第18話

 ダンジョン10日目。

 この日、俺たちは遂に自力脱出を開始する。


「のんびりとした食事も、ここに居る時だけだ。ダンジョン内だと常に警戒しながらだからね」


 ポケットに入れた野菜は、さくっと生でも食べられるトマトとキュウリの二つだけ。

 ダンジョンで新鮮な野菜が食べられるだけ、奇跡なのだから感謝しなきゃな。


「二人とも、準備はいいか?」


 準備と言っても、心の準備だ。

 これから三人で、この地下24階をクリアしなきゃならない。

 店からすぐの所に下り階段があったってことは、上り階段までは確実に遠いだろう。

 ダンジョンは親切設計にはなっていない。基本、下りと上り階段は遠くに設置されているからだ。


「出来てます。行きましょうっ」

「うん。絶対帰ろうね~」


 気合十分。そんな二人の姿を見て俺も頑張らなきゃなと思う。


「じゃあ出発前に、これだけは言っておくよ。決して油断はしないこと。自分を過信するのもダメだ。それから――」


 俺はセリスさん、大戸島さんの順に見つめる。


「必ず、三人一緒に生きて地上へ帰る。いいね?」


 一瞬の間。

 二人の唇がきゅっと閉まる。

 それから二人は声を揃え、「はいっ」と元気よく答えた。

 

 これまでお世話になったホームセンターにしばしの別れを告げ、俺たちは前進した。

 建物をぐるっと取り囲む壁には、三つの通路があった。まずは一番近い正面の通路から。分かれ道があれば、左手の法則で進むことにした。


 出てくるモンスターは、やはりナメクジとカタツムリの二種類だ。


「シュッシュするぞ!」


 図鑑を小脇に抱え、リュックからナメクジ撃退スプレーを取り出す。

 スプレーを持って側面から奴へと近づき、その体にシュッと一吹き!


 うん。体の大きさを考えたら、この程度じゃ効かないな。いっそ蓋を外してぶっかけてみるか。


「ていっ」


 バシャっとかけると、ナメクジがじたばたもがき苦しみだした。


「効いてる!」

「害虫駆除剤って、モンスターにも効くんですねぇ」

「化学の力だね」


 弱ったところで止めを刺し、奥へと進む。二匹、三匹と居た場合、走り抜けられそうなら無視して前進した。

 たまにドロップするカタツムリの殻は放置。無駄に大きいのでアイテムポケットにも入らない。


 通路はそれほど広くは無いが、それでも幅3メートルはある。

 一度端に寄せて、それから逃げることも出来た。まぁ動きが遅いので、時間はかかるけどね。


「倒してしまったほうが、帰りが楽じゃないですか? モンスターと遭遇しないんですから」

「いや。モンスターを倒してもね、どんどん補充されるから無意味だよ。ダンジョンに意志でもあるのか、一定数を常にキープしてるから」

「うぇん。倒したら終わりじゃないんですかぁ」


 終わりなんてものはない。

 だけどいつか終わりが訪れるはずだ。

 それを信じて、冒険家は日々ダンジョンへと潜る。


 俺の感知は常に反応しっぱなしだ。効果範囲が伸びたからだろうなぁ。

 それでも18歳のあの頃に比べると、月とスッポン。

 不安に押しつぶされそうだったり、恐怖で我を忘れそうになったり、そういうことが全く無い。


 その感知を発揮させ、近くにモンスターがおらず、居てもこちらに向かって来ている訳じゃない時に休憩を挟み、確実に進んでいった。


 時間を見るだけならと、ホームセンターから持って来た腕時計。

 今は11時過ぎか。

 店を出たのは9時頃なので、2時間は過ぎたな。


 だが俺の図鑑の地図には、階段の記号が表示されていない。


「進みつつ、昼食が取れそうな場所を探そう。小部屋みたいになった場所があるといいんだけどね」

「周辺のモンスターを倒してしまえばどうですか?」

「それでも通路で飯を食べるのはお勧めできない。俺が冒険家だったとき、パーティーは6人だったんだ」


 小部屋なんかに入って、それでも半分は接近してくるモンスターを倒すために戦闘態勢のまま。残りが食事を食べ、それを交代していた。


「慎重なんですね」

「そうしなきゃ生きていけないからね」

「従兄のお兄さんも言ってました。慎重になりすぎて、ガチガチになるのはダメだけど……でも油断するのはもっとダメだって」


 ん? 大戸島さんの従兄ってのは冒険家なんだろうか?

 そう。ダンジョンでは死と隣り合わせなんだ。

 慣れによる油断が命取りになる。


「と、俺の友人も言っていた」

「えぇ!? 浅蔵さんの経験談と違うと!?」

「だって俺、半年しか冒険家やってないけん!!」

「えぇー。ちょっと尊敬したとよ! カッコいいって思ったとよ! 乙女心返して!!」

「あ、お部屋みぃつけたぁ~」


 ……今、さらっと「カッコいい」って言われた?

 俺が? うそん?

 お兄さん、ちょっとドキムネしてるんですけど。

 あ、何事も無かったかのように二人が小部屋に入ってく。

 うん、大丈夫。その中、モンスターは居ないから。

 でも待ってぇ~。





 小部屋は6畳ほどの丸い部屋。

 扉も何もないので、もちろん安全ではない。だけどモンスターが来ても、ここなら入り口で確実に一匹ずつ相手に出来る。


「大群に囲まれればマズいけどね。まぁカタツムリやナメクジ相手に、大群に囲まれるまで放置するわけではないからね」

「はぁい、セリスちゃん。お味噌汁どうぞ」

「浅蔵さん、お先にいただきます」

「どうぞ」


 二人には先に食事をして貰い、その後俺が食べる。

 感知の範囲に10匹の反応があるが、部屋の外の通路を通りそうな奴は居ない。

 食事の用意をする前、一匹近づいてきたので先ほど仕留めておいた。暫くは安全そうだ。


 図鑑を開いて道を確認。

 店の正面にあった穴をずっと進んでいるが、何度か行き止まりにぶち当たっては道を戻って分かれ道を右に行っている。

 小部屋を隅々まで歩き、図鑑のマッピングを確認した。


「階段はまだ出ませんか?」

「うん。まぁ2、3時間で階層を突破できることの方が、珍しいぐらいだと思うよ」


 少なくとも福岡で最初に出来たダンジョンは、1階層から2階層に下りるまで数日掛かった。

 まぁマッピングもなければ、冒険に不慣れなのもあったしな。


 不慣れなのは彼女らも同じだけど、少なくともスライムとナメクジ、カタツムリとは戦いなれている。

 レベルも上がっているから、そういう点ではあの時の俺たちとは違う。


 手早く食事を終わらせ再び前進。

 暫く歩くと、これまで遭遇しなかったモンスターと出くわした。


「トカゲ?」


 セリスさんの言葉に俺は首を振る。

 丸い頭に平たい尻尾にぬめっとした表皮。

 トカゲではなく、オオサンショウオだ。それが二足歩行で歩いている。

 このモンスターは俺も見たことがある。確か名前は――。


「ウォーターリザードンだ。リザードンと言っても、見た目はオオサンショウオなんだけどね……」

「やっぱりトカゲなんですね」


 いや……オオサン……まぁいいや。

 こいつは表皮に粘液があって、打撃系は効果が薄い。

 なんかそういうモンスターが多いな。


 気をつけなければならないのは――。


「人間の駆け足と同じ速度で走って来るからな!」

「うわぁ、来ましたぁ~」

「打撃は効かない! 薙刀で突けっ」


 俺がワイヤーウィップをいなし、奴の顔に巻き付ける。

 奴は長い舌で攻撃をしてくる。しかも鮫肌みたいに小さな刃のようなものが無数に生え、スパっと切れるのだ。

 その舌を伸ばせなくするために、こうして顔を鞭で縛り上げる。


「モンスターにも心臓はある! そして弱点という点でも人と同じだ。そこを突けっ」

「は、はいっ」


 大戸島さんがさんがウォーターリザードンの脇腹から薙刀を一突き!


「ふぇ、ダメぇ?」

「瑠璃、私が止めを刺すっ」

「お願いぃ」


 さっと身を引いた大戸島さんと入れ替わったセリスさん。彼女は大戸島さんがつけた傷の上から、寸分たがわず刃を差しこんだ。


『ム――』


 口を閉ざされたまま、ウォーターリザードンは短い断末魔のあと、ばたりと倒れた。


「ふぅ。お疲れ様。奥からたぶん同じ奴が2匹来ているよ。ゆっくり歩いてるから、直ぐには遭遇しないけど」

「怖いモンスターですか?」

「カタツムリとかよりはね。図鑑、見ておくかい?」

「はい。お願いします」


 図鑑を開き、俺の左右から彼女らが覗き込む。


 不謹慎なのかもしれないが……可愛い女の子二人に挟まれるって、やっぱりドキドキするよな。

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