DIGGING MY POTATO

 赤ん坊の泣き声で眠りから覚める。


 まだ日もようやく顔を覗かせた所だ。


 今日も元気だな『ボイン・ザ・オシリーヌ』は!

  

 フォゴォう!!


 “癖になってませんか?やはりドMですね”


 そ、そんなハズ……は……

 つい脳裏に浮かんだ名前が謎の力で口に出てしまうだけで……


 “本能的にショックを求め始めているのかもしれませんね”


 ば、バカな……


 

 くだらないやり取りをしつつ、外の地下水を汲み上げているポンプまで行って顔を洗う。

 この辺りは時折り降る雨と地下水で水を利用しているらしい。

 

 電気は店の裏手にあるメタンガス発電だそうだ。糞尿や残飯などの有機物を発酵させ、メタンガスを取り出して燃焼し、なんやかんやでタービンを回して発電。残り滓の有機物も燃料にしているそうだ。

 

 俺の時代はまだ一般的じゃ無かったけどあったな。宇宙人来る前まではどうだったんだ?

 

 “結構発達していましたよ。それでも発電量は従来のに比べると大したものではありませんが、食品工場から出る有機物の量なら、自家発電で工場自身の電力賄えて更に一般家庭に販売したレベルです”


 って事はこの店一件くらいなら、残飯とか糞尿とかでなんとかなるのか。すげえ発達したんだな。


 “そのかわり、残飯とか糞尿とか集めるのは一般家庭には抵抗あったみたいで、業務以外では普及しませんでしたけどね。発電所の場所も必要ですし”


 そりゃそーだ。



 30キロの背嚢を背負って、M110とジグ・ザウエルを携えランニングを始める。最近バイク移動だったから身体を鈍らせないようにトレーニングだ。


 走っていると時折り、ウージーに手足がついたウージー虫や、身体がそのまま爆弾の鶏ボムチキン、小銃が身体の両サイドに付いている犬みたいなジャッカルカノ、が現れる。遠方の奴は無視するが、向こうの射程距離に入りそうな奴はこちらから狙撃する。回収することも出来ないので、そのまま捨て置く。

 もしデミブルみたいな巨大機獣が現れてもいいように、蟻地雷は持っている。


 幸いそれ以上何事もなく店に戻ってこれたので、シャワーを浴びて店に入ると、ミーチが驚いた顔をして赤い瞳でこちらを見つめた。キャミソールに短パン姿が眩し過ぎてガン見してしまう。

 


 「驚かせないでよ、何も言わないで行っちゃったのかと思った」

 「あ、そうかごめんごめん。朝のランニングしてた」

 「わざわざ荷物もってかい?」

 「そ、重り代わりだよ」

 「だから、シノの赤ちゃん背負ってても身体がシャンとしてるんだね」


 と言って俺の胸や腕に手を当てる。


 俺の下の方の俺もシャンとする。


 「さ、モーニングの準備してくるよ」

 「おう、なんか手伝おうか」

 「助かる。じゃ、ボールに卵50個割ってかき混ぜといて、塩とミルクも入れて。ちょっと多いけど、急がなくて大丈夫。殻だけいれないようにね。

 今はシノが赤ん坊の面倒で大変だから特に嬉しいよ」


 と、笑顔が素敵だ。


 「任せとけ」

 こんなんケーキ屋時代に比べたら、赤子をバックドロップするより簡単だ。


 “酷いことしますね”


 してねーよ!


 

 昔取った杵柄、あっという間に終わらして、謎ベーコンをスライスしてるミーチに渡す。



 「ず、ずいぶん早いね。すごい卵も滑らかにコシが切れてる」

 「どってことない」

 「じゃあ次はサラダを千切ってトマト切って…沢山あるけど。」

 「あいよ」



 ふっ、こんなものレストラン時代に比べれば赤ん坊にフィッシャーマンズスープレックスするより、造作もない事よ。


 “弱いものイジメですよ”


 やってねーよ!例えだ例え!


 ーー次はあれを

 ーーそれから



 と、次々仕込みを終わらせ、時間が余ったのでコーヒーを入れてカウンターで一休みする。


 「早いね!モーニング前に終わっちゃった!今日は満室だったから忙しくなると思ったのに、予想以上に早く終わっちゃったよ!」

 「なーに、この俺にかかれば大した作業ではない。飲食業務はハンター業より長いんだ」

 「頼りになるねぇ」

 「そういえば、コーヒーマシンは使わないのか?モーニングで出すんだろ?」



 と聞くと、ほんの一瞬だが、フッとミーチの顔が曇る。


 「ああ、あれは壊れてて…」



 と、話し始めた所にモーニングのお客さん入ってきたので、話題は中断する。



 「おはよう!」


 と、先程の曇りは何かの見間違いだったのだろうか、元気に挨拶をするミーチであった。


 シノが降りて来てモーニングが始まる。赤子を1人に出来ないので、またもや俺が背負って仕事を始める。

 そして、俺はひたすらスクランブルエッグやオムレツを作り謎肉ベーコンを焼く作業をしていた。


 「錫乃介綺麗なオムレツだな!」

 「すごーい、錫乃介さんプロみたい!」

 「ふっ!」


 お前のパイオツの方が綺麗なオムレツみたいだぜ!

 という決め台詞は心に留めておいた。


 “叩き出されるかもしれませんからね”


 そんなハズは無いハズだ。


 


 そんなこんなで、モーニングが終わり片付けをしていると、お昼の時間になる。

 

 「ランチタイムは無いんだな」

 「ハンターやトレーダーの人達がうちのお客さんですからね。基本的には朝出発して夜目的地着きますから、昼は移動時間ですよ」

 

 シノが応えてくれる。


 「だから、お昼は休憩時間何ですよ。あ、赤ちゃんありがとうございます。」

 「お、ママの元に戻りな」

 

 と、背負っている赤ちゃんを、シノに返す。


 「すごいですね、仕事中なのに全然泣かない」


 シノは胸の前で抱っこしながら言う。


 「すごいって、俺は背負ってるだけだがね」

 

 「ふふ、パパ認定されたのかもね」


 と言って、それは可愛い笑顔て俺を見詰める。

 

 ちょ、なになになに、やめてよ、モテ期当来⁉︎もぅー14歳なんて、俺犯罪になっちゃうよ!でも、法律なんて無いし、いいの?いいの?俺いっちゃうよ!



 “錫乃介様。落ち着いて下さい。ただの社交辞令です”

 黙りねぃ!!わーってるよ!!少しおじさんテンションあげあげちゃんちゃんなだけよ。


 と、そんな妄想していると、


 「はいよ、飯だよっと」


 ミーチがブランチを出してくれる。

 皿にはホットサンドとフライドポテトだ。ホットサンドは謎肉ベーコンに堅めに焼いたスクランブルエッグ、トマト、レタス、タマネギにオーロラソースとシンプルなものだが、これが美味い!

 フライドポテトは細めでカリカリで香ばしい。シューストリングというやつだ。



 ブランチを食べていると、外に大型のトレーラーが停まり、1人の客が入ってきた。

 

 「よ!ミーチ!また厄介になるぜ!」



 黒いロン毛に口髭と顎髭、身体は細身だが、身長は高い。濃いめのジーンズにストライプのシャツが良く似合う。



 「お、クリスか!いらっしゃい」



 ミーチが応えると、ロン毛は俺の方を見て驚いたように、大きな声を出す



 「おおっと!なんだなんだ、新しい男か!どっちのだ?」


 「さぁ、どっちだろうね、両方かもしれないよ」


 と言ってミーチは俺の片腕をとる。シノも悪ふざけでノリが良いのか、もう片腕をとり、頭を肩に乗せる。


 もう、このまま死んだほうが幸せかも俺。



 「かーーー!色男だね、あやかりたいあやかりたい。でも爆発しろお前の下半身」

 「気持ちはわかる。俺も逆の立場だったら同じ事言うわ。でもせめてどっちかで使ってからにしてくれ」


 軽口で応えるとロン毛はニヤッと笑った。


 「なかなか話せるな。俺はトレーダーのクリスリッチだ。クリスでいい宜しくな」

 と言って手を出してくる。


 「錫乃介だハンターやってる」


 と2人を離して握手する。

 たぶん2人を離すための握手だったに違いない。嫉妬しやがって。まぁ、色男だからな、妬み嫉みしょうがないとくらぁ。


 “ツッコんで欲しいですか?”

 せんでいい。


 「クリス、また今夜頼めるかい?」

 「そうだな、酒と飯でいいぜ!」

 

 と、ミーチが何やらクリスにお願いをし、交換条件は酒と飯みたいだ。


 「錫乃介さん、クリスさんはハーモニカのプロなの。是非聞いていって」

 「ハーモニカか!あまり機会がないけど、聞くのは好きなんだ。楽しみにしてるぜクリス」

 「ああ、任せておけ。それよりまずは飯だ!」





 その夜


 またも店は繁盛だ。俺は『クリトリマンクリコ』を……ジェロボワム!!

 ……シノの赤ちゃんいい加減名前つけろや!俺の体がもたないじゃろがい!


 “悪ノリしなければいいんです”


 ……今夜も赤ちゃんを背負いながら仕事に励む。

 ハンバーグ焼いたり、スパゲッティ作ったり、ピラフ煽ったり、ポテト揚げたり、まあ、忙しいが作業内容は飲食経験者ならなんて事ない。

 ミーチはドリンクとキッチン補助とカウンターでお客さんの相手。シノはホールを走り回る。

 と、一通り料理もドリンクもでて、店内も落ち着いてくると、クリスが店の入り口ドアの前に立つと、お客さんが揃って話を止め、クリスの方を見始める。


 どうやらショータイムらしい。



 「やぁ、ロクデナシのお前ら。アル中のお前ら。借金漬けのお前ら。女に逃げられたお前ら。どうしようも無い愛すべきカス共。俺の為に集まってくれてたことには、少しだけ感謝してやるよ。しっかり稼いでるか?ちゃんと投げ銭寄越せよ」


 “テメェのためじゃねーよ”

 “ミーチに会いに来たんだよ”

 “俺はシノだ!”

 “俺は赤ちゃんだ!なのに奥に居て会えねーじゃねーか”

 “なんか、新しい男がいるぞ!”

 “御託はいいから早く吹け!”



 などとヤジが飛ぶ。お決まりの口上らしいな。

 


 クリスがハーモニカをケツポケットから取り出す。



 ブルースハープか……


 「お前ら、腰抜かして漏らすなよ」


 と、吹き始めた瞬間だった。





 甲高い音が


 脳天を刺激する


 揺さぶる


 ピタッ止み


 そしてまた高音だ


 脳が震える


 ピタッと止む


 かと思えば


 低音で心臓を


 腹を


 股間を


 突き刺すように


 重く


 叩く


 ボディブロー


 かと思えば


 甘い音で


 頭を撫でる


 肩を抱き


 背中を抱きしめる


 身体が痺れる


 鳥肌が立つ


 高音から高音へ


 そして高音へ


 頭が逝く


 逝きかけそうになったところで


 締め子守歌だった


 

 音が


 止む




 沈黙



 客達は微動だにしない





 そして割れんばかりの大歓声と大拍手






 俺は涙が出てた

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る