Calling you
お店の片付けが終わり、ミーチと2人でカウンターに座り、紙巻きを吸いながらコロナモドキビールを飲む。
シノは赤ちゃんを連れて2階に戻った。夜更かしはいけないからね。
「また腕をあげたなあいつは」
「クリスか?凄いなあいつのハーモニカは。ブルースハープのソロライブなんて初めて聞いたけど、痺れたぞ、身体中が」
錫乃介は音楽が好きだ。ポップス、ロック、オールディーズ、テクノ、メタル、ブルース、ジャズ、クラシックと節操無く聞いてきたので、多少人より音楽には一家言あるつもりだった。それなのに、ポッと出のプロでも無いハーモニカの音にビリビリ身体が震えたのだ。
そのクリスはもうモーテルの部屋に戻っている。
「クリスはトレーダーでさ、何百キロもトレーラーで走ってる最中暇なもんだから、運転中片手間でできる趣味ってんで、何年もずっと吹いてたんだとよ。誰かに習った訳でも無し、別に音楽が好きとか、ハーモニカが好きとかそういうわけじゃ無かったらしいんだ」
ミーチは2本目の紙巻を吸い始めた。
「ああ、確かにあの移動は暇だな」
と、煙を吐き出す
この時代はラジオもねぇ、テレビもねぇ、信号もねーから気にする必要もねぇ。自動操縦したら何もやることねぇよな
「そんで、うちの店に来る様になってから何度目かの時に雑談してたら、ハーモニカ吹いてるって話しが出たからさ、いっちょ吹いて見ろよって、そん時は居た旦那が言ったんだ」
そう言ってミーチは壊れたコーヒーマシンを見詰める。
「そしたら、あれよ。アタシ達ビックリしてさ。早速その日夜に、酒奢るからって無理矢理ライブさせたら、もう客が聴き惚れて熱狂してたよ」
笑いながら紫煙が顔を纏う。
「天才だな、あいつ」
「間違いないね。その天才に触発されたのかな、ウチの元旦那は…」
「何がだ?」
俺も2本目を勝手に頂戴する。
「初めてのライブの数日後だったかな。“ずっとやりたかった事がある、この世界の地図を作るんだ!”って家を飛び出しちまいやがった。
前の日にコーヒーマシンを直してくれって言ってあったのにさ」
「訳がわからん」
「アタシもさ。元々根無草、ローリングストーンな男だったけど。とは言っても数日で飽きて帰って来るかと思ったら、もう何年かな。どっかでのたれ死んでるんだろうな」
わずかに2人に“間”ができる。
「直してやろうか。コーヒーマシン」
煙を輪っかにして口から出す。
「プロポーズかい」
紙巻を押し消す
「深読みしすぎだ」
俺も紙巻を消す
「なんだ、アタシに惚れたのかと思った」
「女は惚れさせる事にしてるんだ。こっちから惚れると碌な事にならねぇ」
「あんたキザって良く言われない?」
「言われる」
2人して笑って、その日はお開きとなった。
“女は惚れさせる事にしたんだ…よくも、まぁあんなセリフ吐けますねぇ”
ちょっとアダルティな雰囲気に飲まれちまっただけよ!自分でもゾワゾワするわ!
“でも、あともう一押しでしたねぇ”
やっぱ、そう思う?なんか、そんな感じだったよね〜
“でも、自分から歯の浮く様なキザなセリフ言って笑いにして引いちゃったのは、何でですか?」
え〜だって、まだ旦那の事好きだもんアレ。
“変なとこでビビリで律儀ですねぇ”
黙りねぃ!!
そんな流される様に『カフェ・ボム』を手伝い始めて数日が経った。
意外な事にクリスもトレーラーで停泊しながら、店に寄るハンターや他のトレーダー相手に商売を始めている。
おかげ、毎晩ファッキン!と叫びたくなるくらい、感涙するライブに立ち会える。これほど幸せな時間があっただろうか。理想郷とはここだったのかもしれない。
奴とは妙に気が合うのか、最近はライブが終わると下ネタ論争をして、酒を飲み合うような仲になった。
ある日モーニングを終えた後、ミーチは買い出しに出かけた。俺も付いて行こうか聞いたら、“シノと赤ちゃんを守ってやって”と言われたので、それもそうかと思い、シノと留守番となった。
赤ちゃんを背負ったまま、店の片付けを終え、一休みとソファに座り監視モニターを見る。シノも自分のジンジャーエールと俺のコーラを持って横に座る。
赤ちゃんをシノに渡してコーラを飲みながら、名前はどうすんだ?と何の気無しに聞く。
「本当は彼と決めたかったんですけど。もう流石にこの子に悪いですよね」
それまで明るく可愛い笑顔だったシノの、表情が気持ち落ち込む。
アカン、地雷だったか。まぁいいや。
「どんくらい戻ってこないんだ?」
「半年くらいかな。もともと、どっかの街の商売人の息子らしくて、家出してきた所をここに行き着いてって感じで。それで、行きずりみたいな関係になって」
「ハンターになる、って消えちまったってか?」
「そう、赤ちゃんできたって言ったら、突然そんな感じ。逃げられただけかな」
「だろうな。あれだろ、“生まれてくる子供の為に少しでも稼ぐ!”とかたいがいそんな感じだ。だいたい経験浅い女はこれでコロッだな」
監視モニターには砂埃が映っている。
「そうだけど、ひどいのね、少しは慰めてくれてもいいんじゃないですか?」
すこし、苦笑いしながらも、バシッと肩を叩かれる。
「男なんてそんなもんよ。そんな話腐る程あるさ。こんな仕事してたら知ってんだろ、そんくらい。俺はお為ごかしは言わねぇよ」
「知ってるけど、私には優しくしてくれないんですね。お母さんにはすごく優しいのに」
「おいおい、おっさんに向かって滅多な事言うなよ。勘違いしちまうだろ」
モニターには数台の武装バギーがみえてきた。
「おじさんは、転がしやすいですから」
「おうおう、恐ぇな女は。さっさと次の男探せ。今度はお前が男をカモにしてやるんだ」
「じゃあ、錫乃介さんにしようかな」
「だから止めろって、おじさんすーぐそういうのマジになっちゃうんだから」
“錫乃介様!”
ああ。
と言って立ち上がった俺は、シノと赤ちゃんに突如覆い被さる。
キャッ!とシノの声を掻き消すように、爆発音と地響きが2度続けて起こる。
とりあえず建物は無事らしい。
「迫撃砲かな。シノ、赤ちゃんと2階に上がってろ。絶対に顔をだすな」
「私も戦える」
「なら赤ちゃんを死ぬ気で守れ」
店を飛び出ると、クリスがこちらに向かってきていた。
「襲撃か!」
「たぶんな。クリス、シノを頼むぞ」
「お前は!」
「ちょっくら、お説教してくるよ。美少女とのいい雰囲気ぶち壊しやがって」
「おま!やっぱシノにも!」
「“も”って何だよ“も”って。どっちにも何にもしてねーよ!」
この緊急事態に何をコイツは言ってるのか。
ともかくジャイロキャノピーに向かう。
強化された視力と聴力で、砲撃の方向を確認する
風切り音が聞こえる前に、アクセルを回す
急発進したジャイロキャノピーの背後で爆発が起きる。
直に敵に向かわず、店から距離を取らせるよう、走り始める。
まずは小蝿を退治しようというのか、思い通りにこちらに向かってくる。
ナビ、敵は?
“敵まで距離5キロ、軍用バギー3台にポラリスビークルMRZR。武装はバギーは軽機関銃ですが、ビークルにはM20 75ミリ無反動砲を搭載してます。先程からの砲撃はこれです”
とんでもねーもん装備してんな。野盗の癖に。野盗かどうかもわかんねーけど。とりあえず反撃するわ、運転頼む。
新型ブローニングの、最大射程は6,000メートルを超えるが有効射程は3,000程度。
ま、人体に当たればめっけもんくらいの気持ちでぶっ放す。
と、運良く1台のバギーから転げ落ちるモノがいたので、当たったようだ。
その代わり無反動砲が襲いかかる。爆発がすぐ近くまで迫ってきており、次の砲撃は修正されて当たる可能性がある。
“廃墟群に入りましょう。火力が桁違い過ぎます”
賛成です!
威力はデカイが、射撃間隔は長いので、容易に廃墟群の影に入る事ができた。
しかし、このままでは埒があかない。少しづつ相手の背後をつける所に向かっていく。
“バイクを置いて廃墟に登りましょう。相手は装甲もないビークルです。運転手を狙撃しましょう”
また、そんな高度な…ゴルゴじゃないんだから。
“そのままだと、あんた死ぬわよ!”
はい、はいでした
とM110を背中にかけ廃墟ビルを登っていく。
ビル4階くらいまで登り、朽ちた窓枠からそっと外を眺めると、バギーとビークルが廃墟前で止まってこちらの出方をまっている。
それは好都合。
“距離1000、いけます”
と、狙ったタイミングがいけなかった。無慈悲にも相手の無反動砲の砲口はこちらを真っ直ぐに向ていており、その砲弾が発射される所だった。
捕らえられた!まずい!
窓枠から飛び出す。
2つ下の階に入り込もうとするが、爆風により、地面に叩きつけられる。
クソっとM110を構え、迫り来る2台のバギーの賊を討ち取り、廃墟の陰に入る。
だが、また砲撃だ。
何発持ってやがんだよ、ちくしょう。
もう1発くらったら、廃墟ごと崩れて終わりだ。
唸りを立ててエンジン音が迫り来る。機関銃の音が聞こえる。煽り立てているのか。
ゼェゼェ呼吸しながら痛む身体をそのままに、砲撃が来るその時を待ちたくなかった。
せめてもう一撃だけでも加えてやろう。シノは逃げられただろうか?ミーチは大丈夫か?そんな思いに駆られつつも廃墟の陰から飛び出した。
M110とシグ・ザウエルを両手に構え、死ぬまで撃ちまくってやろうといきり立つ。
「おいおい、オレだ」
と、そこにいたのはハモニカ吹きが飄々と両手を挙げて立っていた。
バギーとビークルの賊どもは全員機銃掃射の後で見る影も無い。
「クリス!」
「1人で無茶しやがって」
「すまねぇ、助かった」
「ま、俺も思わぬ援軍が来てな。そんで助けに来れたのよ」
「援軍?」
と、親指を立てて後ろに向けると、トレーラーの屋根に設置された重機銃に射手がいた。
その姿はまだ若い20にもなってないだろう。短髪黒髪の生意気そうな男が手をあげて挨拶した。
「ハンターのリンゾーだ宜しく!」
「ま、そんなわけよ、とりあえず戻ろうぜ、シノを待たせっぱなしだ」
お、おう、嫌な予感がするが、ジャイロキャノピーを取りに行こうとすると、
「あ、このバギーとビークルは戦利品として貰うぞ。あっちに転がってた2台は錫乃介だろ?」
「ああ、そうだが」
「あれ貰っていいか?」
「別に構わねぇけど」
「じゃこれ金」
「は⁉︎こんないいの?」
「当たり前だろ。殆ど無傷のバギーだぜ。1台売値15万は堅いな。ここに滞在した甲斐があったわ」
と、差し出されたデバイスには100,000cと出ていた。
「財布置いてきちまったから後でな」
ぼろぼろの身体を引きずりながら、バイクに乗り込み店まで戻る。
そして、俺とクリスとリンゾーと3人揃ってドアを開けて店の中に入ると、バッと出てきたシノが駆け寄り抱きついてきた。
リンゾーに。
「どこ、行ってたのよ!」
「ごめん」
「赤ちゃん」
「ごめん」
「名前まだ無い」
「一緒に決めよ」
「うん」
あ〜あ、ほーらきたよ、やっぱりな
おじさん傷ついちゃうなぁもう
だ〜からやなんだよな〜
ほんっと、こんなんばっかだよ
俺、結構命がけだったんだけどな〜
別にロリコンじゃないんだけどさ〜
そういう事じゃないんだよな〜
2人の世界に入るカップルを視界に入らない様、ふうっ息を吐いてとカウンターに座ると、コーヒーマシンをいじくっている男がいる。茶髪のモサッとした髪に、細身で長身。不精髭ではあるが、なんか様になった格好良さだ。俺と同い年くらいか。
「で、あんたは?」
「あんたこそ?俺はこの店の店主だが?」
は〜〜
そう来たか
参ったね
こりゃもう
と、クリスがやってきて隣に座り事情を話す。
俺が1人で賊共に突っ込んだそのすぐ後に、この店の店主タダカとリンゾーが2人揃ってやってきたらしい。
何でも2人共旅の途中に出会って、この『カフェ・ボム』の話題で意気投合し、シノに手を出して子供ができた話をリンゾーがタダカにしたら、ボッコボコにぶっ飛ばされて、慌てて戻って来て今に至るらしい。
「錫乃介と言ったな!俺の娘と孫娘を守ってくれたってな!感謝してるぞ!今日は何でも飲み放題食べ放題だ!」
「今、そんな気分じゃねーよ」
「なんだ!そんなしょっぱい面しやがって」
「これから、連続ハートブレイクしなきゃいけないの俺は」
カラン、と入口のカウベルが鳴る。
「ほら始まった」
仏頂面でカウンターに両肘を乗せ、組んだ両手に顎を乗せボヤく。
「タダカ…」
「ミーチ!今帰ったぞ!コーヒーマシンも直ったぞ!」
ミーチはゆっくりとした足取りでタダカに近寄り、優しく抱きしめていた。
クリスが俺の肩を叩く
はぁ、ったく、別に惚れてねーし
失恋じゃねーし
これだから女は、すーぐに期待させやがって…
これだから、女は惚れさせる事にしてんだよ
こっちから惚れるとロクな事にならねぇ
おじさんすーぐマジになっちゃうからやめてんだよ
「ちょっくらトイレ」
“行こうぜナビ”
先に言うんじゃねーーよ!
ぼろぼろの身体と心を引きずって、そっと音がしない様に店をでると、ジャイロキャノピーに乗り込み、アクセルを回す。
静かに発車し、砂煙を上げずに走り去るジャイロキャノピー。
熱い太陽はもうすぐ沈む
赤い赤い光が錫乃介を貫く
時折り吹く涼しげな風が肩を優しくなでる
ナビ、俺ぁ古き良き時代にタイムスリップしてたみたいだな。
“そうですね”
これはハイウェイ跡か
振り向けばカフェはもう見えない
ナビ、俺ぁ夢見てたみたいだな
あんな理想郷あるわけねぇもん
“そうですね”
夢なら押し倒して親子丼しとくんだった。
“錫乃介様。アナタって本当に最っ低でゴミカスですね”
だから、BGM頼むよ
“……何にしますか?”
『Calling you』をかけてくれ。
砂漠の風が吹きすさび、錫乃介の身体に激しく当たり時に優しく包み込む。その風はあたかも自分の事を遠くから呼んでいる声に聞こえるのだった。
……………………
「錫乃介ぇ!!!あのバカ!金も受け取らねーで、出ていきやがった!」
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