夜に駆ける

 デザートはパフェだった。バナナが突き刺さり、チョコとソフトクリームとナッツとシリアルの昭和な感じがするパフェだ。美味い。


 だがしかし、これもデカイ。ボムパフェが商品名だそうで、40cmくらい高さがあるぞ。パフェは大好きだが、これは2人で食べる用だろ。容赦ないねミーチは。

 コーヒーは今ハンドドリップで入れてくれている。

 カウンターの端にある業務用のコーヒーマシンがあるのにわざわざハンドドリップだ。

 味気ないコーヒーマシンよりもありがたいが。



 「凄いね!本当に全部食べちゃった!」



 シノは大きな瞳をクリクリしてこちらを見つめる。赤い瞳が魅力的だ。

 横からパフェをつまみ食いしてる。美味しい!と、震える仕草も可愛い。

 お前んとこの商品だろ。



 「アタシも、ちょっとやり過ぎたかと思ったけど、まさかデザートまでいくなんてね」



 樹脂でできた安っぽいカップを出し、カウンターにその大きな胸を置く、魅力的だ。頬に手を当てこちらを見つめる瞳が、燃える様に赤い。


 親子だな。


 ずっと2人に見られて少し気恥ずかしくなってきたので、話題を振る事にする。というか、ずっと聞きたかった事だ。



 「ちょっと聞きたかった事があるんだが、ここから1番近い街ってどこだ?」



 入れてもらったコーヒーを手に尋ねる。砂糖もミルクもいらない。


 「北西に800キロほど行けばモールタールで、南東に600キロいけばセメントイテンだよ。アタシはセメントイテンに買い出しに行った帰りだったんだ」

 「アスファルトまではどのくらい距離があるんだ?」


 うん、濃いめの俺好みのコーヒーだ。美味い。



 「アタシは行ったこと無いけど、ここからだと1,000キロ以上あるんじゃないか?」

 

 “休憩除いて26時間も走ってましたからね、そんなとこでしょう。だいぶと東に逸れていたようです”


 1,000キロって札幌から東京くらいあんじゃねーか!

 

 「俺はそのアスファルトから来たんだよ。本当はモールタールってとこに寄りたかったんだけどな。道が外れていたらしい」

 「そんな遠い所からかい⁉︎一人旅ってだけでも命知らずなのに、あのバイクだけで旅してるたぁ馬鹿な男だ!」

 「でも、ここに来れたのは運が良かったですね!」

 「間違いない」

 「ミーチがエンストしてて助かったよ」

 「アタシに感謝しな!」



 といってミーチは笑っていた。気がつけば窓から入る光が、その顔を、そのただでさえ赤い髪と瞳を、赤く染め始める時間になっていた。


 そんな話しをしていると、客が2人入り3人入りと、お店が稼働し始め、慌ただしくなってきた。



 「ごめん、錫乃介!ちょっとだけシノの赤ちゃん見てて!シノ!」

 「うん!錫乃介さん、ごめんなさい、ちょっと手伝ってくる!」

 「あ、ああ、良いけど赤ちゃんなんて面倒見たことないぞ」


 赤ちゃんなんて“可愛い!”って、抱っこくらいしかした事ねーよ。面倒ってどうすりゃいいんだよ!


 「見てるだけでいいから!」

 「りょーかい。名前なんてーの?」



 シノはもうエプロン付けてお客さんのテーブルに向かっている。



 「まだ付けてなーーい!適当に呼んであげて!」


 マッジかよ、子沢山時代の昭和初期かよ!


 「不憫だな〜お前も。女の子の名前か〜なんにしようか、『ビッチビチビチ股平子』にしよっか〜〜アゔぉ!!!」



 久しぶりに強めの全身ショックを食らった。



 “どうやったら、そんなカスな発想になるんですか?”


 じょ、冗談に決まってるだろ〜〜今のだいぶ強かったよ。トレーニングしてた時の軍曹時代より強かったよ。


 「じゃあ、おばあちゃんにちなんで、『パイオツオッパイパイパイパイン』はどうかな?って、ウボォアァ!!!」


 “懲りないですね、あなたも。パイが多すぎます”



 全身からぷすぷす煙が上がる感じがする。それでも赤ちゃんを落とす事なく、死守する姿は流石である。

 

 そんなこんなで、数度の全身ショックを食らいながらも、気付いたら赤ちゃんを前向き抱っこしながら、ドリンクを作ったり、料理を運んだりしている。



 「悪いね!錫乃介!」

 「ベビーシッターはやった事ないけどね、レストランの仕事なら任せといてよ!」

 「錫乃介さん、ベビーシッターも様になってますよ!」



 今まで飲食の仕事は散々やったからな。この程度わけ無いけど、顔の前にいる『ムラムラシキブ』はやっぱり、ンビェボンガ!!



 “実はドMなんですか?”


 ……。

 そんなはずは無い。



 ーーはい、これ3番ね!

 ーーオギャアァァァォ!

 ーーあぃ、いらっしゃい!


  

 色々と、忙しい時間であったが、ようやく終わった。もう完全に日は暮れているし、19時なんてとっくに過ぎている。閉店時間なんてあって無い様なものであろう。

 まだ客はいるが、シノは赤ちゃんを連れて2階に戻って行った。



 ふぃ〜と、カウンターに座ると、ミーチがコロナモドキビールを出して隣に座る。

 2人で、“お疲れ”といってグラスならぬ瓶を合わせる。本日2度目だ。



 「あーーー、グッと来たー!」

 「ありがとさん!助かったよ」



 と言って、紙巻き煙草を咥える。

 吸うか?と、こちらに差し出すので、頂いておく。

 この世界に来て初めての煙草だ。久しぶりの煙草は、頭にクラッとくる。

 


 前の時代でも、普段は吸わないが、コミュニケーションツールとしては吸っていた。

 他にも、煙管やパイプなど色々試す機会が成り行き上あったが、ミーチに差し出された煙草は純粋に吸いたかった。



 「錫乃介良い動きするね、こういう仕事やってたのかい?」


 と言って紫煙を燻らせる。


 「まあな。今まで一番やってる仕事だな」

 「ハンター辞めてうちで働きなよ。男手居ないしさ」



 笑いながら冗談っぽく言う

 


 「それ、悪くないな。今金欠だし」

 「そんな文無しのくせに金払うって、言ってたのかい?馬鹿な男だね。ま、考えといてくれよ」


 アスファルトでは格好つけ過ぎて、手持ちの金は僅かに500。これじゃあ次の街で職にありつけなかったら、ひと月も暮らせやしない。ここいらで少し貯めても良いだろう。

 

 「今日はもう出発しないだろ?うちに泊まっていきな。手伝ってもらったし、もちろん金は要らないからさ」


 「悪いな、そうさせてもらうよ。今日は色々疲れたわ」


 どうやら、少しは気に入られたようだ。グフッグフフ!


 “下心アリアリのアリ過ぎですよ”




 「んじゃ、ミーチ今日は部屋に戻るよ」

 

 と、残っていた4人の客が店を出て行った。


 「ああ、おつかれ」

 「あれ、あの人達会計した?」

 「ああ、彼らはね、私が今日買い出しに行く間、このカフェの護衛をしてくれてたんだ。ほら、ここはなんの防衛施設もないだろ?」


 そういえば、ここに来る時給水塔の上に人影が居たな。

 

 「給水塔の上に居たのは見張りか」

 「そ、酒と飯と宿をサービスするって言ったら、快諾してくれてね」


 そりゃ、4人分共なれば結構な金額だろうしな。


 「普段はどうしてるんだ?」

 「機獣とか野盗どもなら、ほら、そこの監視モニターで見ながら、いざとなったらアタシの武装軽トラで蹴散らしてるよ」


 何かごっついの乗せていたな

 

 “4連装28mm対空機銃でした。あれなら流石のバルコンドルもひとたまりもないでしょうね”

 

 頼もしい事だなぁ、と言いつつテーブルに残った食器の片付けをする。



 「洗い物沢山あるだろ、泊めてくれるんだし手伝うよ」

 「大丈夫さ、って言いたいところだけど、助かる!でもな、泊めるって言った手前言い難いんだけどさ、今日はモーテルの部屋が満室でさ…」

 


 ちょっと気不味そうに、目を逸らして言う。



 これは!

 一緒に寝るパターーーン!来たーーーー!

 なんて、そんな馬鹿な事はあるわけない。



 「そこの店のソファーで充分だよ。それだけでも、今までのテントに比べたら天国だ」


 こう言うのは男側から言わなきゃな。


 「なんだ、アタシと一緒でいいかい?って聞こうと思ったのにさ」

 


 ちくしょーーーーー!そんな馬鹿な事あったーーーー!



 

 「じゃ、この洗い物頼むよ」

 「はは、任せとけよ。この程度の量なら蹴散らしてやるぜ。ちくしょうが!」


 

 店の片付けを終え、カフェの外にあるシャワー室で汗を流す。ミーチは“おやすみ”と言って2階に消えて行った。



 今夜は半月らしい。綺麗な夜空だ。この時代にきて良かったことの一つはこの夜空だ。突き抜けるような闇に瞬く星と月は、2020年の東京では決して見られなかった世界である。


 ソファにゴロンと横になる。

 ほんの少しセンチな思いにかられ、ナビに語りかける



 ナビ、俺これからどうすればいいかな?


 “さて、私にはお好きなようにとしか”


 だよな。成り行きでアスファルトを出たのは良いが、そもそもこの時代に飛ばされて、何をすればいいのか目的がない。何かさせる目的があって飛ばされたのか?そもそも飛ばした奴がいるのか、呼んだ奴がいるのか、はなっからそんな奴すらおらず、ただの事故なのか?

 事故なら自分はどうすればいいのかわからない。

 しかし、そこまで考えて思う。


 じゃあ、元々いた時代では、何かすべき事あったのか?いやそんなものないし、生まれた時からすべき事がある人間なんぞいるのか?

 という思いに至る。


 

 人とは不思議なものだと思う。仕事や学校などで1日の大半が占められている生活をしている時は、あれがしたいこれがしたい、あれをしなければこれをしなければ、等とやりたい事がある割に、いざ束縛から逃れ自由の身になると、何をしていいかわからなくなる者が多い。

 錫乃介自身そういう経験がある。でも生活の為にはと、色々な仕事に手を付け経験してきた。やりたい事であったか?と問われればそうでは無い。


 たまたまこの時代にいるだけで、当時と何も自分自身の内面的状況は変わっていないのだ。むしろ、今は死がすぐ隣にいるため、自ら生きている実感が強い。

 何やかんやが1回リセットされている世界、それはある意味理想の世界なのでは?やりたい事はないが、生きる為に必死になれる。それは、辛いがとても幸せな事なのかもしれない。


 

 “錫乃介様。私はあくまでナビゲーションシステムです。主たる人物がいなければ、私はただのマイクロチップに入っているソフトウェアでしかありません。仮に私に対して今ここで自由にして良いと言われても何も出来ないのです。何をして良いかもわかりません。ですから、答えは錫乃介様自身で出すしかないのです。例え、それが外的要因から誘発された動機だとしても。

 私はあくまで、現時点では錫乃介のサポートをするのが、役目であり、この世に生まれた意味なのです”


 

 何をしていいかわからない、っていう点は俺も対して変わんねーんだな。

 せっかくこの世界に来たんだ、存分に旅して楽しむぜ。それが当面の目標だ。


 “心配しました。鬱にでもなったのかと思いましたよ”


 そんな暇ねーな。とりあえず、明日の事は明日考えよう。

 

 と、夜空に浮かんだ半月を目に収め、重くなった瞼を閉じる。

 ウトウトするが、赤ん坊の泣き声が眠りを妨げる。


 ふふっ、元気な赤ちゃんだ。

 良い女になれよ。『アンアンパンパンパイパンコ』


 ヤジェシギャン!!!

 


 過去最強クラスの全身ショックを受けようやく眠りに落ちた錫乃介であった。

 死んだかもしれないが。

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