第161話
由布院の旅館に到着したのは3時過ぎ。
昔は旅館がいくつもあったそうだが、世界がこうなっては客足も減って潰れた宿も多い──という話は聞いていた。
それでも大きな旅館がいくつか残っているし、最近は客足もここ2年ほどは増えているという。
「ダンジョンはどこにでも生成されますから、旅館にいようが自宅にいようが、それは変わらない。そう仰るお客様が多いですねぇ」
「はは、その通りですね」
「そもそも、いつどこに出来るのか分かりませんし。だったら楽しもうという方が、ここ2年ほどで増えてらっしゃいます。有難いことです」
そんな宿の人に、由布岳が見える部屋へと案内された。
部屋──と言っても実際は離れだ。
部屋が三つ、露天風呂と内風呂、そして岩盤浴まで揃った特別室を予約してある。
「うわぁぁ、広いですね!」
「セリスちゃん、セリスちゃん。露天風呂も大きいよぉ」
「ほんとだっ。これならみんなで入っても、ゆっくりできそうば──」
そこまで言ってセリスの顔が赤くなる。
うん。みんなで入るのはマズいね。
そりゃあ50階裏ステージではみんなでどんどん入っていたけど、それ服着たままだしね。
「いいよいいよ~。セリスちゃんは浅蔵さんと入っててぇ」
「え、いや、あの、ダ、ダメよ瑠璃。そんなのダメェ」
「ふふふ。若い方はいいですねぇ。お食事は夜の7時に、こちらへお持ちしますので。お布団はどうしましょう?」
「あ、えぇっと──」
和室が3部屋。うち1部屋は細長く、露天風呂が丸見えだ。
風呂が見えない部屋に俺の布団を敷いて貰おう。
「浅蔵さぁん。外の露天風呂って、少し低い位置にありますし、内風呂から覗こうとしなければ見えませんよぉ」
「そうか? どれどれ──おぉ、確かに窓から顔を覗かせなきゃ見えないな」
「よぉし。じゃあみんなで入ろ~」
「べ、別々のお風呂やよね? 別々やよね?」
「別々だよぉ」
当たり前だよぉ!
だがこの問題には穴があった。
内風呂に行くためには露天風呂が丸見えな廊下を通らなければならなかったのだ。
入るときはいい。
俺が先に行ってしまえばいいのだから。
だが風呂から上がった後はどうする?
彼女らが露天風呂から出て着替えるまで待たなければならないだろう?
というのを、内風呂に入ってから気づいた。
女の子って、風呂長いよな……。
しかも俺が湯舟に入ってしばらくしてから、壁の向こうに彼女らの声が。
「きゃぁぁ、さむーいっ」
「まだ3月やけん、当たり前たい」
「浅蔵さぁ~ん。そっちはどうですかぁ~?」
「あ、ああ。気持ちいよ。露天風呂側とは違う方の窓から外も見えるし、露天風呂気分は味わえるよ」
「よかったぁ~。あ、もし後で露天風呂に入るときは言ってくださいね。私たち奥の部屋でテレビ見てますから」
テレビか……そういえば俺、結局ダンジョンの自宅に住んだままだからテレビをリアルタイムで見てないな。
そうか、テレビ……見れるんだ。
今ってどんな番組やってんのかなぁ。
「ねぇねぇセリスちゃん」
「なにぃ~、瑠璃ぃ」
「セリスちゃん、温泉に溶けちゃってる……。あのね、4月からセリスちゃんはどうするの?」
「えぇ~……そりゃあ他のダンジョンの攻略に……浅蔵さん、行くんですよね?」
「ん。うん、とりあえず福岡01の図鑑移動ができるようにするために、行ける所までいっきに降りるつもりだ。手描きの地図がだいたい完成しているなら、ほとんど迷わず下りれるだろう」
「だそうです。瑠璃は調理師免許取るために専門学校やろ?」
「うん。博多のほうの学校に行くのぉ」
キャッキャと賑やかな声と、ぱしゃぱしゃと水の跳ねる音。
時々、虎鉄の悲鳴が聞こえる。
そういえばあいつ、さっき露天風呂に隣接したテラスにいたな。
今日は天気もよく、露天風呂の近くだと湯気の影響で少し温いのかもしれない。
猫らしく丸くなって寝ているところに、二人が温泉を掛けているのだろう。
温泉、気持ちいいのになぁ。なんで虎鉄には分からないかなぁ。
はぁ……
そろそろ
あがりたい。
けど向こうはまだまだあがる気配はなく、楽しそうだ。
せっかくの温泉だし、ゆっくり入らせてやりたい。
・
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・
結果──
「浅蔵さんっ、ど、どうしたんですか!?」
内風呂側の脱衣所の存在を思い出してあがったものの、完全に湯だってしまった俺は、バスタオル一枚の状態で床に転がっていた。
あぁ、床……気持ちい……。
「もうっ。のぼせる前にあがればよかったんばい」
「うぅぅ」
『にゃ~。お風呂入るから悪いんにゃよ。あっしのようにお風呂に入らなかったら、倒れることもないにゃ~』
「虎鉄は毛繕いできるからいいけど、浅蔵さんはできないのよ」
『じゃああっしが毛繕いしてやるにゃか?』
と言って虎鉄が俺の腕を舐める。
痛い……
けど、今のこの状況は嬉しい。
浴衣を着たセリスさんの──膝枕。
見上げるそこに山があって、その山越しに彼女の顔がある。
いい眺めだ。
なんて思っちゃいけないんだろうけど、やっぱりなぁ。いいよなぁ。
「うふふふふぅ~。浅蔵さぁん、鼻の下ぁ~」
「ふわぁっ!?」
にょきっと湧いた大戸島さんの顔が近くて、思わず体を起こすと──
ぼにゅんっと、柔らかいものが顔面を直撃した。
「きゃっ」
「ふ、ふが……」
苦しい。
でも嬉しい。
あぁ……頭くらくらする。
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