第47話
「"ば~ん"」
大戸島さんの新しいスキルは、指先から空気砲を出すと言うものだ。
実際どのくらいの威力があるのか、サソリ相手に実験中。
指先から放たれた空気砲はしっかり見えていた。子供の頃にみた化学の実験だったかな。煙をダンボールの中に溜め、丸く開けた穴から押し出す。あれみたいに煙が飛び出す。
違うのはドーナツ型の煙の輪ではなく、バレーボール大の丸い煙だということ。
空気砲の直撃を受けたサソリは衝撃を受けたようだが、特に倒れたりひっくり返ったりもしない。
威力は弱いようだ。
「うぅぅ。弱いぃ」
「まぁまぁ。スキルレベルが上がると変わるだろうし、とにかく使い続けて見て。あと注意して欲しいこともあるんだ。スキルを使っている時に、倦怠感とか眩暈が起こらないか」
「どうしてですか?」
「うん。スキルってね、連続して使うと気を失ってしまうんだ。ゲームなんかでいうMP《マジックポイント》なんだけど、分かるかな?」
「小さい頃にRPGやったことあるんで、大丈夫で~す」
「そっか。MPが無くなると気絶するんだけど、その前に眩暈が。それより前に倦怠感に襲われるんだ」
だから倦怠感に襲われたら知らせてくれと彼女に伝える。出来ればそうなるまでに何回スキルを使ったかも、数えて貰えると尚良い。
セリスさんや俺のようなスキルは、MPを消費するタイプではない。パッシブ系スキルは常時発動中だからだ。
そういうのを考えると、アクティブスキルが欲しいよなぁ。なんか勿体ない気がする。
この9階から10階へと下る階段を拠点に、スキルの練度を上げるためサソリを獲物に何度も戦闘を続けた。
大戸島さんはスリープフォッグとばーん。セリスさんは跳躍力とフットワークだ。ボタン縫いは上げなくていいらしい。
戦闘は二人に任せ、俺は大戸島さんの様子を観察。こちらの方でもスキルの回数をカウントした。
一緒に居ることで俺のサポートスキルのレベルも上がるからな。これが上がれば上がるほど、二人にとってベストな状態が保たれる事にもなる。
「そろそろお昼だな。戻って食事にするか」
「は~い」
「はい。今日のお昼は何にします?」
「ん~、ここに居ると冷たい物食べたくなるね~」
「じゃあそうめ~ん」
階段の下り口でまず行うのは、全身に付いた砂を払い落とす作業からだ。
全員がジャージを着て、上着をその場で脱ぐとばっさばっさと振って砂を落とす。靴の中も忘れない。
赤ちゃん用のウェットテッシュを何枚も使って手足顔を拭き、さっぱりしてから階段を下りた。
「はぁ~、疲れた」
「セリスちゃ~ん。浅蔵さん疲れたんだってぇ~」
「……す、吸いますか?」
「は!? そ、そういう意味じゃなくって、砂を落とす作業が面倒くさいていうか……まままままだ真昼間だし、へ、平気だよ。うん。ゆ、夕方にお願いしようかなーなんて。ははは」
「そう……ですか……」
とぼとぼと踊り場へと下り、置いたままのチェアに膝を抱えて座るセリスさん。
な、なんでそんな残念そうな顔するんだよ。
そんな彼女の横では、鍋に水を入れ沸かす準備をする大戸島さんが。
「残念だったねぇ、セリスちゃん」
そう声を掛けられたセリスさんが、顔真っ赤にしておろおろしはじめる。
「ふふぅ~」
「ち、違うけん! 残念とか、全然思っとらんのばい! 本当やけんね!!」
「はいは~い」
「本当なんやけーんっ」
仲いいなぁ、二人とも。お兄さんほっこりするなぁ。
ここに到着して2日、ダンジョン生活52日目の夕方。
今日も1日待ち人来たらず、サソリの蹂躙で終わってしまった。
「砂漠を歩くのは、結構足に来るなぁ」
「運動部に入った気分ですね」
「だな」
「靴の中、砂だらけでここきら~いっ」
同感だ。服の中もじゃりじゃりして気持ち悪い。
風呂に入りたいが、11階に戻る訳にも行かないし。
「じゃあ私、先に着替えるから~、その間に浅蔵さんは元気になってね~」
「……誤解を生むような言い方するんじゃない!」
サンシェードへと大戸島さんが入り、隣のセリスさんがジャージの上着を脱ぐ。
……ごくり。
「そ、そんなに疲れてはないんだけど……ど、どうしようかね」
「ん……今日も朝から頑張っとったけん、夕方はしっかり元気になって貰わないと、いざという時足腰立たんとかなったらダメやん」
そういって赤ちゃん用のお尻拭きで首筋を拭き取ると、彼女は自らその首を差し出した。
Tシャツをぐいっと伸ばし、肩をさらけ出す。
「ん……吸って……」
俺は何も疚しい事をしようって言うんじゃない。
なのに何故こんなにもドキムネしてしまうんだ!?
あぁーっ! 煩悩退散煩悩退散!
「い、いただきます」
「ん」
差し出されたその白い首筋をぱくりと加えこむと、
「苦労してここまで来たってのによぉ」
「浅蔵ぁ、随分とお楽しみじゃないか?」
「助け甲斐のない奴だなぁ」
彼女の首筋に吸い付いたまま、俺の視線は9階から降りてきた連中へと釘付けになった。
なんでこんなタイミングで登場しやがるんだよくそうっ。
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