第64話
武くんが勤務日のある日。
俺とセリスさんとで各階層の地図埋めに勤しんでいた。
「さて、これで14階層の穴埋めも完了っと。そろそろ夕方だし、家に帰るか」
「浅蔵さん、疲れてないと? 大丈夫?」
「はは、大丈夫大丈夫。ここは14階だしね。この辺りのモンスターも今じゃ俺にとっては雑魚同然。特に神経すり減らすこともないし、マップの穴埋めだから気が楽だしね」
地上に向かわなきゃと必死になってた頃とは違う。ひたすら歩くだけ。出口の方角は分かってるし、まして図鑑スキルで1階には楽勝で戻れる。
足がすこーしだけくたびれてるが、疲れたという程ではない。
「そう……なん……」
「ん? なんでセリスさんが落ち込むんだい? ねぇ、セリスさん?」
「な、なんでもないけん、帰ろうっ」
いや、何でもないって。じゃあなんで顔真っ赤にしてんだよ。俺なんかやらしいことでも言った? 言ってないよね?
なんかこっちがドキドキするんだけど。
図鑑スキルで自宅裏に転移。一応人に見られたくない為、ラティスとかいうヤツの大きいのを立ててある。
ピンポイントでラティスの影に出ると、そのまま勝手口から帰宅――しようと思ったが、
「ここ最近ステータス板を見てないし、たまには確認しておこうか」
「あ、そうですね。ステータス上がってないかなぁ」
「なかなか上がらないからねぇ、あれ」
筋力やら肉体やらといったステータスは、どういう基準でランクが上がるのか未だ解明されていない。
でも何もしないよりかは何かしていた方が上がるのは確かだ。
俺の場合、鞭を使っているので攻撃力はそのまま武器の性能依存だ。筋力のランクが上がっても、あまり強くなったという実感が持てない。
けど……図鑑でボコスカやる分には実感あるんだよなぁ。
うぅん、ジレンマだ。
「うぅん。ステータス上がってないなぁ。ラジオ体操も最近上がらなくなったし」
「まぁスキルレベルも高くなれば、次に上がるまでの行動回数が増えてくるから仕方ないよ」
「ラジオ体操は1日1回しか効果ないけん、これからはどんどん上がりにくそう」
そして彼女のボタン縫いスキルも相変わらず1のままだ。まぁやってないんだから当たり前か。
さてさて俺のステータスは?
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浅蔵 豊 捕らわれのダンジョン人 23歳
レベル:25
筋力:C- 肉体:D- 敏捷:D+
魔力:F 幸運:C+
【スキル】
感知7
順応力5
ダンジョン図鑑8
サポート3
エナジーチャージ2
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うぅん……俺のステータスもスキル以外変化なしだな。
やっぱ自分のレベルと比べて格下ばかりと戦っているからかなぁ。
「浅蔵さんも上がってないみたいですね」
「うん。まぁ弱いモンスターとばかり戦ってるからだろうね」
「それやったら25階を早くクリアして、26階に進む?」
「けどまだ地図埋めも終わってないしね。どうせなら25階も隅々まで探索してから次に進みたい」
その方が二度手間にならず済むから。
収穫の無かった俺たちは晩御飯を食べるために階段を降り、自宅へと向かう。
農作業用耕具を入れた小さな納屋の前を通った時、中からガタリという音がした。
まさかモンスターがフェンスを越えて入ってきているとか?
いや、だったら俺の感知に反応があるはず。
「セリスさん」
「うん。聞こえたばい。中になんかおるとやろうか?」
「何かはいるだろうけど、モンスターではなさそう。俺の感知が反応しない」
「じゃあ……なんやろう?」
分からないが、気になるから放ってもおけない。
気になるのはその戸が僅かに開いている事。そこからそっと中を覗くと、何やらきらりと光るものが二つ……。
『シャーッ』
「ね……こ?」
ダンジョンの光が納屋に差し込み薄っすら見えたのは確かに猫。
戸をスライドさせ開くと、やはり猫の姿がそこにあった。
納屋の中には麻袋があり、そこに一匹の三毛猫が横たわっていたのだ。
「え? 猫なん?」
「うん。猫だ。どっから入って……まぁ上からだろうけど」
モンスターじゃないよな? 確認の為に図鑑を開いたが、猫の事はどこにも書かれていない。
地上を彷徨って偶然中に入ってしまったのか。
「お前、こんな所にいたら危ないぞ。誰かに上に連れて行ってもらうよう頼んでやるから」
おいで――と手を出すと、
「フシャーッ」
「あ、猫パンチ」
「痛っ」
クソっ。引っ掻かれた。
こうなったら強硬手段だ。毛布を持ってきて包んで外の人に頼むか。
「待って浅蔵さん。この子……お腹大きいばい」
「え?」
「おっぱいも大きくなってる」
「お、おっぱい!?」
思わずセリスさんのおっぱいを見てしまう。
いや分かってる。分かってるんだ。彼女の胸のことじゃないって。でも仕方ないだろっ。俺だって男なんだから!
幸いなことに彼女は気づいてない。猫をじっと見ていたからだ。
俺も猫を再確認すると、確かにお腹が膨らんでいる。これってもしかして――
「身ごもってるのかな?」
「たぶんそうやと思う」
「今、無理に地上に出さない方がいいかな……」
「どう、でしょう?」
猫は動こうとしない。もしかして出産が近いのか?
昔、子供の頃にハムスターを飼っていて、親が子を食べてしまったことがあった。
両親曰く、あんまりじろじろ見たり、赤ちゃんを触って人間の匂いをつけたりするとこうなることがある――と。
そんなことを思い出したもんだから、このままそっとしておいた方がいいだろうなぁということに。
「けど耕具の出し入れもしなきゃならないしなぁ」
「家の方に運びます? ダンボールとかに入れて勝手口の傍なら比較的静かやし」
「……そうするか。まずはダンボールの準備をしてやろう。運ぶのはそれからだ」
大戸島さんの食堂では、地上から仕入れている材料もある。調味料なんかはそうしないと手に入らないからな。
それらを運ぶのに使っているダンボールを貰おう。
風呂で使っているバスタオルも数枚貰う。匂いのことも考えて洗濯後、まだ一度も使われてないヤツだ。
そのダンボールを持って先ほどの納屋に。
不思議なことに猫は、ダンボールを置くとそこにぴょんと飛び込んだ。
「麻袋の上は寝心地が悪かったか」
尋ねても返事はないし、俺を見てもくれない。
自宅の裏手、勝手口へと周り、ラティスで見えない壁際にダンボールを置いた。更に別のダンボールで側面を隠すように立てておく。
「後でキャットフードの注文をしとかなきゃな」
「缶詰タイプもあった方がいいですね。あ、あとペット用のお皿とか」
「セリスさんは猫を飼ったことは?」
「ううん。ないけん、実際なにしたらいいか分からんと」
俺はハムスターを飼った事あるだけだしなぁ。しかも小学校2年生頃だったか。
自宅へと入り大戸島さんに聞いてみたが、彼女も猫を飼った事はないという。
だが――
「おじいちゃんは猫飼ってますよ。今でも」
「……会長かぁー」
その飼ってる猫の名前が、ルリとかだったりしないよなぁ。
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