第65話

 その二日後だった。


「あああ浅蔵さんっ! 生まれたばい。赤ちゃん生まれたんばい!!」


 血相を変えて俺の部屋へとやって来たセリスさん。

 寝起きの俺はパジャマ姿のまま、いったい誰の赤ちゃんが生まれたのかと目をこする。


「生まれたと、赤ちゃんが」

「んー、誰の赤ちゃんだって? まさかセリスさんの?」

「そ、そんな訳なかとっ」


 真っ赤な顔でぷんすかと頬を膨らませるセリスさん。

 おっと、彼女もパジャマじゃないか。

 普段のクールフェイスに似合わず、薄水色のふりふりしたパジャマが随分と可愛い。


「な、何見とると」

「え……あ、いや。えっと、それで、誰の赤ちゃん?」


 危ない危ない。女の子のパジャマ姿をじっと見てましたとか、そんな事口が裂けても言えません。

 話題を逸らすというよりも戻して、誰の赤ちゃんなのか改めて尋ねてみる。

 俺の知人に妊娠中の女性は居なかったはず……寧ろ独身ばかり?


「猫たい」

「え? ね……あ、ダンボールのミケ!?」


 セリスさんが頷き、さっき目を覚まして様子を見に行くと――


「ミーミーって、小さい鳴き声が聞こえたんばい」

「おぉ。生まれたのか。キャットフードも昨日届いたし、間に合ってよかったな」

「うん」


 嬉しそうに笑うセリスさんの顔をベッドに座って眺める。


「な、何見とると!?」

「あ、いや……え、えぇっと……か、可愛いパジャマだと思って」


 パジャマ姿ではなく、見ていたのはパジャマです! なんらやましいことは無い!

 

「え、パジャ……きゃぁっ。わ、私パジャマのままやん!?」

「あ、うん。そうだね……え、気づいてなかったのかい?」

「ふぇん、恥ずかしい~っ」


 言いながらセリスさんが部屋を出て行った。

 じゃあ……寝起きに、いや、寝ている最中に突撃された俺はどうすれば……。いやーん、恥ずかしい。






 着替えてリビングへと向かうと、そこにセリスさんの姿は無く。隣の部屋で音がするのでまだ着替え中のようだ。

 大戸島さんはもう食堂か。相変わらず早いな。

 俺も少し畑仕事をして体力をつけるか。

 そう思って家を出たが、生まれた赤ちゃんの事が少し気になってしまう。

 子猫……可愛いんだろうなぁ。


 そぉっと勝手口に回り込んでダンボールへと近づくと、俺の気配が察してか、ダンボールから唸り声が聞こえてきた。


「分かったよ。近づかないよ」


 まったく、猫という生き物は。

 誰がキャットフードの手配をしてやったと思うんだ。それなのにこのミケときたら、大戸島さんとセリスさんにだけごろごろ喉ならしやがって。

 やっぱり俺も餌やりさせて貰おうっと。


 しかし産後の母猫にキャットフードだけでいいのだろうか。

 もっと栄養のある物とか……あと子猫のご飯はどうすればいいんだ?

 今度猫の飼い方の本でも買ってきて貰おう。


 畑に向かうと、こっちは人手が足りているからと牧場に行かされた。

 フェンス脇を通ると流石にモンスターの気配を感知するが、全て柵の向こう側だ。しっかり人類の領域とモンスターの領域が分けられている。

 1階の何割かはこうして安全地帯になったが、その分、柵の向こう側のモンスターが密集している箇所も多い。

 けどこいつら倒して、あとから復活リポップされた時、こっち側に湧かれると困るし。

 そんな事を思いながら自転車をこぎやって来ました牧場へ。


 この辺りは特に草むしりすることも無く、二重のフェンスと木の柵で囲っただけの場所だ。

 牛たちはここでのんびりと草をもふっている。

 最初に地上からやって来た牛以外、その成長速度は早い。最近は遂に出荷出来るようになり、そうなると「愛着湧かせるなよ」とも言われた。


「そういえば……子猫たちはどうなるんだ……」


 図鑑を呼び出してページを開いたが、子猫の事はどこにも書かれていない。

 猫は……普通なのか?


 いやでも俺、子猫見れてないよな。

 くっ。かーちゃんミケに威嚇されようが、見なければならない!

 これは使命だ!


「おーい、浅蔵くん。加勢に来てくれたんなら、そんな所で百面相してないでこっち来てくれー」

「あ、はーい」


 牛舎へとやって来た俺は、今日出荷だという若い牛をトラックに入れるのを手伝う。

 そしてここで役に立つのがアクリルシールドだ。俺が作った傑作品。

 

 牛は何かを察してか、なかなかトラックに乗ろうとしない。だからシールドで体をガードしながら、これで牛を押す。

 今日は3頭か。


「往復したらあと6頭出荷だ」

「おぉう……順調に育ってますね」

「あぁ。なんたって10倍の速度で成長するからな」


 種付け用に残している牛たちも、結構な頻度で仔牛を産む。豚や鶏もそうだ。

 鶏なんて1日5回も卵を産んでくれるから、かなりの数が毎日出荷されている。

 冒険家支援協会の収入も増え、ここで働く人の時給も先日アップしたところだ。


「皮肉なもんですよね……。ダンジョンが生成された地上では、地面が枯れ、土を追加しようが肥料を入れようが、何やっても作物が育たないってのに」

「そうだな……それで食料難にもなりかかっていたんだからなぁ。実際、外国じゃあ食料難が始まってた所もあるみたいだからな」


 けどダンジョンで作物や家畜を育てると、成長速度は10倍になる――この情報はきっともう、海外にもいっているハズだ。

 飛行機は基本、危険だから使えないが、それでも海の上は安全なので海上からヘリコプターなんかは海を渡って飛んだりする。そして船も健在だ。

 海外との交流は海からでしか行えなくなったが、情報はゼロではない。


「食料事情が解決すりゃあ、また人口も増えんだろう」

「人口……あぁ、食料不足を懸念して、昔のひとりっ子政策みたいなのが世界的に出てましたしね」


 日本ではないが、いくつかの先進国でも人口の増加を抑えようとする政策が取られている。

 ダンジョンの農地改革でどのくらいの人口を養えるか……。


「そもそも地球人が増え過ぎだったってのもありますよね。前にちらっと調べたことありますが、人口ってここ数世紀で爆発的に増えたみたいですし」

「まぁそれだけ文明が発達して、住みやすくなったってのもあるんだろうな。特に医療とか」


 けどその反面、増え過ぎた人口のせいで自然が減ったってのもある。

 文明の発達って、良いのか悪いのかってところだよな。


 ドナドナを見送った俺は、朝食を食べるべく一旦自宅へと戻った。

 子猫を見ておくのも忘れない。

 そぉーっと……ダンボールへと近づく。


『ウゥー』


 相変わらず威嚇される俺涙目。だが今の俺には秘密兵器がある!

 手にした缶詰の蓋を、プシュっと開ける。するとダンボールに動きがあった。


『ニャ』


 ミケが顔だけ出してこっちを見ている。その目がきらきら輝いて見えるのは、きっと気のせいではないはず。

 ダンボール横に置かれたお皿にそぉっと手を伸ばし、割りばしで中身をほぐしながら入れてやる。


『ニャオーン』


 ミケは堕ちた。チョロい。

 ガツガツ食べるミケの横からそぉーっとダンボールの中を覗き込み、そこに三匹の子猫が居るのを発見!

 うぉぉ、可愛いなぁ。ちっちゃいなぁ。まだ目も開いてないようだ。

 かーちゃんが居なくなって不安そうに鳴いている。


 さて、あんまりマジマジ見てミケのストレスになってもいけないし、このぐらいにしとくか。


「ふふり、ミケよ。お前もようやく俺の偉大さが分かっただろう」

『にゃむにゃむにゃむ』

「聞いちゃいねーし」


 食べることに必死なようだ。

 そぉっとその場を離れ自宅に入ってから俺は図鑑を確認した。


 そこには何故か、新たに2ページが追加されていた。


【ダンジョンで生まれた猫】


 と、


【ダンジョン猫】


 の2ページが。

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