第152話

「"分身"」


 芳樹から受け取った生命のソーダ150mlを持ってスキルを発動。

 1本が11本。ただし俺が持っていた瓶は使わない。


 俺の意図をしっかり認識して現れた分身は、ひとりが急いで残り9人分を集め省吾の下へ。

 手渡した分身は急いで竜神の相手をする。


「足りるか!?」

「待て。今見てるっ」

「鳴海ちゃん、ヒールと同時掛けっ」

「は、はいっ。"ヒール"」

 

 ここまで全員が大なり小なりの傷を負い、鳴海さんもセリスも疲労しきっている。

 ポーションも増やすか?

 けどそのたびに一度分身を消す必要がある。一瞬とはいえ、戦力が10減るんだ。しかも対光線用盾持ちが。

 そのリスクをなくせる手はないかっ。


「も、もう大丈夫だ」

「省吾、無理するなっ。今は浅蔵の分身が耐えてる。お前は少し休め」

「休めるか! 残り時間も少ないし、みんなだって休んでないだろう。どうせ休むなら、こいつ倒してゆっくり温泉にでも浸かるさ」


 さっきのソーダで数は足りたようだな。

 だがダメージは残ってい──待てよ。

 温泉にでも……温泉……。


「それだ!!!」


 温泉。そうだよ、温泉を沸かせればいい!


 どうやるんだ?


 周囲を確認して分身を見る。

 10人、まだ誰も欠けてはいない。


「省吾、休めっ。ついでに周りを見ててくれ」

「何をする気だ、浅蔵」

「温泉を沸かせる」

「は? お、お前何……大丈夫か?」


 なぜ心配されなきゃならないんだ。俺は至極まともだぞ。

 問題はどうやって施設を作るのかだ。

 くそっ。こんなことなら検証──はできないよな。一つのダンジョンにつき、1施設しか作れないんだし。


 図鑑を捲ると、福岡ダンジョン02の表紙とも言える基本情報ページにそれはあった。


【施設の建設】


 建設なのか……まぁいいや。

 そこに触れるとページがもやもやっと動いて、表示されている内容が変わった。

 何を建設するかの選択肢が出てきて、それぞれの施設に対する簡易的な説明も出てくる。

 温泉を確認すると、病気・怪我の治療。肩こり腰痛などにもよく効く──と書いてある。

 後半のこれ、普通の温泉だろおい!


 まぁいい。作ってみなきゃわからない。

 ポイントは十分ある。10万減っても残り10万ある!


 温泉をポチると、今度は建設する場所を指定しろと出てくる。

 地下1階から地下50階、そしてここ、裏ステージもしっかり一覧にあった。

 もちろんここだ!


 すると図鑑のページが勝手に捲られ、裏ステージのページでピタり。

 そして地図上に【建設場所をタップ】と出た。


 地図上に俺や仲間たちのアイコンがもぞもぞと動いている。

 遠すぎてもダメだが、近すぎれば戦場の邪魔になる。

 今俺と省吾がいる少し後ろを指定して──


 タップした途端。

 背後に熱気を感じた。

 振り向くとそこには、まさにテレビや温泉ガイドブックで見るような露天風呂が!


「岩風呂か!」

「は? ──うおおぉぉっ!?」


 振り向いた省吾もビックリ。

 

 入浴効果……いきなり省吾で確かめる訳にもいかない。


「負傷した分身、誰かきてくれ!」

『ん? 怪我なら──あぁ、そうきたか』

『俺が行くっ』


 温泉を見てすぐさま理解した分身がやってきて、ざぶんっと温泉に浸かった。

 分身は出血しない。しないが怪我はする。

 

『お、傷塞がったぞ!』

「本当に効果あるみたいだな……」

「浅蔵、俺もこれに入ればいいのか?」

「欠損部分は治ってる。ダメージが解消されるかどうかまでは分からないが、今後の怪我はここで治せばいい」

「分かった」


 省吾が温泉に入り、入れ替わりで分身が出てくる。


『お。上がったら途端に服が乾いた』

「凄いぞ浅蔵。体の痛みが引いた!」

「痛かったのかよ!」

「はっはっは。よし、これなら全力を出せる! うおおぉぉぉぉぉっ、浅蔵分身、代われ!!」


 温泉を出た省吾が駆け出す。

 元気を取り戻した省吾を見て仲間たちが驚くが、セリスと芳樹は施設のことを知っているので温泉を見て理解したようだ。


「全員、怪我したらあっこの温泉に飛び込め!」

「はぁ? なんで温泉なんか湧いてるんだよ。浅蔵のせいか?」

「また図鑑で変なことしたの~? それで、温泉で何すんだよぉ」

「治療ばい。温泉に入ったら怪我が治ると。虎鉄、行くばいっ」

『ふにゃぁあぁぁぁっ。あっしは平気にゃっ』

「血が出てるでしょ!」


 虎鉄を抱きかかえたセリスが湯舟に入ると、肩まで浸かって立ち上がった。


「凄い。本当に全部綺麗に治ってる」

『ふにゃーっ。死ぬにゃっ、死ぬにゃあぁぁ』

「それに疲れも吹き飛んだ感じ……よぉし!」


 セリスの腕から解放された虎鉄は、涙目で竜神へと向かっていく。

 お風呂の恐怖、そして怒りをぶつけるようだ。


『うぅぅぅにゃぁーっ! "奥義・スペシャル爪とぎスラッシュ"』


 虎鉄の動きは50階に到着したばかりの時のように、疲労の色などまったく見られない。


「"バーサク"! たあぁぁっ──"牙突"」


 セリスが空高く舞い上がる。

 牙突と、そして跳躍効果が加わって、通常の人間では有り得ない高さまで跳ねた。

 薙刀を垂直に構え、まるで空のどこかに壁でもあるかのように──蹴る!

 頭から真っ逆さまに落ちてきた彼女は、竜神に衝突する直前に薙刀を引き、そして……


「はあぁぁぁっ!」


 ──突いた。


 ドゴォッという爆音と、僅かな衝撃。

 その一撃で奴の左腕はだらりと力なく垂れ下がった。


 ……彼女と喧嘩するのは止めておこう。

 あれ、シャレにならないぞ。


 省吾、虎鉄、そしてセリスを見た他のメンバーは、順番に温泉へと浸かった。


 怪我をすれば交代で温泉に。

 疲れれば交代で温泉に。

 俺が温泉に入った後分身すれば、元気もりもりな分身が竜神を取り囲む。


 疲れが癒え、全員の動きに鋭さが増す。


「こいつを倒せば終わる!」

「そうだ。終わるんだ!!」

「浅蔵先輩とセリスちゃん、それに瑠璃ちゃんを外に出して上げれるんですねっ」

「そうだ。浅蔵、出たら飲みに行くぞ~」

「止めろっ。俺は飲めないんだってば!!」


 少しだけ笑う。

 これで心の疲れも癒された。


 あとは──倒すだけだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る