What Are You Doing New Year's Eve?


 ってか遅っ!

 デカイだけあって遅っ!

 そもそも形が船じゃねーし!

 2〜3日の道が5日って!

 近くて楽な道じゃねえのかよ!

 船の中で年越しちまったじゃねーか!

 

 “もう年始の挨拶しないといけませんねぇ”



 錫乃介が乗り込んだクレーン船(起重機船)は船というより、巨大なクレーンが乗ったメガフロート(人工島)だ。

 長方形のメガフロートはそのまま5〜6ノットの低速で進む。時速にすると10キロ程だ。

 クレーン船には船員、作業員、護衛のハンターを含め20人が乗り込む。錫乃介は1人でこの乗組員達の食事を作るのが仕事だ。

 朝食が終われば昼食の仕込みをしてそれが終われば夕食の仕込み、夜勤のための食事も用意して、更には洗い物もしないといけないのでゆっくり休む暇もない。



 グラスクが起きて一つ良かった事がある。


 “なんですか?”


 年末年始のかったるい挨拶文化が吹き飛んだ事だ。


 “挨拶どこじゃありませんからね”


 こちとら年末年始は休めない仕事ばっかりしてたからよ、悠長に年賀状だの挨拶文だの書いてる暇なんぞ1秒もねぇんだよ。にも関わらず、挨拶がねぇだ年賀状はどうしただの下らねえこと言いやがって……


 “年越し何の仕事してたんですか?”


 ケーキ屋とかレストランはクリスマスからお年賀のお菓子まで休み無しだったろ、ショータレントは年末年始イベントやらない所なんてなかったし、飲み屋なんてカウントダウンイベントだろ、ホテルだって年越し客が爆増だったし、某ランドなんてただでさえスタッフが少なくなってるから超激務だし。


 “そして今もせっかく未来に来たのに寸胴かき混ぜてますね。なに作ってるんですか?”

 

 けんちん汁だよ。


 “2156年の初ご飯はけんちん汁ですか。その割には魚のアラが沢山入ってますが”


 吸い物代わりに作ったろと思ったら、出汁が昆布すらねぇから、アラ入れた。


 “それアラ汁じゃないですか”


 そうとも言う。


 “にしても20人分の食事よく一人でこなしますね”


 余裕余裕、コツがあるんだよ。


 “例えば?”


 今作ってるけんちん汁な。これ20人分じゃなく60人分なんだよ。


 “三倍ですね”


 そう。んで、一食目はけんちん汁で出して、ニ食目は汁を濃いめの味付けして筑前煮煮にする。三食目は水で伸ばしてカレー粉入れてシーフードカレーにしちまうんだよ。そうすれば仕込みが一回で済む。


 “アラ汁、アラ煮、シーフードカレー、とはよく考えてありますね”

 

 けんちん汁に筑前煮な。腕の良い料理人ってのは何も美味しい料理を作るだけじゃないんだよ。いかに材料の無駄を出さず低労力で効率的にそれでいて美味い料理を安定して作れるか、だと思うよ。

 こだわってこだわって宝石みたいな一品を作るのも腕の良さだけどさ、それだけじゃない。


 “なんだかとても良い事言ってますね”

 

 他にもあるぞ。

 ハンバーグ、麻婆豆腐、ミートソース、キーマカレー、の挽肉四段活用だろ。

 煮豆、チリコンカルネ、ミネストローネ、ダルカレー、の豆四段活用もあるぞ。


 “最後全部カレーじゃないですか”


 カレーは正義なんだよ。カレーはどんだけ暴走しても、全てを優しく包み込む母の愛なんだよ。

 

 “何だかとても良い事言ってる風ですね”


 だろ。上じゃほら、命懸けで戦ってるじゃん?



 

 厨房は戦場とはよく言われるが、錫乃介の働く厨房の上、本当の戦場が船上にあった。


 上空より自爆攻撃をしかけてくる特攻ドローンら糞爆弾を落としてくるアホバカカス、刃のような羽で獲物を切り裂く殺人トンビ。奴らを撃墜する対空砲の音は鳴り止まず、海上からはソードフィッシュが船員を貫かんと翔んでくる。

 そして機獣の襲撃は上空だけでは無く水中からのほうが激しかった。

 魚雷型機獣の多くは音響デコイによって防衛しているが、その網を潜り抜けてくる機獣に対しては、水中戦に特化したハンターや自立型水中ドローン達が奮戦していた。

 

 

 こういう状況だとさ、覚悟も決まるもんだね。俺の仕事は戻ってきた奴らにうまい飯でもてなす事なんだってね。

 

 “逃げ道はありませんからね”


 そうそう、喚いたってしょうがないしさ。



……………………



 静かになったな。


 “どうやら終わったようですね”


 今日も無事生き残れました、っと。さ、けんちん汁出すかね。


 “アラ汁ですね”


 

 襲撃してきた機獣の一掃が終わった者から、ドヤドヤと食堂まで降りて来る。命懸けの激しい戦いの後だというのに、あたかも軽いジョギング帰りくらいのノリでガヤガヤと談笑しながら配膳カウンターに並ぶ猛者達。

 今回のメニューはアラ汁に謎肉のローストビーフに豆カレーというメチャクチャな構成だが、荒くれ達は喜んでいるようだ。

 先日ハンターユニオンにて、無表情で錫乃介の事を見つめていた悪役プロレスラーのようなコンビの二人もカウンターに並んでいる。

 


 アイツらもこの船の護衛だったかぁ。絶対猟奇犯罪者だと思ったのになぁ。


 “たぶん、海特化のハンターなんでしょう、競泳水着のような全身を覆うインナーを着てますよ”


 しゃあねぇ大盛りにしてやるか。


 “しゃあねぇって、あの人達別に何も悪さしてませんけど”


 確かに。そうだ、ナビ“What Are You Doing New Year's Eve? ”かけてくれ。


 “エラフィッツ・ジェラルドですか?カーペンターズの方ですか?”


 いや、キングカーティスの方。あのサックスが好きなんだ。


 “それでは、どうぞ”


 ♪〜


  食堂では日常的な1日の終わりの如く、飯を食らい、酒を飲み、賑やかに下ネタを大声話し、命の洗濯をする荒くれ達。

 その光景を眺めながら錫乃介は思う。


 こんな年末年始も悪くねえな、と。

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