第160話
「ところで、武くんは?」
「タケちゃんはお仕事です~。お金を貯めたいから、今回は見送りだってぇ」
「へぇ……。大戸島さん、あんまり残念そうじゃない?」
「うんっ。今回はセリスちゃんとのんびりするのが目的だしぃ。それに……」
大戸島さんはそこで黙ってしまった。
今俺たちは由布院に向け、大分自動車道を走っていた。
レンタルしたのはゆったりと乗れるSUV車だ。
運転席には俺──助手席には──
『うにゃあぁぁぁっ。はにゃいっ、はにゃいにゃ!』
赤ちゃん用のシートに乗ってシートベルトをした虎鉄が乗っている。
セリスは後ろで大戸島さんとキャッキャと楽しんでいるようだ。
ふ……恋人を助手席に座らせてデートとか、遠いな。
いや、俺たちはまだ恋人じゃないんだ。
そ、そうだよ。何勘違いして──あ?
あれ?
俺たち、地上に出れたじゃん。
あれ?
じゃあ……お付き合い、してもいいってこと?
そう考えると急に頭がカァーっと熱くなってきた。
いや、今考えるのは止めよう。安全運転第一!
ヨシ!
『にゃー。あさくにゃ、顔赤いにゃね。熱にゃか?』
「……違う。あ、二人とも休憩挟まなくて大丈夫か? この先の山田SA過ぎると、あとはトイレと自販機程度のSAがあるだけなんだ」
昔は玖珠のSAがあったが、高速道路の利用客が減ったため、食堂やコンビニは無くなってしまった。
何か食べるなら、ここを過ぎたらもう由布院まで行くしかない。
「もうお昼過ぎとるし、お腹すいたばい」
「私も~」
『いにゃにゃー! ご飯食べるにゃっ。ご飯!!』
と虎鉄が騒いだところで、山田SAで休憩をすることになった。
朝早く二人が福岡02の家に尋ねてきて、それから荷造り、地上で宿の予約、レンタカーの手配。
出発したのは11時過ぎだったが、結構長い距離で下道を走って来たのもあって、ここに着いたのは1時近く。
SAの駐車場に入って、車から降りて背伸びをする。
「んんーっ。久々に運転したなぁ。何か月ぶりだろう」
「何か月ぶりの浅蔵さんの運転……そう思うとちょっと怖いですねぇ」
「もう瑠璃ったら。乗せて貰っとるんやけん、文句言わんと」
『にゃー。ここなんにゃー?』
「ここはな──」
地上に出れるようになった虎鉄にとって、ダンジョン生成区域の外は知らないことだらけだった。
まず車──エンジン音に驚き、動き出せば景色が流れていくことに驚き、ある程度の場所へ行くとたくさんの車が走っていて驚き。
驚いてばかりだ。
SAは長距離移動するための休憩場所だと教えてば、何故かその場で毛づくろいを開始。
まぁこいつにとって休憩ってのは、それなんだろう。
今回、ミケは留守番をしている。
武くんに鍵を預け、俺たちが由布院に行っている間は部屋を貸すことになった。
その方が夜も遅くまで収穫の仕事が出来るから、バイト代が稼げるのだとか。
こちらとしてもミケの餌やりをお願いできるのでありがたい。
「虎鉄を連れたまま、お店の中に入れますかねぇ?」
「さすがにマズいだろうなぁ。二人は先に食べてきなよ。俺は虎鉄とぶらぶらしてくるからさ」
「あ、でも、店舗の外にもテーブルありますよ。そこで食べてる人もいるし」
「じゃあ私と瑠璃で注文するけん、浅蔵さんは虎鉄と一緒に座って待っとって」
「あーじゃあ──」
SAの建物へと近づくと、確かに表にもテーブルや椅子が並べられて、そこで食事をしている人もいた。
たぶん、昔は無かったんだろうな。
何故オープンカフェのようなものができたのか。
きっと、突然のダンジョン生成に備え、直ぐに車に乗り込んで逃げられるようにするためだろう。
いやいや、そんなこと考えるな。
ただのオープンカフェだと思えばいいじゃないか。
せっかくの楽しい気分が台無しになってしまう。
ここで地元名産の豚肉をお重にした物を俺はチョイス。
でもちょっと足りなさそうだし、あとで店内のパン屋も見てみよう。ここにいてもいい匂いが漂ってくるんだよなぁ。
『あさくにゃー、ご飯』
「もうちょっと待て。今二人が注文に行ってるから」
『あっしの分も?』
「いや、お前はいつものカリカリだ」
『しょぼーん』
しょぼんって言うなよ。
二人でテーブルに座って待っていると、やっぱり周辺の人から奇異な目で見られる。
だが子供は無邪気だ。
「ママー。あの猫ちゃんお話してゆー。かわいいねぇ」
にっこり笑ってそう言う子供に、虎鉄は『にゃー』と、こちらも笑顔で返す。
「あ、すみません皆さん。自分、冒険家で。こいつはスキルで仲間にしたやつなんです。無害ですから、安心してください」
『無害にゃよー。あっし、いいケットシーにゃ』
首を傾げて目をキラキラさせる虎鉄を見て、険しい表情だった人たちの顔が──緩む。
チョロいな。
「お待たせー」
「浅蔵さんの分、先に置きますね」
「あ、ありがとうセリス」
『んにゃー。良い匂いするにゃ。それなんにゃ? なんにゃ?』
「ぶ、豚の角煮丼」
テーブルによじ登り、俺の豚角煮丼をじぃーっと見つめる虎鉄。
その口元が早くもきらりと光っている。
「猫ちゃんも豚食べたいんだ~。それ美味しいんだよ~、猫ちゃん」
くっ。悪魔かお子様は!
もう虎鉄の目が、俺の豚角煮から離れないじゃないか!
お重を上下左右に移動させると、虎鉄の視線も一緒についてくる。決して離れることはない。
完全に獲物を見る目だ。
ダメだ……。
「虎鉄はダェ~メ。角煮は味が濃いから、猫に食べさせちゃダメですよぉ」
『ふにゃ!? そ、そんにゃばにゃにゃぁ~』
がっくりと項垂れる虎鉄。
そこへセリスがトレーを持って戻って来た。
「はい、これで全部揃ったから食べましょ──て、どうしたの虎鉄?」
『うっうっ。瑠璃はイジメルにゃ~』
「虐めてないもぁん。虎鉄が浅蔵さんの豚の角煮欲しそうにしていたから、ダメって言ったの。これは味が濃いから、猫にあげちゃあダメなものっ」
「なるほどね。大丈夫よ虎鉄。私のチキン南蛮のお肉あげるから」
『にゃ!? セリスは神にゃっ。仏様にゃ~』
……だからどこでそんなセリフを覚えてくるんだ、こいつは。
タレを付ける前のチキン南蛮は、ただの肉の揚げ物だ。
念のため衣も外して中の肉だけを虎鉄に与える。
『にゃっついにゃ』
「ふーふーして冷ませ」
『にゃふー、にゃふー。にゃふにゃふ、うみゃうみゃ』
少しずつ口へと運んでじっくり味わう虎鉄。
一個すべてを平らげた時、目をキラキラさせてセリスを見つめた。
『これ凄いにゃ! 美味しいにゃ! 美味しいにゃよセリスゥ』
彼女の足にすりすり。
つまり
もっとくれ。
という催促だ。
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