第162話

「あぁ、やっぱ黒毛和牛うっま!」

「浅蔵さんっ。お肉ばっかりじゃなくって、お野菜も食べてくだ──あぁ、セリスちゃんもぉっ」

「ひぅっ。だ、だって食べんとなくなるやん?」

「そうだぞ、大戸島さん。食卓とは戦場なり! ていっ」


 夕食はA5等級の黒毛和牛を使ったすき焼きだ!

 あぁ、これでステーキ食いたいなぁ。


「もういいもんっ。お肉追加するからぁ」


 そう言って大戸島さんは部屋に設置された電話へと向かった。

 追加注文できるのか?

 そんな目でセリスを見ると、察した彼女がどこからか冊子を持って来た。


「追加料金で肉一皿3500円……」

「……だ、大丈夫……ですかね?」

「あぁ……うん。大丈夫。ダンジョンでの暮らしはお金がかからないからね。装備代で使ってはいるけれど、ドロップ品の売却や情報料でなかり貰っているから。セリスにもお金が振り込まれているはずだぞ?」

「あ、そういえば冒険家登録するときに、口座番号書いていましたね。振り込み制なんですか?」

「いや、言えば手渡しも可能だけど。お金使うことがなかったから、ずっと説明していなかったな。ごめん」

「あ、いえ。いいんです。通帳もカードも母に預けているので。そもそも今まではATMすらいけませんでしたし」


 確かに。ほんと、宝の持ち腐れだったものな。

 電話を終えた大戸島さんが、にこにこ顔で戻って来た。


「ふふふぅ。お金の心配はしなくて大丈夫ですぅ。おじいちゃんから、20万円貰いましたからぁ」

「「…………」」


 会長……孫可愛がり過ぎ。

 ま、それはそれ、これはこれ。

 ゴチになります!


 暫くして運ばれてきた追加の肉は5皿。

 さぁ、食うぞぉ!


「浅蔵さんとセリスちゃんは、このお野菜食べるまでお肉お預けねぇ」

「「えぇ!?」」


 そう言って大戸島さんが俺たちのお皿に、こんもりと野菜をよそっていく。

 あぁ、俺の黒毛和牛ぅぅぅっ。






「はぁ~、食った食った」

「良かったですね浅蔵さん。ご飯前に体調戻って」

「肉のためだ。風呂でのぼせたぐらいでくたばってたまるかってね」

「ふぅ。今日一日で何キロ太ったかなぁ」

「やめてよ瑠璃! 体重のことは忘れていたいんだからっ」


 女の子は大変だ。

 とはいえ、福岡02攻略後から書類の手続きだのなんだので、それ以外に体も動かしていない。

 帰ったらトレーニングマシーン買おうかな。


 ただ問題が一つある。

 次の攻略はひとまず福岡01ダンジョンだ。

 ある程度の階層までの直通地図が出来たら、それをコピーして支援協会のほうから他の冒険家に配布してもらう。

 そうすることで、他県から来た冒険家なども攻略速度を速められるからだ。


 その間に、ダンジョンの完全開放実験候補を決めて貰い、住民の避難計画や迎撃準備が進められることになっている。

 その準備が全て終わったら、多くの冒険家での攻略を開始。


 とここまでがとりあえず今年の目標だ。

 

 問題っていうのは、福岡01から02ダンジョンは遠い。02から車で01に通おうと思ったら、片道1時間はかかる。

 その後の完全開放実験のダンジョンは県外だ。福岡には今のところ二つしかないから、必然的にそうなる。


「どうしたんです、浅蔵さん」

「悩みでもあるんですかぁ?」

「ん。あぁ、その。家のことでね」

「「家?」」


 福岡01を攻略するなら、近くにアパートを借りるべきか。だけど他県のダンジョンの完全攻略が始まれば、借りたアパートを数カ月は空けることになる。

 そう考えると家賃が勿体ない。

 そのことを話すと、二人とも一緒になって悩み始めた。


「実は私もそれ、考えとったんばい」

「博多の学校に通うために、アパートもう借りちゃったんだけどぉ。天神のダンジョンまで遠いけど、セリスちゃん泊まるぅ?」

「うぅん。不規則な時間に行ったり帰ってきたりやけん、瑠璃に悪いばい。それに相場くん……そうだ、彼はどうするの?」

「うん。どうするのかなぁ」


 どうするんだろうねぇ。

 俺もどうしようか。

 他の冒険家みたいに、やっぱビジネスホテル暮らしかねぇ。


 はぁ、ダンジョン暮らしの次は、ビジネスホテル暮らしか。


「じゃあ浅蔵さぁん。私たち、もう一回温泉入りますからぁ」

「え? また入るのかい?」

「あ、浅蔵さんも入りたいと?」

「え!? い、いい、いや、おお、俺はいいよ。ふ、二人でごゆっくり」


 入りたい! なんて言えるわけないだろうっ。

 大戸島さんだっているんだぞ。ダメに決まってるじゃんっ。


「浅蔵さん、なんか勘違いしてるよねぇ」

「そう……やね」


 え、なんか違った?

 え、三人一緒っていう意味じゃなくって、俺が入りたいっていうならお先にどうぞっていう意味だった?

 そ、そうでしたか。はは。


「さ、先に寝てるよ。うん、おやすみ」

「おやすみなさ~い」

「そういえば、予約制の貸し切り露天風呂が別にあるって書いとったばい。電話か母屋のロビーで受付すれば、すぐにでも入れるって書いとったけど」

「貸し切りか。ちょっと行ってみるか」


 せっかく温泉に来たんだ。露天風呂にだって入りたい。

 ロビーへ電話をしようにも、置いてあるのは露天風呂が覗けてしまう部屋。

 下駄を履いてロビーのある母屋へ。


 カウンターに男の人がひとりいたので貸切風呂のことを尋ねると、残念ながら今夜は既に予約が入っているとのこと。


「明日の朝、あとは夜でも20時からでしたら、二つとも空いておりますが」

「二つあるんですか?」

「はい。いかがいたしますか?」

「料金は──」


 だいたいこういうのは別料金だろ?

 ──と思ったが、それは昔のこと。今は別料金無しで利用できるようにしてあると。


「今はお越しくださるだけでも有難いものですから、予約制というだけで別途料金は頂いていないのですよ」

「そうなんですか……。そういえば大分のダンジョンは大分市とどこでしたっけ?」

「宇佐市ですね。幸いというのか、人口密集地でない場所に出来たので、被害は少なかったようですが」


 山口でも人口の少ない場所に出来てたと言っていたな。

 福岡02だって、最初の天神に比べれば、被害は数千人と少ないと言えなくもない。

 亡くなった人の数に大小など関係は無いけれどな。


「しかし宇佐のダンジョンは13階しかなく、冒険家があまり来ないと聞きました」

「浅いからですか?」

「えぇ。私の同級生が冒険家でして。彼が言うには、中に住んでいるボスを倒すとスキルが手に入るらしく。そのボスは5の倍数の階層にしかいないそうなんですよ」

「そうですね。あぁなるほど。13階ってことは、ボスが2匹しかいないからか」

「おや、ご存じでしたか? ボスのことを」


 俺も冒険家ですからと話すと、宿の人は納得。


「実は宿泊客の3割ほどは、冒険家の方なのですよ。心身の疲れを癒すために、大分県内の冒険家の方はよくいらしてくださいます」

「えぇ、そりゃあもう、癒されますよ」


 そんな話をしながら、俺は一つのことを考えた。


 13階層しかない、人口密集地から外れた場所にあるダンジョン。


 完全開放の予行練習としては、最適なんじゃないか?



 

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