オンボロ小屋の用心棒


 いや〜貨物船サルベージしながらの機獣と戦闘はシビれたなぁ。

 

 “命懸けもいいとこですけど、あの貨物船売り払えば何千万cだそうですから、文字通り一獲千金ですね”


 俺らにもボーナス出たな。


 “1,000cですけど”


 充分よ。


 

 収支 16,050c



 ユラユラとゆっくりと進むクレーン船。入港日は司厨の仕事はないため、景色を眺めようと甲板に出ると、数棟の高層ビルが建ち並ぶ街が見えていた。



 お〜あれがショーロンポンか。結構ビル残ってるじゃん。どれもボロボロで穴空いてるけど。あの白菜みたいな形のビル見たことあるな。


 “グランド・リスボア・マカオですね。マカオのシンボルと言っても過言ではなかったホテルです”


 マカオかぁ、バブリーにゴージャスにアジアのラスベガスとも言われた花の都がね。まさに夢の跡って感じだなあ。

 あの隣のビルも見た事あるな。なんか途中からポッキリ折れてるけど。


 “ワン・ワールド・トレード・センター。マンハッタンのランドマークですよ”

 

 その隣は?つららみたいに尖ってるの。


 “ラフタ・ツェントルです。ロシアのサンクト・ペテルブルクの超高層ビルです”


 ほほう、アメリカと中国とロシアのビルが仲良く並んでる構図もおもろいな。

 

 “この時代ならではでしょうね”


 楽しみじゃんショーロンポン。こりゃだいぶと都会なんじゃないの?カジノとかあってすごいんじゃない?バニーガールの姉ちゃんがユサユサおっぱい揺らして歩いてるぜ!



……………………



 

 コンテナばっかり。

 トレーラーばっかり。

 いかついおっさんばっかり。

 どう見ても港湾の倉庫街だなここ。


 “そりゃ港ですからね”


 

 クレーン船から五日ぶりに大地に降り立った錫乃介は、まだフラフラと波の感覚が残る足取りで、ジャノピーを走らせる。

 コンテナを積んだ武装トラックが重低音を響かせ、ロータリートラックがあちこち走り、人足がその隙間を埋めるように忙しなく動く。

 邪魔にならないよう迂回して要塞砲で防備された護岸を眺めながら、街の中心部へと進む。



 “司厨長としてスカウトされましたね”


 飯が美味いってな。嬉しい限りだが、あの激しい戦いがしょっちゅうあって、いつ沈められるかもわからねぇのに1日200cは安いだろ。


 “偶にボーナスあるとはいえ、なり手いないでしょうねぇ”


 あの男臭い職場で働くくらいなら、カジノで可愛いねえちゃん眺めながら働けるボーイでもやるわ。


 “カジノ運営してるんでしょうか?”


 してるだろ絶対。むしろそれやる為に金稼ぐまであるぜ。


 “ハマらないで下さいよ”


 安心しろ、もう経験済みだ。昔シンガポールのカジノで持ち金全部スッたよ。


 “全然安心できません”


 そっから先は他人の見ながらひたすらカジノの無料コーヒー飲んでたわ。そういやバニーガールなんていなかったな。


 “カジノは元来紳士淑女の遊びですから。はい、ハンターユニオン着きましたよ”


 

……………………



 ハンターユニオンのリクエストの貼り出し壁には、先日マカゼンで見た内容の他、見慣れないリクエストもいくつかあった。



 カジノホールスタッフ 1日50c


 カジノディーラー 1日100c

 

 港湾人足 1日100c


 各種クルー 業種による


 船舶護衛員 船舶による


 ウマトラ組鉄砲玉 1回200c


 セーベー組鉄砲玉 1回250c


 セーベー組用心棒 1日500c採用試験有


 ウマトラ組用心棒 1日550c採用試験有


 


 やっぱりカジノあるのね。それより危ねぇ香りがプンプンする仕事あるな。


 “端末の情報によると、このショーロンポンでは二つのマフィアがカジノ利権で勢力争いをしているそうです”


 鉄砲玉だの用心棒だの隠しもしねぇのな。


 “それを堂々と貼り出すユニオンもユニオンですが”


 こんなの無視無視、次の街行こう。次はクーニャンか。


 “はい、また海路ですね。クーニャン行ってその後は陸路でシャオプー、ハンニャンへと行く予定です

 

 クーニャンに行くリクエストは?


 “三日後の貨物船甲板員の仕事がありました”


 OK、んじゃ宿探すか。



 収支16,550c


 

……………………



 ショーロンポンはカジノやホテルなどの前時代からの高層建築物以外は、今までの街同様バラック小屋が多かった。だが、これまでと違うのが街を囲む防壁が狭いせいなのか、海側に家屋が迫り出していた。

 防波堤が無い護岸には、流木などの木材で高台作った水上家屋が並び、海には海面に浮かぶ家フローティングハウスや船上生活者の姿が見える。


 

 おうおう、この水上家屋の光景ベトナムとかインドネシアで見たわ。


 “昔の日本にもあったんですよ”


 伊根の舟屋だろ?京都の。


 “いえいえ、あんな風光明媚なのではなく東京に、ですよ。東京湾には船上生活者や水上生活者が1980年代までは存在していたんですよ。湾岸の開発や船の老朽化によって、姿を消しましたが”


 マジか〜、保存しておけば観光資源になったのに、って今更言ってもしゃあないが。


 “ベトナムや香港のはそのまま観光地になっていたそうですからね”


 そうそう夕日との映えが良くてね、なかなか郷愁を誘うんだよ。

 日本のはなぁ、古臭くてなにより違法行為だからそのままにしておけないのはわかるけどさ。そこで長年生活していた人もいるだろうにな。

 しかし、街中はあれだな、昔テレビで見た九龍城そのものだな。



 海から街内側へと視線を変えると、増築に増築を重ねた、バラック小屋にバラック小屋が積まれただけの、無駄に高さがある建物がひしめき合う。

 その傍にはデカデカと漢字で書かれた看板や、なんの文字かもわからない言葉で書かれたネオンや電飾やらが怪しく光り、所狭しと存在感をアピールしていた。


 

 何語だよあれ?アプリのおかげで意味はわかるけどさ。性的柔軟体操とか実演官能小説とかノーブラ書道教室とかノーパンミニスカ卓球とかさ。


 “タミル語、タイ語、ヒンディー語、ですね”


 成る程ね〜このカオスっぷり好きだね〜


 “そろそろ日が落ちますよ。早く宿をとらないと、この街テント張る場所無さそうですから、訳の分からない店行くことになりますよ”


 大丈夫、ノーパンミニスカ卓球とかで夜を明かすとか無いから。興味はあるけど。


 “興味持たないで下さい”



……………………




 

 一軒目 ホテル・ネバネバエンディングストーリー


 チェックインしようかと思ったらロビーで銃撃戦始まったぞ。


 “パスですね”




 二軒目 シーサイド・テンシーシー


 “強引なスカウトでしたね”


 こっちの組に入らなきゃ撃ち殺すってな。


 “アパッシュのボス、ハサンだぞ!っていったらすぐ消えましたね”


 笑うわ。


 “ここもパスですね”


 だな、嘘がバレる前にこっちも消えよう。




 三軒目 旅館 宿馬魔血


 まさか宿の受付がいきなり撃ち殺そうとしてくるとはな。


 “敵方マフィアと間違えたんでしょうね。上手いこと撃たれる前にマチェットで叩き落としましたが”


 マリーに比べたらあんなのスロー再生だわ。まぁとにかくアソコはパスな。



 

 四軒目 旅籠 連込


 暗殺依頼されたぞ。隣の部屋がターゲットだって。


 “無視して逃げましょ”




 五軒目 宿坊 安心平等院救世寺



 宗教系なら大丈夫かと思ったら、全然駄目だな。


 “目の前でマフィアの連中生きたまま火葬してましたね”


 絶叫してたな、耳に残るわ。パスな。



 

 六軒目 宿亭 仁義無き闘争


 もう名前でアウトな。


 “次行きましょう”


 


 七軒目 ゲストハウス ムラムラモンモン


 壁に人が磔にされてるぜ。

 

 “見せしめでしょうね”


 生きてるやつだけ降ろしといてやるか。



 

 八軒目 民宿 権爺

 

 「マフィア?うちは関わりないですよ。こんなボロ小屋ですからね」


 「雨風凌げればそれでいいです。二泊お願いします」


 「はい、それでは一泊50cなので100cでございます」



 ハズレ宿ばかり引き当て、町外れまでジャノピーで走らせた錫乃介は、バラック小屋前に、“民宿”と漢字で書かれた黒板が裸電球で照らされている立て看板を見つけ、ダメ元で入ってみれば、背の酷く曲がったアジア系の顔した60〜70代の爺さんが営む宿であった。

 宿帳に名前を記入し、宿賃を先払いで済ませ、案内された部屋とも言えない部屋に腰を下ろす。ドアは無く干した海藻で編み込まれたムシロで仕切りがされ、謎の毛皮が敷かれた四畳半程の広さだ。家具は鉄パイプで作られたロの字型の手製のテーブル?椅子?が一つだけ置かれていた。


 

 なんか、アスファルトの老害ジジイのゲル思い出すな、あんな広くは無いけど。でもようやっとくつろげるな。


 “明日どうします?観光でもしますか?”


 する気にならねぇなこの街は……でも飯は食わなきゃな。腹減ったし。

 ま、明日のことは明日考えよう。



 「夕食はどうされますか?」



 ゴロンと横になった時、ムシロの外から爺さんの声がかかる。



 「え?夕飯出るんですか?」


 「ええ、こんなジジイの手料理でお気を悪くしないのであればですが」


 「いただきます!」


 「ではどうぞこちらへ」


 

 食事は別の部屋であった。そこは囲炉裏があり燻製を作っているのか、謎の魚やイカなどの干物が並び、海産物の生臭さが部屋全体に染み付いていた。


 献立は謎の魚の干物と、玄米ご飯、アラ汁、謎の根菜の塩漬け、煮〆海藻、と素朴なものであったが、錫乃介は美味い美味いとご飯を二合はおかわりして食べた。味のベースが塩と魚醤だったせいか、とてもご飯が進む味付けである。



 素朴な夕飯を平らげ昆布茶を飲んでいると、入り口側から複数人の怒鳴り声が聞こえてくるのであった。




 結局ここもなの?


 “なかなか落ち着かせてくれませんねぇ”

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