第101話

 岩場での戦闘はかなりきつい。

 モンスターの強さよりも、単純に足場の悪さでの苦戦を強いられた。

 分身レベルが2にあがっていて良かったよ。


 鞭使いが三人になったことで、複数のモンスター動きを同時に止めて仕留めることも出来る。

 これが無かったら29階の攻略は厳しいだろうなぁ。


「今日は無理せず、地図埋めだけを優先させよう」

「そうやね。と言っても……28階みたいに、岩場がぐるっと一周しとるだけやないみたいやし」

「うん……迷路タイプで、尚且つ海っていうのがね」


 迷路タイプの壁の代わりに海がある。

 そんな構図の29階は、海の上に岩場が通路のように張り巡らされていた。

 岩場通路に囲まれた海は、プールの様になっているにも拘らず荒れた波がたっている。

 どういう仕組みなのかと考えても、ここがダンジョンだからで片付けるしかない。


 その海からもモンスターは襲ってくる。


『フライングキラーフィッシュ』

 どう見てもピラニアだ。しかもトビウオのように翼をもつピラニアだ。


「ピラニアって淡水魚だったよね!?」

「そうたいっ。海からピラニア飛んでくるとか、非常識っちゃ!」

『ダンジョン創造者! もっと地球の魚の生息地、勉強しろっ』


 海面から飛び跳ねてくるピラニアは、鞭で叩き落とすか、噛みつかれた時にセリスさんの薙刀で突くか、図鑑でぶん殴るしかない。

 今度来るときは分身用の近接武器も用意しなきゃな。図鑑は量産できないようだから。


『危ない、セリスさん!』


 そう叫んだ分身が、飛んできたピラニアにがぶりと噛みつかれる。


『痛っ』

「浅蔵さん!?」

『大丈夫。痛いが、まだ平気だ』


 思いっきり噛みつかれている分身だが、その傷口からは血が流れていない。

 分身って……血が流れないんだよな……。なんかそれはそれでホラーなんだけど。

 青とか緑の血が流れないだけ、まだマシ?


 その時、宙を舞うピラニアの姿が見え、その軌道上にセリスさんが。

 俺は自然と体が動き、彼女を守るため前へと出る。

 図鑑を握りしめ、奴の顔面へと向け振り上げた――が、奴は羽ばたき、上昇する。

 それを分身の鞭がいなして岩へと叩き落とした。

 すかさず図鑑の角で殴打して止めを刺すと、すぐにセリスさんを守るべく接近。


『本体。セリスの事は俺たちに任せろ』

『そうだ。お前は図鑑を持ってんだから、殲滅に専念してくれ』

「え。いや、俺もセリスさんを……」

『『俺たちに任せろ』』


 そんな……俺も彼女を守りたいのに。


 分身二体はセリスさんを挟み、飛んでくるピラニアを鞭で叩き落としていく。

 岩場でビチビチするピラニアを、海に逃げられる前に俺が図鑑で止めを刺す。

 反対側ではセリスさんも薙刀で同じように止めを刺していた。そして分身と頷きあって次の獲物へと取り掛かる姿が見える。


 俺はもうひとりの分身と、それを恨めしそうに見つめる事しかできなかった。


 自分に嫉妬してどうすんだ、俺。






「ただいま」

『にゃああぁあぁぁぁぁぁっ。あさくにゃああぁあぁぁぁ』


 夕方、帰宅すると虎鉄が叫びながら出迎えてくれた。

 置いて行かれたことがそんなに寂しかったのか。

 よしよし、夜はたっぷり遊んでやるかぁ。


『お土産にゃああぁあぁぁぁぁ?』

「そっちかよ!!」


 お土産なんて無い!

 モンスターからのドロップはあるが、今回は食べれそうなものは無い。

 ピラニアの羽、鋭い牙。ここでも出た宿カリの『宿』と、この三つだけだ。


 図鑑によると、羽は出汁が出ると書いてあるので、大戸島さん行きに。

 牙は武器を作る素材に、宿=巨大巻貝は砕いて石灰として使える。二つは支援協会に売却だな。


 食べれるものが無いと聞いた虎鉄は、耳と尻尾を垂れ、残念そうにリビングへと戻っていく。

 以前買って来て貰った、猫用布団。それをリビング中央に自ら敷いて、中へと潜り込んでしまった。

 そこまでして残念感を表現するのか。


「仕方ないだろ。29階のモンスターが食材落とさないんだから。まぁまだ手前半分も行けてないから、奥へ行けばモンスターの種類も増えるかもしれないが」

『にゃ!? じゃあもっと奥行くにゃっ』


 現金な奴め。

 布団から飛び出してきて、今すぐ行こうと誘う。

 だがお断りだ。

 正直、足場の悪いあの場所で、長時間歩くのはしんどい。

 せめて今日はゆっくり足を休ませないと。


「また明日だ。今は風呂に入ってさっぱりしたいし。なんなら虎鉄、一緒に風呂に行くか?」

『んにゃ!? 行かないにゃあぁぁ』


 すぐさま走って布団へと潜ってしまう。頭だけ突っ込んで、下半身は丸見えって言うね。

 尻尾がくねくねと動いている辺り、本猫は楽しんでいるようだ。

 虎鉄が入った布団を掴み引きずると、嬉しそうにうにゃうにゃ言って尻尾を振っていた。


 ひとしきり遊んでやってから風呂へと向かうと、風呂前ではセリスさんと転送屋の上田さんの姿が見えた。


「こんばんは、上田さん」

「あ、浅蔵さん。こんばんは~。今セリスちゃんから話を聞いたんですけど」


 話?

 も、もしかしてセリスさん、俺たちの事を上田さんに?

 いや、一応お付き合いはまだってことにしているし、わざわざそんな事話したりしないよな。

 だがしかし、万が一俺が他の女性に好意を寄せられたりとかしたらセリスさんは困るだろうし、その予防策?

 いやぁ、俺って愛されてるなぁ。


「29階の攻略、大変そうですねぇ」

「あ……その話ね。うん、大変。足が棒のようになって疲れるから」

「なんだか残念そうですけど、どうしたんですか?」

「なんでもない。なんでもないよ」


 自意識過剰過ぎだったか。反省。


「その疲れなんですけど、少しだけ和らげられるかもしれませんよ」


 そう言って上田さんは満面の笑みを浮かべた。

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