第71話
「じゃあ武くん。これ、上の協会員に渡してくれるかい。あと子猫用の粉ミルクとフードが届いていると思うから、こっちに運んでくれる?」
「ぱしりっすね。任せるっす」
いや、ぱしりとか言わないで。俺が悪いように聞こえるからさ。
今日から子猫にはミルクを飲ませることにした。ミケが痩せ細らないように。
と言っても特に子猫のご飯回数は、普通の猫と変わらなかった。だがミケは元々野良だったのだろう。そもそも栄養状態がよろしくない。
ミルクは元々注文していたが出産に間に合わなかったという。それが今日届くことになっていた。
戻ってきた武くんの手にはビニール袋と、それにプラスチックケース?
「これ、猫用トイレっす。俺、もう一回上行ってきますね。これに専用の砂を入れるとかで、その砂持ってくるっす」
「あ、悪いね。ありがとう」
玄関先に荷物を置いて、武くんは再び上に戻った。
今日はレベル上げの日なんだが、明日までそれはお休みすることに。セリスさんが子猫の成長を見たいからと。もちろん俺もだ。
それを戻ってきた武くんに伝えると、彼は苦笑いを浮かべながら了承してくれた。
「武くんは食堂の手伝いでもしてきたらいい。ある程度レベル上がったらそうするつもりだったんだろ?」
「そうっすね。でも俺、アルバイトとかやったことないし、家でも家事手伝いとかしたこともないし……」
「いや、アルバイトならやってるじゃないか」
畑を指差すと「あ、そうっすね」と笑う。
まぁ食堂で働く武くんは、ちょっと想像できない。大雑把な子だし、品物の取り違えとかしそうだ。
「ま、まぁ武くんは体力ありあまっているし。主に食材の搬入で活躍かな。合間に畑仕事でもしてくれれば、他のみんなも助かるだろう」
「そうっすね。じゃあ俺、瑠璃んところ行って、手伝えることないか聞いてくるっす」
「うん。いってらっしゃい」
レベル上げが出来ない――が、大戸島さんの傍に居られる。それだけで彼の機嫌は良かった。
いいなぁ……青春って……。
「浅蔵さん、どうしたと?」
「ん? いや、武くんが羨ましいなぁって」
「体力が有り余ってること?」
「や、それも羨ましいけど。いやほら、彼には大戸島さんが居て、彼女の為に頑張ってるじゃないか」
恋する少年少女の姿が、俺には眩しすぎて。
そういう青春を送ってる彼らが羨ましくもある。
お、俺だってそういうのがまったく無かった訳じゃないさ。うん……いや、忘れよう。
一度プールに行っただけで、訳も分からないうちに別れを告げた人の事は……うん、忘れよう。
「あ、浅蔵さんも、彼女とかやっぱり欲しいって思う……と?」
「え? いや、まぁ……その……一生独身ってのも寂しいだろうし……そりゃまぁ……」
「そ、そうなん!?」
「うん。でも……出会いが無いよなぁ」
「え」
勤めていた会社はほっとんど男だったし、現場で働くパートの女性は『おばちゃん』ばっかりだったし。
そして今はダンジョン住まい。
そりゃあ冒険家の女性は男に比べると少ないが、希少という程でもないけど……。強いんだよねぇ、冒険家の女性は。精神的な意味で。
だから男なんて必要ないわ! って感じに見えるんだ。そんな人たちに声なんか掛けられないよ。
はぁ、どこかに出会い、落ちてないかなぁ。
セリスさんみたいな可愛くて綺麗な子でも居たら……ん?
「セ、セリスさん……どうしたんだい? そんな怖い顔して……」
ギロリとこちらを睨むセリスさんが、ちょっぴり怖い。
「ナンデモアリマセン」
「な、なんか棒読みだけど」
「ソンナコトアリマセン。私、瑠璃ノオ手伝イニ行キマスノデ」
……俺、なんかダメなこと言ったかな?
『にゃー。あさくにゃ、だめだにゃー』
「ダメなのか」
『にゃー』
「それよか虎鉄。お前、俺の名前覚えたんでちゅかー?」
『に"ゃー』
可愛い奴。可愛い奴っ。
抱っこして頬ずりしてやると、ミケに足を噛まれた。
『かーにゃん。かーにゃぁーん』
『ニャーッ』
「はいはい分かったよ。俺が悪かった」
虎鉄をそっと下ろしてダンボールの中へ入れてやると、ミケがペロペロ舐めて毛づくろいをし始める。
そんなに俺に触られて迷惑だったのかよ。
くそ。餌付けしてやる。
猫缶を持ってきてプシャっと缶を開けると、ミケは虎鉄を放置して俺の脚にすり寄ってきた。
ふ。チョロイもんだぜ。
『ごにゃん?』
「お前はまだダメだ。明日まで待て」
『……にぇち』
今のは「ケチ」って言ったんだろうか。どこで覚えたんだよそんな言葉。
よし。俺がちゃんとした言葉を覚えさせよう。
「虎鉄。言葉の練習をするぞ」
『にゃっ』
それが嬉しいのか、虎鉄はダンボールから出ようと前足を縁に掛ける。それを抱き上げ、ソファーに腰を下ろして膝に乗せた。
50音字に教えていけばいいだろうか……いや、会話で覚えさせていく方がいいだろう。英会話教材とかまさにそうだし。
よし。
「行くぞ~」
『いくにゃ~』
「あさくらさんはやさしい」
俺は会話を聞き取りやすくするため、少しゆっくり喋った。
なのに虎鉄ときたら……なんだ。あの蔑むような目は。そんな目で俺を見るな!
「浅蔵さん……虎鉄に何教えているんですか……」
「ふぁっ!? セ、セリスさん。こ、これは……や……あの……」
『ふぁー。しぇりすにゃん。こ、これにゃ、にゃ、にゃの』
くっ。そこは真似しなくていい!
「ふふ。虎鉄上手ねぇ。そう思いませんか、浅蔵さん」
目が……目が笑ってない。
『こにぇつ、うみゃい? うみゃい?』
お前はお前で、きらきらした目で見るなっ。
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