ウルセイ奴等


 「交易か。新宿を脱出したいのかと思ったぜ」


 錫乃介は酔い始めた顔で答える。少し赤ら顔である。

 ソファから立ち上がった独裁者は、ツカツカと歩き出し、錫乃介の前に来る。



 「新宿を出る方法はもう用意してある」


 「へぇ、なんで出ないんだ?」


 「出た後どうするのだ?どこに行けば街があるのか?外界にはどんな化け物がいるのか?そもそも外界は安全なのか?我々には外の情報が殆ど無いのだ」


 両手を広げて首を僅かに振り、何も持って無いジェスチャーをする。



 「そういやそうだな。頼みの綱の外からやってくるハンターはプラントノイドにやられたかで居ないんだったな」


 「この地下街に辿り着いた者もいたがな。外界の情報をもたらし組織を揺るがしかねない危険な存在として、私の目の届かぬところで愚かな幹部に処刑された。

 素行の悪い奴もいてな。そいつらは薬漬けにし農奴に落としたが、結局は始末された。忌々しい、希望の綱だったというのに」


 「大体話は読めたが、俺らに外の情報と道案内をして欲しいってところか?」


 「そうだ。新宿を出る方法と引き換えで、協力してくれるか?貸し借り無しで」



 その言葉に山下をチラ見する錫乃介。山下も錫乃介を見てから答える。



 「悪く無えな。だがこの街はどうする?」


 「私は新宿を捨てるわけでは無い。ようやくここまで立て直したのだからな。だが、貨幣が存在しないのが少々困り物でな。貨幣経済が生まれぬ。このまま地上が占拠されたままでは他の街との交易が出来んので物資にも限界がある。

 その為には、国という表現が正しいのかどうかわからぬが、他国から応援を呼びプラントノイドを殲滅し地上を奪還するのだ。そうすれば地上での生活も他国との交易も出来る様になる。新宿はまだまだ、いや、やっとそこから発展できるのだ」



 サロットルは心持ち弁に熱が入ってきている様だ。サロットルの目的は新宿に原始共産制の社会を確立したかったわけではない。あくまだ現在のシステムは住民を生き延びさせる為である。男女隔離の人口管理も屋内プランテーションも少年兵の育成もそして自らが独裁者になったのも全て、未来に命を繋ぐ為だった。

 本来はプラントノイド達を片付け地上を取り戻し、他の街と交易し、一つの街としてゆくゆくは国として成り立たせたかったのだ。

 その可能性の塊が己の目の前にいるのだから熱も入るというものだ。

 


 「どうだろうな。山下さん、アスファルトやセメントイテンに応援を寄越す余裕はあるのか?」


 「少なくともアスファルトは無理だな。ただでさえ軍は人材不足だ。だがセメントイテンならば少しはいけるだろう。それにポルトランドなら少々遠いが、規模はデカイから補給線さえ維持すれば行けるだろう。後は資金の問題だな」


 斜め右上の中空を睨みながら腕組みをして答える山下。



 「金ならこの街の植物系の資源でいけるだろ。医療用にモルヒネもとれるし、木材も腐るほどある。あのプラントノイドは新しい素材として売れるかもしれねえぞ。ヘロインは売るなよ。

 っつうか、木材伐採してあの老朽化した高層ビル群一回全部爆破解体してから焼畑しちまった方がいいだろ。余計な物が多すぎる」


 「何にしてもプラントノイドの殲滅は必至だ」


 それなんだがよ、とサロットルに応える錫乃介には少し考えがあった。


 「別に多くの兵は要らねえんだよ。そうだな、水、塩、重曹、界面活性剤、お酢、あればクエン酸がいいな。それから発泡スチロールとガソリン。全部出来るだけ多くだ。揃えられるか?」


 「どうだ?シェスク」


 「そうだな塩があまり無いな。カルデラ壁に岩塩鉱山があるが取りに行くのはなかなか難しく貴重品だ」

 

 「じゃあ塩はいいか」


 「後はガソリンだ。この新宿では石油系は確保出来んのだ」


 「まぁ、そりゃそうだな。でも新宿は出れんだろ?だったら山下さん達にガソリンくらい外で調達してもらってくればいい。セメントイテンまで往復で4日もあれば行けるだろ。バックレが心配ならサロットル、アンタも行けばいい」


 「心配というより、外の様子を知る為に連れて行って欲しいものだな」


 「じゃあ、話は決まりだな。早速行動開始だ」


 錫乃介は両手をパンと打つと立ち上がり、山下に向かう。


 「というわけでガソリンの調達頼めるかなあと次いでに塩も。山下さん」


 「お安い御用さ。調達はトラック乗りのコッポラ、セロニアス、デイヴィスと俺が行こう。ところで何を作る気だ?」


 「除草剤とナパーム弾だよ。あり合わせの材料を混ぜるだけで出来る、超お手軽簡単兵器だよ」


 「妙な事知ってる奴だな」


 「除草剤は昔農業学校にいた頃作ってた。ナパーム弾は低コストで作れる兵器ってんで20世紀に大流行したんだ。第二次世界大戦からベトナム戦争まで現役一直線だよ。そういやベトナム戦争は除草剤も活躍したな。おっと、あと電動ポンプも。なるったけデカイやつね、いっぱい撒けるようにさ」

 


 「そんなわけだサロットル。お前さんも連れてくぜ。いいな他の連中よ」


 少し意外そうな表情を見せるサロットル他幹部達。


 「なんでぃ?」


 「いや、あまりにも展開が早いな君達は」


 「ダラダラ話してたって何も解決しねえだろうが、さっさと準備しろい」


 「まったく、ユニークな奴等だ」



 苦笑いなのか、呆れているのか、不思議な笑いを浮かべる。



 「そういや、腰抜け幹部共はどうするんだ?」


 ふと、今まで戦闘にもならなかったので、気にも止めていなかった幹部達の事を錫乃介はサロットルに尋ねる。


 「そのまま部屋に閉じ込めておけ。どうせ何も生み出せない奴等だ。まぁ、馬鹿とハサミは使い用だ、強制労働でもさせるか……」



 と、さぁ行くかという流れになったところて、ジリリッとけたたましく通信機の電子音が鳴り響く。身近にいたシェスクが皆に聞こえるようにハンズフリーのボタンを押して応対する。



 「シェスクだ。何事だ?」


 「こちら一階シェルター前、守衛カザフ。幹部の方々が集結し“もう組織は終わりだ”“女をよこせ”と叫び暴れ始めて女性区域に侵入しようとしています。いかがなさいますか?」



 通話の奥では狂騒と爆発、銃弾の音がこだましている。



 「捕らえろ。手段は任せる」

 

 そう言ってから、シェスクが確認の為か気持ちサロットルに顔を向けると、軽く右手を払う仕草をした。

 するとエヴァが通信機に向かい、スゥと大きく息を吸い込む。


 「指導者代行エヴァだ。今の指示を変更。生死は問わぬ、いや殺せ。そいつらは反逆者だ」


 「り、了解致しました。同志エヴァ、しかしながら我々は数が少なく……」


 「あぁ、そうだった。正規兵殆どノシまったんだわ。エヴァさん、俺の部隊が地下二階に待機している。山下の指示だと言って応援を頼め」


 「済まぬな。地下二階に待機している部隊に山下の指示だと言って応援を頼め。今すぐこちらも向かう。カザフ持ち堪えろ」


 「了解致しました!」


 と、通信が切れる。

 


 「さぁーて、暴れてくるか!残しておけよ!」



 と大声で叫ぶ山下は錫乃介の頭を鷲掴みにしエレベーターホールに向かう。それにシンディが続き、“待て!”と言ってアミンが駆けてくる。


 あだだだだだだ!あたまがぁ!潰れるぅ!と叫びながら、

 「エレベーター大丈夫なの⁉︎老朽化してないの⁉︎落ちない⁉︎」

 とアミンに訊ねる錫乃介。


 「それなりにメンテしてるぜ、ちゃんと現役だ」


 「それなりって……」


 「ホレッ大丈夫だって言ってんだろ!さっさと行かねーと終わっちまうぞ!」


 と、山下にズリズリ引き摺られながらエレベーター内に入る。


 「元々お前がエレベーター気をつけろって言ったんだろうがこの戦闘狂め!」


 「あー知らねーなぁ!だいたい敵地でいきなりエレベーター乗る奴がいるか!」


 「映画じゃ皆んな乗ってんだよ!エレベーターの中で拳銃両手に待ち構えるのが格好良いんだろうが!」


 「それはわからなくもねえ!」


 「わかるのかよ!わざわざ此処まで走らせやがって!大変だったよなぁシンディちゃん!」


 「アタシにふるんじゃねえよ!それよりお前いい加減戦闘体制入れよ!今日ぶっ飛ばされてセクハラして殴られて酒飲んでただけじゃねーか!」


 「なんだよ!その酒乱のダメ親父っぷりは!しかもぶっ飛ばして殴ったの全部お前らじゃねえか!」


 「エレベーター内でうるさいんだよお前ら!」

 

 

 やいのやいの五月蝿い四人を乗せたエレベーターは一階に向けて吸い込まれる様に降りて行くのであった。

 

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