、レベルはもう少し上がってるはずですよ」
そうは言っても、分かるのは基本情報のみ。
瀕死状態でどんな攻撃をしてくるのかとか、そういうのは分からないからねぇ。
だからモンスターと戦えているのは、二人の実力だと思う。
それを考えてもこのレベルで24階層を攻略できているのは、難易度が低いからだろう。
「難易度が低いなら、これから冒険家になるって人たちにとって、レベルを上げる良い狩場になる」
「でも全然来ませんよね、冒険家の方」
「あぁー、うん。それはね――っと、そろそろ来るよ」
「はい」
大戸島さんが寝ている場所から少し十字路に戻ったところ。そこで俺たちは蛙を待った。
ただ待っていた訳ではない。
地面に、箱をオープン状態にしたゴキブリほいほいを仕掛けてだ。
俺たちを見つけた蛙が、その巨体を引きずってやってくる。
が、前足でゴキブリホイホイを踏み、その不快さに蛙が狼狽える。
「今のうち!」
「待てセリスさんっ。後ろの奴が罠に引っかかるまでっ」
「倒せます! 言ったじゃないですか。難易度低いって」
難易度が低いことと、油断していいのとは違う!
前の奴がゴキブリホイホイに捕まり、じたばたしているのを見た後ろの奴は、その場から動かずセリスさんが突っ込んでくるのを待っていた。
奴の顎がもごもごと動く。
マズい。
セリスさんもそれに気づいたのだろう。棒を構え、弾く気でいる。
だが――。
「危ない!」
セリスさんの意識は一匹に絞られていた。
だからゴキブリホイホイに捕まっている蛙のことを忘れていたのだ。
あいつの足にはゴキブリホイホイがくっついているが、ただそれだけだ。
ゴキブリホイホイて動きを封じれるのは、小さな昆虫程度。
そんなもの、ダンジョンには居ない。
ただ不快感を与え、隙を作るための道具でしかない。
その手にゴキブリホイホを付けたまま、ホーンフロッグが舌を伸ばす。
舌が彼女の背中に向かって伸びる中、それよりも先に俺の鞭がしなった。
『ゴェゴッ』
「うぅっらぁっ!」
鞭で奴の舌を絡め取り、その上で力いっぱい引く!
宙を舞う巨体を、今度はもう一匹に向け放り投げた。
『ゲェゴッ』
『ゲェボッ』
二匹はお互い頭を打ち、脳震盪を起こしている。
だがすぐ復活するだろう。
駆けて行ってセリスさんの手を掴み、俺の方へと引き寄せる。
彼女の目を正面から見つめ、そして声を荒げた。
「油断をするな! 過信するな!! 生きたければ、常に慎重になれっ。死なれちゃ困る!!」
「ぁ……ごめん……なさい」
強く言い過ぎた……セリスさん、涙目になっちゃったじゃないか……。
俺のバカバカバカ!
けど死なれると困るのは本当だし、自分を過信してはダメだというのもそうだ。
ダンジョンで生き抜くための、大事なことだから。
「倒すぞ。
「は、はいっ」
脳震盪から復活した蛙たちだが、まだふらふらしている。
一匹を俺が鞭で顔を締め、もう一匹をセリスさんが攻撃。俺も図鑑の角で殴打。
分厚い本の角って、痛いんだよなー。しかも鉄がくっついてるんだぜ。絶対痛いだろう。
そうして一匹目を倒し、舌や角で攻撃できないよう絡め取っていた蛙も――。
『◎△$♪×!?』
「あっ。おいやめろっ。ゴキブリホイホイを振り回すなっ。あーっ!」
最後の悪あがきとばかりに振り回したゴキブリホイホイは、見事俺のズボンにくっついた……。
「着替え……持ってきてました?」
「下着なら……とほほ……」
「ご、ご愁傷様で……浅蔵さん、何か落ちてます!」
「え?」
蛙の死体の傍に、緑色の物体が?
持ち上げると、それは意外にも大きく、そしてまるで蛙の抜け殻のようだった。
「着ぐるみみたいですね。蛙の」
「……えぇー、こんなアイテムのドロップもあるのかよー」
「図鑑に書いてありませんか?」
「そうだな。見て見よう。その前に、これ外す……」
べりっとゴキブリホイホイを引きはがすが、ズボンの繊維がかなり持って行かれた。その上べとべとした物も、ちょっぴり残っている。
ゴキブリホイホイをその場に捨て、蛙の死体が消えてなくなるのを見届けてから休息所へと戻った。
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【可愛い蛙の着ぐるみ】
胸元の赤いリボンがキュートな、蛙さんの着ぐるみだぞ♪
水面歩行が可能になる優れた性能を持つ。
跳躍力5倍。
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「な、なんて無駄に性能が良いんだ」
「水の上を歩けるってことですよね?」
「うん。そういうことだと思う」
なぁにが、赤いリボンがキュートだ。だいたいネーミングからして、可愛い蛙ってなんなんだよ。
「これ、大戸島さんが好きそうじゃないか?」
「え? 瑠璃がですか? あの子、蛙は苦手なんですよ」
「えぇ!? スライムは可愛いって言ってたのに」
「あの子の可愛いの基準って、ちょっと分かりにくいんですよね」
分からないよ、まったく。
ココアをすすりながら、蛙の着ぐるみをまじまじと見つめる。
手……ちゃんと五本指だ。ただ吸盤みたいなのが指先にあって、異様さを感じる。
足はダイビングで履くようなフィンの形になっている。これ泳ぐための物じゃないのか? これで水の上を歩く?
どこかで試したいけど、ダンジョン内の水場と言えばモンスターの巣窟だったりするからなぁ。
「あの……浅蔵さん?」
「ん? どうしたの」
セリスさんは俯き、小さな溜息を吐いてから面を上げた。
「さっきはごめんなさい」
「あ……いや、俺の方こそ。怒鳴って悪かったね」
「いえ。心配……してくれたとやろ?」
「うん。そりゃあ心配するやろ。せっかく生き残れたんだ。一緒に地上へ帰りたかとよ」
このダンジョンが生成されたとき、落ちたのは俺たちだけじゃないはずだ。
だけど24階を一日歩き回って、他の生存者は誰も見ていない。
これまでダンジョンが生成されて、生きて地上に戻って来た人の話は一度も聞いたことが無かった。
たぶん、落下した場所が良かったのだろう。スライムの体内だからな。
憶測にすぎないが、他の人は落下による衝撃で死亡したか、重傷を負ってモンスターに……。
とにかく今、俺たちは生きている。
「一緒に帰ろう」
少し落ち込み気味な彼女の頭に手を乗せ、優しく撫でてやる。
ん? なんだかセリスさんの顔が……真っ赤?
「ちょ、セリスさん、熱があるんじゃないか!?」
頭を撫でていた手で、今度は額に触れてみる。その手を次に俺の額に――ん? 熱は無さそう?
「大丈夫かい?」
「……ら、らいじょうぶっ」
ろれつが回ってない!?
まさか、蛙の特殊攻撃でも喰らっていたのか!?
図鑑、図鑑ーっ。
「ふふふぅ~♪ セリスちゃぁ~ん」
「はぅっ。る、瑠璃!?」
「大戸島さん、セリスさんの顔が赤いんだ。熱はないみたいなんだが――」
「ふふふぅ~♪ 浅蔵さんってぇ、にぶちんさんですねぇ」
え?
どういう事?
何がどうなのか分からないまま、セリスさんと大戸島さんが交代。
セリスさんは慌てて毛布に包まってしまった。
大丈夫だろうか……。
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