第19話

 ダンジョンで野宿することになった。

 まだ23階へと上る階段は見つかっていないが、だいぶん奥まで歩いて来ている。

 ここまで進んでは戻り別の道へ進むを繰り返したが、真っすぐ店まで戻れば4時間ほどだろう。

 とはいえ、今から4時間歩くのも辛い。体力も回復させたいしな。


 十字路になっているうちの一本。短いわりにうねうねと曲がった行き止まりの先で、野宿の準備を始めた。

 ここまで二人は気丈に振舞っていたけれど、やっぱり疲れていたんだろうな。

 壁を背にして座るなり、大きなため息を吐いてしばらくぼぉっとしていた。


「セリスさん、ポケット貸してくれるかい?」

「あ、はいっ。ごめんなさい、手伝います」

「いや、座っててよ。二人は念のため、通路の方を見張っててね」

「は、はい。見張ってます」


 二人が背を向け通路をじっと見つめる。

 本当はそんなことして貰わなくても、俺の感知で敵が近づいているかどうか分かるんだけどね。

 暫く足を休ませてやろう。


 ポケットを伸ばしてダンボールにする。

 そこからレジャーシートを取り出しテーブルを設置。横の方でカセットコンロを出してお湯を沸かす。

 直ぐに沸くよう、水は少なめにした。これでまずはホットココアを飲む。


「はぁー。やっぱ疲れたときは甘い物だねぇ」

「疲れとらんでも、浅蔵さんはココアやろ?」

「お酒もコーヒーも飲めんっちゃろぉ?」

「やめてっ。俺を子供扱いせんとって!」


 二人の顔に笑顔が浮かび、それを合図にして夕食の支度に取り掛かった。

 今日はお湯ぽちゃハンバーグだ!


「ハンバーグ、好きなんだよねー」


 俺がそう言うと、二人は顔を見合わせ――。


「お子様ランチの定番やもんね」


 と、セリスさんが言う。

 お子様ランチいいじゃないか! そんなにお兄さんを子ども扱いするっていうなら――。


「じゃあ二人の分も、俺が食べるけんね!」

「あ、やだ。それダメぇ」

「セリスちゃんが変なこと言うからぁ。浅蔵さん、私は何も言うてないよぉ」


 大戸島さんだって笑ってただろ!


 レンチンご飯とレトルトハンバーグを大きな鍋で湯せん。

 その間にトマトとキュウリを収穫して、スライスしてからドレッシングを掛ける。


 食べ物なんかないはずのダンジョンで、なんて贅沢な食事だろう。


「それでは――」

「「いただきます」」


 十字路までは距離にして100メートル以上。ただし直線ならそれ以下だ。

 こちら側の通路に侵入してくるモンスターが居れば、俺の感知にヒットする。

 気づいてから戦闘準備するまで時間の余裕もあるし、三人一緒に食事することにした。


「夜の間だけど、ひとりが寝て、残り二人が見張りとして起きておく。こうしようと思うんだけど」

「そうですね。お店の中じゃないですし、浅蔵さんひとりで起きているのも辛いでしょうから」

「うんうん。ひとりだとぉ、お喋りの相手も居なくて寂しいでしょう?」

「いや寂しいっていうか……そんなこと言われたら、これから寂しくなるじゃないか!」


 くすくすと笑う二人に、寝る順番を伝える。


 俺、大戸島さん、セリスさんの順番だ。

 男の俺が一番最初に眠る。これにはちゃんとした理由がある。


「大戸島さんは秒で眠れるし、心身の疲れもすぐ取れるスキルを持っている。セリスさんも疲れを取るという点では、同じようなスキルがある」

「そうですね。疲れが溜まっていても、眠ればスッキリしますから」

「でもぉ、それだと浅蔵さんが夜中起きてて、明日も起きてなきゃいけなくなりませんかぁ?」

「うん。だから明日からは活動時間を短くしていくよ」


 今はまだ7時を過ぎたところ。

 俺が直ぐに休み、12時になったら大戸島さんと交代。彼女も4時間休んでから、セリスさんと交代だ。

 ひとり4時間睡眠だが、翌日からは休憩を小まめに挟むことにする。

 30分ずつでも、それぞれ仮眠が取れるようにね。


「それに、階段を見つければそこでゆっくり休もうと思っている。一応安全エリアだからね」

「それまで頑張っ! ですねぇ」

「そういうこと。じゃあ先に休むけど、寝ている間も感知出来てるから。モンスターがこちら側の通路に入ってくるようなら、起きて知らせるから」

「分かりました。おやすみなさい、浅蔵さん」

「おやすみ」

「おやすみなさぁい」






 12時に時計のアラームが鳴り起床。

 眠っている間に何度も感知に引っかかったが、幸い一匹もこちらには来なかった。

 朝までずっとそうだといいけどな。


「じゃあ交代するよ」

「はぁ~い。おやすみなさぁい。ふわぁ~……すぴぃー」


 ……秒だな。

 ほんと、野宿向きのいいスキルだ。

 ダンジョンだと交代で眠ることになる。だから眠れる時間は短くなるんだが、横になってすぐ眠れる訳でもない。

 与えられた睡眠時間を、最大限生かせるスキルが大戸島さんにはある。しかも疲労回復自然治癒向上付きだもんなぁ。


「瑠璃のスキルって、こういう時羨ましいですね」

「そうだね。でもセリスさんだって、眠れさえすれば、どんなに疲れていても目覚めの後のラジオ体操でスッキリできるんだ。良いスキルだと思うよ」

「そう、ですよね。あの石板でステータスを見たときは茫然としましたが、よくよく考えると結構いいですよね。あ、これってテストの日とか、すっごく役に立ちますよね!」


 確かに。

 徹夜とまではいかなくとも、ギリギリまで勉強したって、少しでも眠れれば頭スッキリできるのだ。勉強時間をたっぷり取れるってことだもんな。

 ただ……勉強をたっぷり出来るっていうのは、勉強嫌いな俺からすると、もっと違う使い方があればなぁと思わずにはいられない。


「セリスさんは大学、行くの?」


 テストと聞いて、ふと気になったので尋ねてみた。

 こんな世界になっても、日本や他の先進国でも、学校も会社も存在している。

 義務教育はもちろんだけど、高校、大学、専門学校ももちろんだ。

 遠い他県に行くのは超が付くほど困難になったが、TVもラジオも健在だ。

 各都道府県――いや、各道府県では、地方ローカル番組を全国で短時間ずつ放送し、互いの無事を確認し合っている状況だ。


 大学は地元に限定されてしまったが、今でも多くの若者は大学に通っている。


「大学……ですか……まだ決めかねてるんですよね」

「え? でも高校3年生でしょ? 7月だし、マズいんじゃない?」

「そうなんですけどね。でも、こんな世の中なんだし、勉強より大事なことあるんじゃないかなって……。特に今回の件で、改めてそう思うようになりました」


 彼女はぽつりぽつりと話してくれた。


 セリスさんの家族は、両親と祖父、そして弟の5人家族。

 おばあちゃんは病で亡くなったので、ダンジョンとは関係が無い。

 だけど彼女の母方の親戚には、10年前のあの日に誕生したダンジョンで、幼い子供たちを失くした家族がいたようだ。


「叔母は、私たちを見るたび泣くんです。生きていればセリスちゃんぐらいだったのにって……」

「そっか……」

「その叔母は、3年前に自殺しました。ちょうど、ダンジョンが福岡に出来たのと同じ日に」


 ……。堪え切れなかった……のか。


「なんで私だけが生きているんだろうって。どうして自分も連れていってくれなかったのだろうって。叔母はよく泣きながら言っていました」

「その叔母さんの気持ち、よく分かるよ。俺もそうだから……」

「え!? あ、浅蔵さんも?」


 あの日――俺は学校で授業を受けていた。

 激しい揺れのあと、校舎の窓から見えたのは……。


「実家がね、福岡ダンジョンのあった場所にあったんだ」


 中学校から僅か100メートル先は、ダンジョンに飲み込まれ消えてしまっていた。

 自宅には母と、そして夜勤明けで眠っていた父、運悪く体調不良で学校を休んでいた姉が居た。


 誰も戻ってこなかった。

 うちだけじゃない、ご近所さん全員だ。

 

 同じ学校に通う生徒の半数が家族を失った。


 俺だけじゃない。


 あの日、大切な家族を失った人は……俺だけじゃないんだ。


「なんで俺だけ生きてるんだろうって……子供の頃は思ったよ。自殺とかは考えなかったけど、でも辛かった」

「浅蔵さん……」

「でもね、俺だけじゃないんだ。冒険家になった時、パーティーを組んでいたのも同じ町内に住んでた友人たちなんだ」


 当時、クラスの違うやつもいたけど、ずっと一緒に行動するようになった仲間だ。

 

 みんなで仇を討とう。


 そう約束した仲間なんだ。

 

 辛い時もみんなで支え合って来た。


 なのに俺は……。


「感知のスキルに押しつぶされ、みんなを裏切ってしまった……」

「そんなっ。そんな風に思わないでくださいっ。浅蔵さんが冒険家のままだったら、私も瑠璃も、今頃生きていません! だってそうでしょ? 冒険者だったら、会社に出勤なんてしてなかったはずです」

「そう……かもしれないが」

「はい。それに浅蔵さんは感知スキルを克服する、新しいスキルを手に入れたじゃないですか!」


 そうだ。

 順応力のおかげで心は乱されること無く、落ち着いてここまで来れた。


「地上に戻ったら、また……その、友達と一緒に冒険家をやれますよ」


 ふいに遠くを見つめセリスさんがそう言う。

 またあいつらと一緒に……か。


「……いや、それがそうもいかないんだ」

「え?」


 仲間たちとは今でも月に一度は会って、飯を食っている。

 先月会った時、女の子が二人加わっていた。


「その二人が小学校の後輩でさ。俺たちより1年遅れで冒険家になって、他のパーティーでずっと活動していたらしい」

「そ、そうなんですか。それで、そうもいかないっていうのは?」

「うん。その二人のうちひとりがね……探知スキル持ちなんだ」

「……あぁ……そう、なんですね。じ、じゃあ私にも……」


 ぼそりと呟いた彼女の声は最後まで聞こえず、どこか安堵したような表情を浮かべていた。

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