どうせ行きゃしないのに、なんで社交辞令で今度飲み行こうとか言っちゃうんだろうね


 栗毛の小男は手近なソファに座ると、脚を組み、五本の指を組んだ手膝の上に乗せ“さて”と口を開いた。


 

 「まずは少年兵の事から話そうか。その前に、アミンにシェスク、君達の素の姿を見れて嬉しいよ。私はアミンにはそれとなくお願いしたが、シェスクまでエヴァに付添ってくれるとはね。文官だというのに、礼を言うよ」


 「同志サロッ、いや今更だな。もう同志は付けませんよ。エヴァにずいぶんとご執心ですねサロットル」


 「ご執心なのは君の方じゃないかい?シェスク」


 「邪推はよしてください。横恋慕は趣味じゃありませんので」


 氷が溶け、色が薄くなったチンザノの残りに口を付けるシェスク。



 「それなら安心したまえ、エヴァは私の妹だ」


 「「んなっ⁉︎」」



 二人の幹部は目を見開き、エヴァとサロットルを見比べながら驚きの表情を見せる。


 エヴァはその表情を崩す事なく空のグラスに写るサロットルを見つめていた。


 「機密事項だったからね、知らぬのも無理ない。タクトーは知っていたようだが、意外にも吹聴していなかったようだな。何かの時に札として使おうとしていたのかもしれんが」


 「お前、俺にエヴァの護衛も頼んでいたのは、そういう事だったのか。てっきりデキてるのかと思ってたぜ」


 「例えそうだとしても、律儀に護衛してくれた事、感謝するアミン」


 「お前さんには命を助けられたからな


 チラリとサロットルを睨むと、ボトルに残ったロゼワインを飲み干すアミン。


 

 「おーい、いい加減にしてくれ」



 待ちぼうけを食って痺れを切らしている錫乃介は少し苛立ちをみせる。



 「済まない。少し身内の話が過ぎたな」


 「ちげーよ、お前らばっかり酒飲んでねえで、俺らにも寄越せゴフっ!」


 「ちげーのはお前だ!」


 軽めにシンディのワンパンが錫乃介の側頭部に飛ぶ。


 「だって喉渇いたんだもん」


 側頭部をさすりながら涙声で応える。


 「これは気が利かなかったな。エヴァ、皆に酒を、私は炭酸水で」


 「俺ビールね!」


 「マジかよ、俺はハイボール」


 「アタシも山下と一緒でハイボール」


 複雑な表情をみせながらエヴァは、何で私が……と呟きながらドリンクを作り始める。


 「サロットルはワインじゃないのかね?」



 シェスクが沈黙の場を繋ぐ為に気を使ったのか、当たり障りのない事を聞く。



 「あれはポーズだ。私は今まで酒なんて飲んだ事が無い。昨夜初めて口にしてみたくらいだが、私には良さがわからなかったよ」


 「そりゃまた勿体無いね~、そいで初めて飲んだ酒は何なんだ?」



 サロットルの意外な発言に酒呑みな錫乃介は反応する。



 「『レミーマルタンVSOP』だ」


 「……あのさ、その酒自体は可もなく不可もなしだけどさ、ブランデーなんて人生で初めて酒を経験する人が飲む酒じゃ無いね~」


 「ほぅ、では何がおすすめかな、お酒の初心者には」


 「そりゃあもう、『ラフロイグ12年』だな」

  


 作者注:『ラフロイグ』は数あるスコッチウイスキーの中でも一番強烈な味わいと風味を持つ酒だ!ハッキリ言ってこんなウイスキーが好きな奴は変態しかいないぞ!ちなみに作者は大好きだったが、変態じゃないぞ!



 「嘘を言うな。どんな酒かくらい知識はあるぞ。まともな酒を紹介して欲しいものだな」


 「そういうのはBARで飲みながらやるもんだ」


 「では、今度付き合ってもらうか」



 と、エヴァがゴブレットに注いでくれた炭酸水を手に取りグビリグビリと飲み干す。



 「かまわねぇけど、乾杯くらいしようや」


 「喉が渇いていてな。錫乃介と言ったな、ユニークな奴だ。先ほどもそこの女子に殴られていたが」


 「可愛子ちゃんにはナンボでも殴られたい性癖でな。それはいいからさっさと話す事話せよ。さっさと終わらせて、さっさと寝たいんだ俺は」



 と、錫乃介もエヴァが持って来たビールを礼を言って受け取ると、一気に飲み干しダムッ!と音をたてテーブルに置いた。



 「クァーーーーーーッ!!これ飲む為にここまで駆け上がって来たんだな俺は!」


 「少年兵は何も特攻隊として編成したわけじゃない」


 「唐突に始めやがって……ボケたんだから、突っ込めよ」

 

 「お前がさっさと話せと言ったのだろう」


 「あーそうですね、悪かったよ」


 

 脚を組み替え、仕切り直して語り始めるサロットル。


 

 「ここ新宿はご存知の通り地上には多くの植物型モンスターがいる。我々はプラントノイドと呼んでいるが、コイツらがなかなか手強い。いや、しぶとい、と言った方が妥当か。倒しても倒しても数が減らない。それどころか、やつらは独自のコミュニティというか、ネットワークの様なものを持っていて、こちらの情報がすぐさま全体に行き渡るのだ。唯一の弱点は闇夜。光の無いところには動けなくなる様なのだ」


 「このビルが地上に露出してるのに無事な理由は?あ、もう一杯ちょうだい」



 ビールのお代わりを催促する錫乃介。



 「ここは受電設備があるからな。ビル全体を高圧線で防護しているからだ」


 「成る程な」


 「かと言って完全に安全というわけではない。特に地下街は無数の地上からの入り口があるせいで、何処からか入り込んでくる。もちろん主要なところはシェルターを閉めている。君たちが入って来た小田急線のホームのような所は、闇が広い為むしろ入ってくる心配はないんだが、常に外で待ち構えられている。ここに着くまで大変だったんじゃないか?」


 「そうだな、ずいぶん弾薬を消費したな」


 「その程度で済んで僥倖だよ。ここまで話せば少年兵の理由はわかるな?」


 「ああ、子供でも戦う術を知らなきゃならないって事だな。自爆用の爆薬は?」


 「本来は仲間を助ける為、守る為の最終手段として渡していたものだ。だがこの組織も時代を経て歪み、戦闘教育の趣旨にさえその影響は出てしまったのだ」


 「『ヌーヴェル・ルージュ』か?あ、またビールで」


 「そうだ。100年ほど前にプラントノイドに怯え、弱肉強食の争いをしていた新宿を立て直す為に設立されたのだ。当初はその崇高な目的に沿った活動をしていたそうだが、時代を経るにつれ……な」


 「腐っていったーーってわけだな」


 「そうだ。組織の創立メンバー数十人いたそうだが、その子孫だけが幹部としてこのビルを占拠し武力を持って弱者を虐げ、虐げられた者は地下街に住むという構図が生まれてしまった。そして私もその創立メンバー子孫の一人だ」


 「下の部屋に籠城してるあの腰抜け共か。全員殺しておくんだったな!」


 「全くだ。それを少しは君達に望んでいた事、だったんだけどね。エヴァ炭酸水を」


 

 山下の過激なジョークともとれない言葉にに返すサロットルの言葉は真剣だった。


 

 「俺達にゴミ掃除をさせようとしてたのか。いい性格してるぜ。ハイボールお代わり」


 「独裁者と言えども、邪魔する老害や政敵には消えて貰わねば、なんでも自由というわけではないんだ。そしてこのヌーヴェル・ルージュにはそいつらが増え過ぎた。ただ怠惰に消費し続けるだけならまだいいが、地下街で傍若無人な奴らがね」


 

 「女を囲っているって話は?次ジントニックで」



 錫乃介の横にいたシンディが気になっていたのであろう事柄を質問する。



 「受け取り方にもよるがそれは本当だ。もちろんハーレムなどの為ではない。そう思わせていた面もあるのは否定しないが、それは政争の為だ。本来は人口管理、そしてそれを口実に幹部連中からの強姦から守る為だ」


 「サロットルが指導者になる前は酷いものだったんだ。エヴァ、ベルモットをロックで」


 サロットルの補足をするように、シェスクが口を挟み続ける。


 「幹部どもは女とあれば即強姦。刃向かえば銃で脅し、気に入らなければ撃ち殺す。止めようとした男をプラントノイドの生贄にして喜んでいた奴らも居たくらいだ」


 「悪りぃ、ちょっくら抜けるわ俺」


 と山下は立ち上がる


 「俺も、シンディ話聞いてといてくれ」


 「待てよ、私も行くよ」

 

 三人揃って立ち上がると、アミンが、“まぁ落ち着け”と宥めそのまま話を繋ぐ。



 「その生贄にして喜んでた奴らは俺が皆殺しにしたよ。それを罪に問われて死罪になりそうなところをコイツに救われたってのは余談だがな。エヴァ、俺バーボンで種類はなんでもいい」


 そう言ってアミンは拳を握り親指を背後にいるサロットルに向ける。



 立ち上がっていた三人は無言でソファに座る。



 「酷いもんだな。ビールお代わり」


 錫乃介は半開きの眼でサロットルを見てお代わりしたビールに口を付ける。


 

 「そうだ。酷いものだった。だから私は権力を握り独裁者となった」


 「でもクーデター起こされたんだろ?そこがいまいちわからん。エヴァさんとかいう別嬪は妹で、別に敵対していたわけじゃないんだろ?さっきサロットルを守る為とか言ってたけど?ビールお代わり」


 

 「ちょっといい加減私にも話をさせてよ!いつまでドリンク作るせる気なのよ貴方達!バーテンダーじゃないのよ!特に貴方!一人で何杯飲むつもり⁉︎」



 ずっとカウンター内でドリンクを作り続けていたエヴァが口を開く。



 「す、すいません。お代わりで」



 すんのかい!とツッコミながらも注いでくれたエヴァはやたらデカいジョッキをドカン置く。



 「お、これよこれよ」


 「貴方それ飲んで少し黙ってなさい!」



 カウンター席に戻り、ドサっと座るエヴァはサロットルを睨むように見つめ口を開く。



 「サロットル、もう面倒臭いから単刀直入に聞くわ。貴方は幹部会に殺され、その幹部会の始末をコイツらにさせようとしてたでしょ。もう一つ言うとこの新宿の未来すら任せようと考えていた。違う?


 「察しがいいな。否定はしないが、考えは変わったよ。ついさっきな」


 「え?」


 「この男達を見ていたら馬鹿馬鹿しくなって来た。なんで私が死なねばならぬのだ、とね。ま、それはジョークとしても、死ぬタイミングは逸してしまったよ」


 「なんで俺“達”なんだよ。主に錫乃介だろ?」

 

 「一緒にしないで欲しい」


 「なんか、君たち最近辛辣じゃない?」


 

 また、三人がわいのわいの始める前に、アミンが話を戻す。



 「つまりだ、幹部会に死刑になる前にクーデターを起こした体でサロットルを監禁して保護したわけだな。幹部の一人としてそうせざるを得なかったわけだエヴァは」

 

 「回りくどい事を……」


 「人の気も知らないで」


 サロットルの呟きにエヴァも呟き返す。


 

 「さ、これで一件落着だな。帰ろ」


 「待て、ようやく状況説明が終わっただけだ。本題はここからだ」


 「新宿を出る方法だろ?そんなん、いくらでも思い付くぜ。これだけの設備がありゃあよ」


 「否、それは過程の一つ、私は外界と交易をしたいのだよ」




 そこには再び独裁者としてのカリスマ性を見に纏った男が立っていた。





 “ところで錫乃介様。新宿を出る方法ならいくらでも思い付くと仰いましたが、それはなんですか?”


 いや、ナビなら思い付くかな……って。


 “だから、勢いで言うなって”

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