ママは小学4年生でも、その正体は、ヴェノ…
スズライトキャリィに先導され荒野を走る
よく見れば道と言える程では無いが、幾本かのワダチある
真っ直ぐワダチの通りに進む
気が狂いそうなほど空は青い
海よりも
宇宙よりも
ひたすらに照りつける太陽
熱く乾いた風が身体を通り抜ける
どこまでも続く荒野と地平線
廃墟ビルはいつの間にか無くなっていた
道がハッキリしてきた
舗装されていた名残だ
ここは、ハイウェイか
赤茶けた給水塔
給水塔の上には人影が
給水塔の下には大きな看板
『Motel & Diner CAFE BOMB 7days 7am 7pm』
ロードサイドにある2階建ての古びたアメリカンなレストランを思わせる作りの建物
ピンクと黄色と赤のケバケバしいネオンサイン
ここだけ、オールドアメリカの世界を切り取ったかのようだ。
ナビ
“何ですか?”
また、俺タイムスリップしたのかな?
“さて、どうでしょうか”
高々とそびえる煙突のある施設が奥に見える
景色に見惚れていると、“何してんだい!こっちだよ”と、お店の入り口でワインレッドの髪の女性が声をかける。
無意識にバイクを止めていたようだ。
鈍い焦茶色の板張りのテラス席に足を踏み入れる。ギシギシキィキィと、軋む音が心地良い。
テーブルや椅子は、ドラム缶や電線を巻くケーブルドラム、一斗缶やら様々だ。
スモークイエローのレンガで出来た壁面。元々は白かったのだろう。ところどころ禿げた部位が真っ白だ。
板葺きとベニヤとトタンの屋根は雨漏りが心配な程オンボロだが味わいがある。
「ようこそ、カフェ・ボムへ」
手を引かれ、背中を押され、中に入ると、そこは外観から続く世界、オールディーズという言葉が相応しい、古き良きアメリカだった。
ナビ、俺やっぱタイムスリップしたみたい。
“そう言う事にしておきましょう”
ナビは投げやりだ。
客は他に居ないようだ。
モザイクタイルに囲まれた壁。
無垢の床材のフローリング
テーブルは10数。1テーブルに6〜8人は座れる大きさだ。正面には厨房と黒いウッディなL字カウンターがある。
「ほら、そこ座って」
と、指挿されたソファは古ぼけた茶色い革が毛羽立っている、作られたヴィンテージでは無い年代物だ。
“錫乃介様、カウンターへ”
ああ、
「カウンターでもいいか?俺カウンター席が好きなんだ」
「そうかい、別にかまわないさ」
ソファ席は沈み込むため、即座の行動が阻害される。カウンター席ならば、座り方によっては立っている時と変わらぬ動きができる。
というより、そんな事とは関係なく、さっき女性に言った通り錫乃介はカウンター席が好きだった。
1人飯1人飲みが基本スタイルの錫乃介にとって、何よりカウンター席は落ち着く。
「ほら、喉乾いたろ、飲んでくれ。もちろん奢りだ」
ドン、とカウンター内から出された瓶にはカットライムが飲み口に刺さった『コロナビール』だった。
コロナビール!生きてたんかワレェ!!
“側だけですよ、商標権も何も無い世界なんですから。毒には気をつけて下さいよ”
ナビの言葉に、あそっかと思い、“サンキュー”と女に礼を言いながら、ライムを押し込む。ペロリと指についたビールを舐めるが、ナビの瞬間分析では毒では無いらしい。
女も“こちらこそだよ”と言って自分も手にしているコロナビールで乾杯する。
グイッとゴポゴポ飲んで、2/3は一気に飲んだだろうか。
ふぃーーーー!五臓六腑に染み渡りぃ!
「いい飲みっぷりだね。気に入ったよ、アタシはミーチ、アンタは?」
「体感以上に喉乾いてたわ。俺は錫乃介だ。よろしく」
「ホント、助かったよ。腹減ってんだろ、それ飲んでて少し待っててくれ」
「ああ、悪いなボリューム重視で頼むよ」
「任せといて!」
こちらを見てニヤッと片唇をあげる仕草にどうしようもない色気をかんじる。
ナビ、大丈夫そうじゃない?
“はい、どうやら害意はないようですね。ここまでして更に裏があるとは思えませんし、錫乃介様にそれだけの価値はありませんから”
だよね……今愚弄したよね、我を愚弄したね。ちょっと久しぶりで、流すとこだったよ。
と、ナビといつものやりとりをしていると、階段から降りてくる者がいた。
少しだけ警戒して、階段側に振り向くと、1人の若い女性がいた。
「あ、お客さんいらっしゃい!おかーさん!遅かったねー!大丈夫だった?」
元気な声だ。歳の頃は14〜15歳だろうか、ちょうどガールとレディの中間といった快活な感じの女の子だ。日焼けした肌に、母譲りの赤い髪を三つ編みにし、クリーム色のキャミソールにデニムの短パンルック
おかーさん、って、ミーチの子供か!あの子可愛いな。あと数年で相当美人に…グフフ……。
“錫乃介様、下品ですよ”
黙りねぃ!
「あ、シノ!ただいまっと。いや〜車のバッテリーがあがっちゃってエンストしてさ、そこのお客さんに助けて貰ったんだよー」
料理をしながら、応えるミーチはフライパンを煽っている。
「そうだったんだ、心配したよ。あ、お客さん、どうも母がお世話になりました」
と、深々とお辞儀するシノと呼ばれた女の子。
「いや、たまたま通りかかってね、成り行き上さ」
「ありがとうございます。私はシノって言います。このモーテルをおかーさんと2人でやってます。これからもカフェ・ボムをよろしくお願いします!」
おおぅ、可愛いし、純粋そうだし、礼儀もあるし、俺この子にしようかな。
“おまわりさーん!ここにロリコンがいまーす!”
黙りねぃ!冗談に決まってんだろ!
「俺は錫乃介だ。一応ハンターやってる」
と言うと、それを聞いたシノは少しだけ表情が固くなった。
「は、ハンターさんなんですね、私の旦那もハンター目指してたんですよ」
「へぇ〜奇遇……って、おい、ず、ずいぶんと若くに、け、結婚してんだな。まだ15くらいにみえるが…」
“いきなり失恋しましたね”
黙りねぃ!
「14です!結婚って言うか、子供できちゃっただけなんですけどね!
子供産まれる前に、“ハンターになる!”ってどっか行っちゃった。
ずっと帰って来ないから死んじゃったんじゃないかな?それより、今赤ちゃん連れて来ますね。可愛いんですよ!」
こ、こども…あかちょん?
“ガールでもレディでもマダムですらなくウィドウでしたね”
はっっ!ってことは親子揃って未亡人⁉︎
こ、これは、なっかなか、レアな響き…
“錫乃介様、アンタほんっと下衆ですね”
黙りねぃ!チラッとほんっとチラッと過ぎっちまっただけでぃ。
「ほら、この子可愛いでしょ!」
いや、別に他人の赤ん坊みても可愛いなんて思わ…
「おぅふ、可愛いなぁ!おいおい、ちっちゃいなぁ、お前は!この子も女の子かぁ!お母さんとおばあちゃんに似て、美人になるぞぉ!」
「おばあちゃんはよしてくれ!!!」
厨房から怒鳴り声が聞こえる。
「ふふ、おかーさんおばあちゃんになるの気にしてんだから。別にどうしようもないのにね」
「何話してんだいっ!ホラっ待たせたね、お礼の飯だよ!」
と、ドンっとミーチがトレーごとカウンターに置いたのは、手のひら並みのでかいバンズに、挟まれたパテから肉汁が溢れ出ているハンバーガーであった。謎肉ベーコンに卵はサニーサイドダウン、分厚いオニオンスライスにトマトにアボカド、でっかいマッシュルームにレタスにジャガイモ……
「挟み過ぎぃぃぃぃ!!」
「はっはっは!これはうちのボンバーガーについつい追加サービスしちまったよ!それからこれな!」
と、だされたのは洗面器のようなボール状の皿に盛られたスパゲッティだった。
見た目ナポリタンの様な感じだが、こちらも謎肉ベーコンにマッシュルームに玉ねぎ、ナス、ピーマン、ズッキーニ、セロリにニンジン、パプリカ、トマトに……そして粉チーズが、山ほど。
例えるなら大豚ラーメン全マシ、チョモランマ。
「ぐだくさーーーーん!!!」
「おかーさん、これじゃお礼じゃ無くて拷問だよ」
「はは、ミーチ風スパゲッティスペシャルエディションさ。残しても大丈夫だからな!ついついやり過ぎちまったよ」
ポリポリ頭をかきながらも破顔するその笑顔は魅力的なミーチ。
これで残したら男が廃るな。
「あのさ、金払うからこのビールお代わりちょうだい」
「イケるね!いいさ、今日は気にせず飲みな!」
と、ビール片手にガムシャラに食べ始める。
“お腹壊しますよ”
は!ナビ、俺がくぐり抜けた修羅場はこんなもんじゃないんだぜ…
“またですか…”
ハンバーガーは分厚いバンズに分厚いパテだけで、すでに口に入りきらないのに、何種類もの具が挟んである。かぶりつくどころか、持ち上げるのも不可能なので、少しずつ解体しながら、ビールと共に頬張りながら、食べていく。
昔とある創作料理で有名なお店でな、飲み放題のフルコースを食べる機会があったんだ。
“はぁ”
スパゲッティはケチャップにブラウンソース味、見た目も味もナポリタンっぽいが、麺も具も溢れんばかりだ。こちらは飲む様に食べていく。
その美味しさは、それはそれは有名店の名に恥じぬものだったさ。でもそこのコースはな、一般の人がタッパーに入れて持ち帰らなきゃならない程量もあるんだ。
“サービス満点ですね”
ハンバーガーもスパゲッティも量が凄いが、味がしっかりしてる。ボリュームだけじゃない質の高さを感じる。ミーチの料理の腕は本物だ。
そんでな、俺が数人の仲間と行った時は、最後の〆物が松茸と鯛で出汁をとったラーメンだったんだ。
コースが食べ切れなさそうな人は予めタッパーに入れていたから、全部食べていた俺より先に〆のラーメンが出たんだ。これは流石に持ち帰れないから。
“そうですね、持ち帰っても麺がのびちゃいますね”
ミーチは俺の食べっぷりが珍しいのか、ニコニコしながら観察している。シノは赤ちゃんに“しゅごいでしゅねー”とあやしながら笑って見ている。
他の人に出されたラーメンはな、お茶碗サイズだったんだよ。それを見てたらさ、店の大将が、“大盛りもできますよ”って挑戦的な事を俺だけに言うわけ。
なんだよ、やんのかコラって思った俺は、
“なんで、そこで喧嘩するんですか”
さ、ハンバーガーは食い終わったぞ!後はスパゲッティだ!
思っただけだよ。それで、“じゃ俺大盛りで”って言ったら、かしこまり!って言って大将がさ、茹でてる寸胴に麺を、一束、二束、三束、そしてまた一束って、ポンポン入れてるわけ。
いや、いくら何でも、あれ全部は俺のとこ来ねーよなって思うわけ。だってさ、そんなの入る丼なんて店内見回してもないしさ。
“そしたら、それが”
そーーー!店の飾り棚にあった、どう見てもそれ、日常的に店で使ってないでしょ?っていう、優勝盃みたいな丼がいつの間にか俺の目の前に来ててさ。湯切りした麺全部入れやがんの。おいおい、馬鹿でしょこの大将って思ったよ。
“どうされたんですか、それ”
周りの目も大将もニヤニヤニヤニヤしてやがったからさ、舐めんじゃねーぞ、ってスープまで全部完食してやったよ。そしたら大将さ、“本当に全部食べると思わなかった”だとよ。
あれは、久々に完全勝利に終わった一件だったね。有名店に勝ったからね、俺。
と、カランとフォークとスプーンを皿に置き
「ゴッソさん。食後のデザートとコーヒー頼んます」
と合掌する錫乃介であった。
“長い話の割りにただの大食い自慢でしたね”
呆れた表情でため息を吐く様に言葉を紡ぐナビだった。
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