つよつよジジイは大好物


 「そんないきなり立ち退きなんて言われましても……」


 「前もって言われているだけありがたいと思え。本来なら貴様のようなジジイなんぞ、断りすらねぇんだからな」


 

 錫乃介がムシロの傍から覗くと、バラック小屋の入口ではくたびれたグレーのスウェットに身を包んだチンピラ風の丸刈り男と、ヨレっとした浅葱色のスーツをきた角刈りあご髭サングラスがいた。どちらも大層な強面で、拳銃の一つ二つは持っているだろう。

 脅されている濃いグレーの作務衣を着た店主の爺さんは、調理の後片付けの最中だったのか、正座する傍らには出刃包丁と柳刃包丁が置かれていた。



 “助けないんですか?”


 いや、俺部外者だし。



 「出てけって、いつ迄に……」


 「今すぐに決まってるだろ、客諸共さっさと行け!」


 

 “部外者じゃなくなりましたね”


 なんでよもう……



 「まだるこっしい……」


 凄むスウェットの横で、あご髭サングラスは懐に手をゆっくりと差し入れた。


 

 あ、不味い。

 

 と思うより先に錫乃介の手は腰のホルスターからシグザウエルを抜き、威嚇射撃をしようとしたその刹那であった。

 縁台に座り膝に置いた爺さんの手が僅かにブレたたかと思うと、懐より拳銃を取り出したあご髭サングラスの眉間に突き刺さったのは、出刃包丁であった。



 な!

 と叫んだのはスウェットの丸刈りと錫乃介。レンズを繋ぐブリッジを割られスルリと落ちるサングラス。あご髭は目を中心に寄せたままサングラスの後を追うように崩れ落ちた。



 「おやおや、それくらい避けてくれると思ったんですがねぇ。マフィアも質が落ちましたなぁ」


 「ジ、ジジイ!!!」


 「いちいち叫ばないと動けないのですかな?」


 焦り叫ぶスウェットは慌てて尻ポケットから拳銃を取り出す仕草をした時には、もう柳刃包丁が口へ深々と突き刺さっており、爺さんの手はそれまで通り正座した膝の上であった。


 

 ハッヤ……何アレ……


 “接近戦ではナイフは銃よりも強い、を体現してますね”


 いやそんなレベルじゃねぇだろ。

 

 

 「お見苦しい所を、どうもすいません」


 スウェットが倒れる姿を見送ると、錫乃介の方に視線をチラリと送り言葉を発する爺さん。



 「いえいえお気になさらず。夕飯美味しかったです、明日も期待してますね」



 錫乃介の言葉に、ピクリと眉毛を動かすと、正座をしたままこちらへ向きを変え、深々とお辞儀をする。



 「これはこれは、ありがとうございます。久しぶりに腕を振るいますかな」


 「でも頼みますから今仕留めた奴は出さないで下さいね」


 「面白いことをおっしゃいますな。お客様の食事にゴキブリなんぞお出ししませんって」


 「それを聞いて安心しました。それではおやすみなさい」


 「はい、おやすみなさいませ」


 

……………………




 “どちらのマフィアにも属さないって、つまりはこういうことなんですね”

 自分の身は自分で守るってな。いやいや、強すぎだろジジイ。殺気どころか何の力の脈動も感じなかったぞ。アレ避けれたか?


 “あらかじめ反射神経と動体視力をMAXにサポートしとけば、あるいは”


 速さならマリーに匹敵するな。無理ゲー過ぎる。この街ここが1番恐い宿なんじゃねぇの?


 “狙って入ったわけでもないのに、もってますねぇ”


 こんなのもたなくていいよ。



残金16,450c



……………………

 



 翌朝日の出と共に起きるとマフィアの死体は無くなっており、血痕だけがそこかしこに残るだけであった。



 「もう、ゴキブリ片付けたんですね」


 「ええ、見苦しいですからね。身ぐるみ剥いでその手の人達に引き取ってもらいました」


 

 錫乃介は囲炉裏の部屋で朝食を食べていると、爺さんが昆布茶を淹れてくれる。

 献立は昨日の玄米とアラ汁の残りを雑炊にして魚醤で味付けしたものに、謎の塩漬け野菜と、味噌の様な謎の発酵豆であった。

 漬物を齧り発酵豆をのせた雑炊をズゾゾと啜る。エスニックと和が融合した様な味わいだ。


 

 「ワシは宿名通り権爺と申します。あと一晩ですが、よしなに」


 只者ではない爺さんの名前だけでも聞いておきたく尋ねると、丁寧に返された。



 「あ、こちらこそ。それにしてもお強いですね。何かされてたんですか?」


 「いえいえ、護身術を少々齧っていただけですよ。この辺りは物騒ですからね、自分の身は自分で守らないと。お客様も随分と肝が座られてますな。余程の荒事をなさっていたとお見受け致します」


 「とんでもございません。自分は荒事する奴らの金魚の糞だっただけで、今も小銭稼ぎのケチなハンターですよ」



 お互いの懐を探るでもなく、朝の愉快な歓談をしていると、外がにわかに騒がしくなっていた。

 アクリル板で作られたお手製の窓から覗き込むと、十数名のマフィアが民宿権爺を中心に対立して睨み合い、お互い罵詈雑言をかけあっている。


 

 てめぇらセーベーがなんのようだ!

 ウマトラがくんじゃねぇ、ぶっ殺すぞコラ!

 ウチのわけぇのが何人もここで居なくなってんだよ!

 ウチもだ!てめぇらの仕業だなコラ!

 

 「それ爺さんのせいだろ?」

 「何のことでしょうなぁ?」


 

 それだけじゃねぇ!他のマフィアのボス語ってウチのスカウト騙した奴がこの辺りに居るってのわかってんだよ!隠してっとそのまま磔にすっぞ!

 

 「これは私関係ありませんよ」

 「たぶん俺です」



 ウチの宿でマチェット振り回した馬鹿がこの宿に入ったって情報つかんでんだ、ウマトラはさっさと失せなコラ!


 「それも私ではありませんなぁ」

 「たぶん俺です」


 

 こっちは依頼した殺し屋が、無視してこの宿使ってるって情報掴んでんだ、セーベーこそ消えろや!


 「それも私ではありませんなぁ」

 「たぶん俺です。でも殺し屋は誤解です」

 「随分とヤンチャされてるじゃないですか」

 「ですから誤解です」

 「なんにせよ、お逃げになった方が良さそうですよ」

 「裏口とかあるんですか?」

 「ええ、裏に置いてありますバイクの所へ出れますので、そのままどうぞ」

 「権爺さんは?」

 「覚えはありませんが私が蒔いた種のようですからなぁ、刈り取るとしますか」

 「そうですか、それでは私はウマトラ側を」

 「お手伝いしてくださるのですか?」

 「まだもう一泊ここでしないといけませんからね。それでは」



……………………




 ジャノピーに乗り込んだ錫乃介は、バラック小屋を迂回して、ウマトラ達の裏手をとると、そのまま突っ込みボンボン跳ね飛ばす。慌てたセーベー側は手にした銃を構えるが、一陣の風と共に血を吹き出しながらバタバタと倒れていった。

 二つのマフィアは僅かな時間で、抗争が始まる前に鎮圧されたのだった。


 

 「お客様も無茶な事致しますなぁ。これでこの街では敵ばかりとなりましたよ」


 そう言いながら手にした鞘にゆったりと納刀する権爺。形は日本刀のようだが、刃はおそらく高周波ブレードだろう。

 


 「私は明後日には出て行きますからね、後始末どうします?」


 「私もこの街はそろそろ潮時かと思っていたのでいいんですが、まずはハンターユニオンにでも行きますか。あそこは不干渉の中立地帯ですから」


 「んじゃあ、俺のジャノピーの屋根にでも乗って下さいよ」


 「お言葉に甘えましょうか」


 

 登る朝日はまだ昼前。薄暗いバラック小屋のビルの影に倒れたマフィアを轢きながら、街の中へと消えて行くジャイロキャノピーを、沢山の目が見送っていたのであった。

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