第70話

 10階の迷路。11階のパチンコ店と移動し、そこに誰かが生きた証が無いか探した。

 迷路では靴や衣類が落ちていたのでそれを、パチンコ店では住み込みで働いていたのだろう人の写真を持ち帰った。

 これは明日、武くんが出勤してきたら、上の支援協会施設に持って行って貰おう。


 夕食の時間に少し遅れる頃に帰宅し、俺たち二人の様子に大戸島さんは何があったのかとおろおろ。

 武くんの件もあるし、15階で遭遇した3人の事から説明した。


「そう、だったんですか……みんなが助かればよかったんですよね。みんなが」

「そうだね。全員生存してて、助けられればそれが一番よかったんだろう」


 しーんと静まり返ってしまった食卓。気まずい……。

 だがそこへ救いの神が舞い降りた。


『にゃーん。にゃーん』

「あれ? ミケだ」


 勝手口をカリカリと引っ掻くような音がする。中に入れて欲しいのか、それともご飯なのか。

 大戸島さんがサンダルを履き勝手口を開ける。


「ミケ~、中に入りたいのぉ?」

『にゃ~ん』


 そうだと言わんばかりのミケ。でも中に入ってはこない。じゃあご飯か。

 よし。俺が餌付けしよう!

 猫缶を持って俺も勝手口に向かうが、ミケはダンボールの方に行ってしまった……ご飯でもないのか?

 さ、避けられてるってことは、ないよな?


 ダンボールの中をそぉっと見つめると、なんとも……あれ? 目が開いてる?


「おーい。見えてるかぁ~?」

「え? 子猫の目、開いたと?」

「うん。さすが成長速度10倍……明後日には外に出してやらないとな」

「あ、その事なんだけど~。おじいちゃんに里親探しお願いしようと思ってるんですぅ」

「え……会長に……」


 俺は想像した。


 ――子猫ちゃん、飼いまちぇんかーー――


 にっこにこ顔で子猫を両手に抱える会長の姿を。しかも何故か赤ちゃん言葉。

 おぉ、恐ろしい。ぶるぶる。


 それにしても、3匹の中でいったいどの子が『ダンジョン猫』なのか。


「誰だー。ダンジョン猫はぁ」


 子猫の頭を突きながら、なんとなくそんなことを口にしただけだったんだ。


『シャッ』

「痛っ。おいミケ。猫缶やった仲だろう?」

『にゃ』


 にゃ?

 3匹の子猫のうち、白にこげ茶色のブチ模様のある子が、何故か右前足を上げていた。

 その肉球をぷにっと摘まんでみる。


『にゃめ』

「に、にゃめ? なんかおかしな声で鳴く子だな」

『にゃんにぉんにゃこ。にゃ』


 ……おかしいのレベルがおかしい。

 え? 猫ってこんな風に鳴くっけ?


「浅蔵さん……この子まさか、ダンジョン猫なんじゃ」

『にゃっ! にゃんにょん……ねこ!』

「わぁーっ! 猫がねこって言ったっ」

『ねこにゃねこっにゃー』

「うわあぁぁっ」

『うにゃあぁぁっ』


 俺が万歳して驚けば、子猫も万歳して同じように驚く。いや、俺の真似をしているだけ?

 右手を下げると、子猫も右手を下げる。左手を下げて――もう一度万歳――。


「やっぱり俺の真似をしているのか!?」

『にゃっぱにおにゃの……にゃ?』


 次は何ていったの? そんな感じに首を傾げて俺を見る。


 はぁ……もうダメだ……俺、死にそう。






 リビングに新しい猫用ダンボールを用意。急に匂いが変わったりするとミケのストレスになるだろうってことで、さっきまで使ってたタオルはそのまま再利用した。

 そこに子猫たちを運び入れると、ミケも一緒について来る。


「引っ越しだよぉ」

『にゃ~ん』

『にゃっこににゃお~』


 約一匹、どうしても言葉を真似たい子猫が混じっている。


「お前、言葉を覚えたいのか?」


 喋る子猫にそう話しかけるが『おにゃえにょにょにゃお……にゃ?』と首を傾げて俺を見上げるだけ。

 何この即死級破壊兵器。


「覚えたいんやろうねぇ~」


 セリスさんもそう言って子猫の頭を撫でる。その言葉も子猫は必至に真似ようとしていた。


 それから俺たちは代わる代わる子猫に話しかけ、その都度子猫は真似ようと必死に喋る。

 だが相手は子猫だ。本来なら今朝生まれたばかりの子猫だ。いや、気づいたのが今朝ってだけで、もうちょっと早い時間かもしれないが。

 それでもまだ生後一日すら経ってない。

 喋る子猫はにゃむにゃむ言いながら、突然こてんと転げて――寝息を立て眠り始めた。


「疲れたのか」

「まだ赤ちゃんやもん。寝るのも仕事やけんね」

「喋る猫ちゃん……あ、この子たちの名前どうするぅ?」

「名前かぁ……」


 眠くなるまでの間、3人で子猫3匹の名前案を出し合った。

 まだ性別も分からないので、雄用雌用でそれぞれ考えた。


 翌日、喋る子猫以外の二匹を、牧場担当で元獣医だった人に見て貰った。

 喋る子の存在は他の人には内緒にしてある。モンスターと思われるといけないからな。


「二匹とも雌だね。やっぱり成長は?」

「はい。早いですね。昨日の深夜から早朝に掛けて生まれた子猫なんです」


 診て貰った二匹は既によちよち歩きを始めている。喋る子もそうだが、こちらは微妙に……立ち上がろうとしているのだ。これは二足歩行確定だろうなぁ。


「図鑑には、外に出せば成長が元に戻るみたいなことが書いてたんです」

「牧場の豚や牛、鶏もそうみたいだよ。成長が早いから早く捌かなダメやろうって急いでたが、特に成長している風にもみえんかったって」

「ダンジョンで生まれて、ダンジョンの中では急成長する……ってことですかね」


 試しに鉢植えの野菜を地上に持って行ってみるのもいいかもしれない。


 元獣医さんが出て行った後、雌だと確定した子猫と喋る猫とを見比べてみた。

 どことなく……たまたまがあるように見える?


「お前、雄か?」

『にゃ。おにゃえ、おにゅ?』

「あぁ。俺は雄だ。お前のかーちゃんのミケは雌。分かるか?」

『にゃー。にゃーちゃん、めす。いもうにょ、めす』

「おっ。喋るの上手くなってきたなぁ」

『にゃ~』


 嬉しそうに顔を摺り寄せてくる子猫は、その姿だけ見れば普通の子猫と同じだ。

 

 そうだ名前……。

 男の子だからな。カッコよくて強そうな名前にしよう。


「虎鉄……強そうな猫と言えば虎だ。だから虎鉄だ。お前の名前、虎鉄でどうだ?」

『にゃ~。なまえ、にょてつにゃ~』


 ふふり。気に入ってくれたようだ。


 尚、この後セリスさんたちから、俺はこっぴどく怒られるのだった。

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