第115話

 氷上を華麗に滑走し、迫りくるモンスターをあっという間に引きはがす。


 なんて夢は見ない。


 何かいいものは無いかと、自宅へ戻ってきてから考えた。

 で、いろんな人にも聞いてみたところ、若いころは雪の降る地方に住んでいたという畑で作業をしていたおじさんにいい話を聞けた。


「こっちの方にあるかどうか分からないが、靴に装着できる滑り止めバンドみたいなのが売っててね」

「靴屋さんにですか?」

「ホームセンターでも売ってるはずだ。まぁここの地下にあるホームセンターってのが、夏に落っこちたもんだし、在庫であるかどうか」


 車でいうところのチェーンみたいなものだろう。

 そんなものが福岡こっちで売ってるかどうかわからないが、探してみる価値はある。

 同時に支援協会にも話をして、上でも対氷用の靴を探してもらうことにした。

 まぁ九州でそういった靴があるか、ちょっと微妙だけどな。


 さっそく24階の懐かしの我が家に戻って、セリスさんと俺、分身、あととりあえずついてきた虎鉄とでバックヤードを探す。

 売り場は夏仕様だからな。探しても見つかるわけがない。


「でもこの中で探すって、大変ばいね」

「在庫だとしたらダンボールとかに入れられてないかな」

『まめな店員ならメモ紙でも張り付けてたりするんだろうけ……まめな店員だった!』

『豆にゃか?』


 虎鉄がいうマメは、きっと違うマメのことだろう。

 分身が見つけたのは『冬物:雪対策グッズ』と書かれたプラスチックケースだ。

 5箱あるそれを開き、中身を物色。


「浅蔵さん、これやない?」

「『どれどれ?』」

『いや、全員で覗いたら邪魔だろ』

「分かってる。だから代表して俺が覗く」


 分身を押しのけセリスさんの隣へ……くっ。邪魔するのかこいつら!


『いやいや、俺が』

『俺だって見たい!』

「見たいんじゃなくってセリスさんの隣に行きたいだけだろ!」

『それはお前が思っていることだろうっ』

『ほっほー。じゃあお前はセリスさんの隣じゃなくていいってことだな』

「そうだな。じゃあお前は離れたところで見ればいい。俺が見せてやるから」

『え……』


 よし。ひとり脱落。


「はい、これ。こっちの浅蔵さんも。はい、はい」

「『……え』」


 それぞれの俺にひとつぶつ、袋を手渡していくセリスさん。

 そうじゃないんだ。そうじゃ……。


 仕方なく手渡されたものに目をやると『靴スベラナーイ』とかいう寒いネーミングが書かれていた。

 中はゴム製バンドで、ぶつぶつしたイボが付いているのが見える。

 袋の裏の説明には、靴の上から装着する――と書いてあった。


「なるほど、おじさんが言っていたのはこれだろうね。いくつあるんだろう?」

「15個やね。私たちだけなら十分やけど……」

「他の冒険家用に、余分に持っていきたいな。19階にも行くか」


 19階のホームセンターでも同じようにバックヤードを探すと、メーカーが違うが同じようとの物が20個ほどあった。

 福岡県では売れないだろう、これ……。

 

 地下1階へと戻ってくると、ちょうど小畑さんがやってきて何やら手に袋を持って来ていた。

 見た瞬間、あぁ、同じ物持ってるなと。


「本格的な雪山や氷上装備が無くってね。でもこれでなんとかならないだろうか?」

「と思って、俺たちも下のホームセンターに行ってきたところです」


 そう言って小畑さんに俺たちが持ち帰ったものを見せると、なんとも微妙な顔になる小畑さん。


『あっしは?』


 ホームセンターから持ち帰ったものには自分の足のサイズに合うものがなく、虎鉄は小畑さんに対して期待のまなざしを向けていた。


「あー、虎鉄くんのは無いなぁ」

『うにゃあぁぁ』


 虎鉄は靴が履けないからなぁ。


「じゃあ靴下はどうですか? あ、ほら、百均にテーブルや椅子の足に履かせる靴下。あれならサイズ的に良さそうやけん」

『にゃにゃ!』

「あー、うん。じゃあ後で買って来ておくよ。ちょうど外食に出るからね」

「小畑さん、お願いします。じゃあ昼飯のあとで、靴の報告もしますね」

「うん。頼むよ。あと上手く行ったら、靴は量産するけど、冒険家ひとりひとりにって訳にもいかないから――」


 35階入り口に滑り止めを置き、レンタル式にしたいのだと小畑さんは言う。

 36階への下り階段前には返却用BOXを設置……と。

 面倒ではあるけれど、出来れば俺に返却口の滑り止めを一日の終わりにでも移動させて欲しいと言ってきた。

 そのぐらいお安い御用だ。






『じゃあ虎鉄は俺の肩の上な』

『にゃ~』


 虎鉄は分身Aの肩に乗り、攻撃の際は敵から敵に飛び移る。もしくはシュババで遠距離攻撃。

 そんな感じで進むことになった。


 滑り止めを装着したスニーカーは、思っていたより快調だった。

 ただなんとなく歩きにくくはある。


「歩くときにむにゅっていう感触がなぁ」

「なんか違和感ありますね。でも暫くすれば慣れるんじゃないです?」


 そういうセリスさんの言う通り、十分もすれば慣れた。

 俺だけが。


「浅蔵さんの順応力って、こういうときほんと便利ばいね」

「そうだねー」


 セリスさんはまだ『むにゅ』と格闘しているようで、咄嗟の動きが鈍い。

 そしてこの氷上空間で出てくるモンスターは、氷を上手く利用して接近してくる。

 スケートシューズを履いている訳でもなく、ススゥーっと音もなく滑ってくるのだ。

 しかも体は白色だったり白銀色だったりと、氷と同化して擬態しているようなのも多い。


「まぁ感知してる俺には関係ないんだけどね――ていっ」


 壁の氷の一部が盛り上がっている。

 俺の感知が『あそこだ!』と告げ、そこに改造済み『ゴム製いばらの鞭』改め、『浅蔵スペシャル』を振るえば、蛙が慌てて姿を現した。


 腹の面は僅かに黄ばんだ色をしているが、目を閉じ腹を壁にくっ付けてしまうと銀世界に溶け込んでしまう蛙だ。

 何も知らず近づけば、突然壁が襲ってくる――なんてのを目論んでいるんだろうけど、感知でバレバレなんだよな。


 そんな感知使いが俺含め四人居る。ただし全員俺だ。

 更に虎鉄は野生の本能というか、臭いでモンスターの位置を把握している。


『あっちにゃー!』

『おう!』


 すっかり分身Aは虎鉄専用立体機動歩兵と化している。


「セリスさん。四匹だっ」

『炙りだすぞっ』

「はい!」


 俺の鞭で二匹の蛙が天井から落ちてくる。残り二匹を分身二人がそれぞれ鞭打つ。


『ゲゲコッ』

『ンゲェーッ!』


 こいつらは口から雹を発射してくる。

 が、一度腹を膨らませ、溜めてから発射する。僅か二秒程度だが、そのモーションを合図に回避行動を取ればいい。

 俺の場合は二秒あれば鞭をしならせることも出来る。

 顔をぐるぐる巻きにし、雹を吐き出せなくすることも可能だ。

 蛙の向きを変え、同士討ちさせる事だって出来た。


『片付いたにゃー』

「オッケ。こっちも終わったところだ。そろそろ上に戻ろうか」


 滑り止めシューズでの攻略は可能。歩き慣れるまで違和感があるが、だからといって動きに支障をきたすものでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る