社会の潤滑油

 『メイドインヘブン』


 以前泊まった宿で錫乃介は目が覚めた。もう隣には半裸の貴婦人はいない。


 “お目覚めですね、錫乃介様”


 ああ、チクショウ、やりそこねた。


 “開口1番それですか”


 半裸の美女が隣で寝てたのに、何も出来なかったなんて、一生の不覚!なんて事だ!


 “はぁ……本当は指先だけじゃなく、全身動けたんでしょ、バレてましたよクラリスには”


 勘の鋭い女は苦手だ。


 “だから、格好つけ過ぎてんですよ。押し倒して仕舞えばよかったんですよ。女はそれでイチコロです”


 やっぱそう思う?


 “たぶん結果は一緒で眠らされるのがオチだったと思いますが、オッパイぐらい触れたんじゃないですか?”


 イチコロじゃねーじゃん!


 “まぁ、ネジにされなかっただけ良しとしましょう”


 プロメシュームか!

 (わからない人は999とプロメシュームで検索しよう!)



 でもさ、それな、ネジの何がいけないんだろうな?殆どの人間なんか社会の歯車だろ?それを悪く言う奴はただのアナーキストかアウトロー、もしくはケツの青いガキだ。


 “引きこもりニートの排泄物生産機なんかしてるくらいだったら、ネジの方がマシかもしれませんね”


 そうそう、ただその役割をこなすだけ。悪いイメージ付けられてっけどさ、大多数のそういった、村人Aがいるから、人間社会ってできてるんたぜ。

 だけども、前の日本だと人間関係の潤滑油って道もあったな。


 “それは、新卒特権ですね”


 ネジと歯車と潤滑油。エンジンとかハンドルなんて、一台の車に基本的は一個しかねーんだからさ、いいじゃんか、部品で、別に。


 “悪いイメージで煽ってた奴がいたんですよ。昔は”


 なぁ、本当くだらねぇ。


 “で、何が言いたいんですか?”


 

 クッソーーー!

 カッコつけなきゃよかった!


 

 とりあえず、宿の窓から叫んで気持ちがスッキリしたところで、スッキリして無いが、チェックアウトしようとしたら、3日分の料金が先払いされているらしい。



 こんなんで、貸しを返したと思うなよ。あの女狐が。今度あったら容赦なく押し倒してやる。



 “また口ばっかり”

 黙りねぃ!



 ナビを一喝して黙らせた後、修理に預けていたバイクを工場に取りに行った。


 



 『鋼と私』


 「さーせん!」


 「おう、あんたか!仕上がってるぜ!」


 鉄臭い空気と、モーターや旋盤の爆音が聞こえる工場内に入ると、どの爆音よりも大きな声で返事がされた。


 どんな声量してんだこの親父は。



 「さぁどうでぃ!」



 ドワーフ親父は威勢のいい通る声と共にパーン!とジャイロキャノピーのリアボックスをぶっ叩く。



 そんな力で叩いて大丈夫なのかと心配になるが、バイクは見事に傷一つなく、被弾などあったのか?と疑問が湧く程綺麗な仕上がりだった。

 

 「いや〜流石!プロっすね!職人だわ〜」

 

 「あたぼうよ。ブローニングの銃身も交換してあるぜ。で、どうするんだ?」



 親父は腕を組んで期待の籠った目で、こちらを睨みつける。



 目力つぇーんだよ。


 「チューンの方ですよね?」


 「腹は決まったか?」



 この問いに躊躇なく即答する。


 「お願いします」


 「ハッハーー!そうこなくっちゃ!男はロマンだぜ!」



 親父は笑いながら天を仰いで、錫乃介の背中をぶっ叩く。



 ぼへっ!

 


 と肺の空気が、全部出てしまう様な衝撃だ。



 「で、どうしたい?やっぱ無反動砲で連装にするか!」


 「はい、と言いたいところだったんですが、よくよく考えると、俺は戦争するわけじゃなくてハンターなので、機獣退治がメインなわけですよ。それなのに、戦車砲みたいなアホな火力付けてもしゃーないですよね?」


 「ちっ!冷静になりやがったか!だがまぁ、お前さんの言う通りだ」


 ちっ!じゃねーよ、ちっ!じゃ。


 「個人的にはジャイロキャノピーに戦車砲ってロマンを追求したいところですけどね」


 “錫乃介様らしく無いセリフですね。無謀にもロマンを追求するのかと思いましたよ”


 現実は厳しいもんだ。貧すれば鈍する。金が無いのクビが無いのと一緒だ。先ずは金を稼ぐのだ。だがロマンは忘れんよ俺は。



 「それで、ちょっと相談があるんですけど、無難にお決まりM61バルカン砲あたりにするか、でも最近火力に不安があるから。それの一丁上の30mmガトリング砲にするか、どうしたらいいですかね?」


 

 「そうさな、M61で不安があるから、30mmってのはわかるが、GAU-8って30mmガトリング砲ともなると、馬鹿デカ過ぎてクソ重いから、流石にジャイロキャノピーに搭載は無理だな」


 「そうか、じゃあやっぱりM61にしておくか」


 「まて、いいのがある。リヴォルヴァーカノンってやつだ。これならコンパクトだし重さもそこそこだからジャイロキャノピーにも搭載できる。ガトリング砲程じゃないが、毎分1000発と速射機能にも優れているし、30mm口径だから火力もバッチリだ」


 「おぉ!流石プロ!ちょっとそのリヴォルヴァーカノンって見せてもらえるか?」


 「おう、あれだあの壁にあるやつ」


 と、指差す先にあるのは1メートルほどの砲身を持つ単身の機関砲であった。

 

 「こいつは名前の通り薬室が回転して砲弾を送り込むタイプの機関砲よ。元はイギリスのADENってやつなんだが、俺が色々と手を加えてオリジナルに近い物になってる。性能は保証するぜ」


 「これも中々ロマンを感じるじゃ無いか、親父!こいつで一丁魔改造を頼むぜ!」


 「ふはははは!いいぜ、予算は100万だ!これ見積もりな、ユニオンに渡せ。戻って来たらいつでも初めてやるぜ!」



 よーし!盛り上がってきた!



 「ってかおやっさんの名前なんて言うんだ?」

 「あん?俺はサカキ清一ってんだ。サカキでいいぜ!」

 「わかったサカキのおっさん。今からハンターユニオン行ってくるわ」

 「ハッハー!あばよ。またな」



 

 よーしよしよーし!これでまた一歩だ!


 

 新たな武装にテンションが上がってきま錫乃介はハンターユニオンへと、バイクを走らせる。

 

 ユニオンに着くと、受付でまだこの街にいたロボオにキルケゴールを呼び出して貰い、ハンガーでジャイロキャノピーの査定をして貰う。


 

 「なぁロボオ、アスファルトに戻らんでいいの?」

 「そうなんですが、こちらで機獣の発生が増えておりまして、猫の手も借りたい程忙しくなってるんです」

 「何があったんだろうな?」

 「今調査中ですが、ですがどうやら、北方から来ている様です」

 「機獣が増えているって地下宮殿だかあったな。そこじゃねーの?

 「かもしれませんね」


 

 待ってるあいだそんな会話をしていると、キルケゴールがやって来きて、査定を始める。



 「ふむ、特に問題はありませんね。それではこちらの書類に記入を、と」


 あいよ!とっサラサラっと書類を書き上げ、指紋と目玉の虹彩登録を施し、見積もり書を渡す。

 

 「ありがとうございます。それではこちらがご融資の1,000,000cですが、『鋼と私』にバイクのチューンナップ費用として先方にお支払い致します」


 と、スッと出されたタブレットには、『1,000,000c』の文字が見え説明が続く。


 「そして、こちらの書類を『鋼と私』にお渡しして頂ければ、諸手続きは完了です」


 「了解!さぁ、行ってくるぜ!」


 「お気をつけて」


 「ロボオまたな!」


 「はい、まだ暫くは居ると思いますので」


 「じゃあな〜」



 ユニオンを出た錫乃介は、そのまま真っ直ぐに『鋼と私』に。



 「サカキのおっさん!コレ書類な!」


 「はえーな!ヨシ任せとけ、ロマン溢れるモンスターマシンにしてやる!」


 「半月だっけ?」


 「ああ、そんくらいだな」


 「それじゃあ、たのんます!」


 

 そして、ジャイロキャノピーを工場に置いて来た俺は暫くの間足が無くなったわけだ。


 さ、どうするかね?


 “どうするも何も、日銭だけでも頑張って稼がないといけませんよね?”


 またドブさらいか…。


 “それしか無いですね”


 いや、いーんだけどさ。最近俺ドブさらいしかしてなく無い?


 “それで死なない程度には食ってけるんですから、贅沢言わないで下さい”


 

 また用水路か…と言いつつも、ユニオンに向かう錫乃介の足取りはウキウキしていた。

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