砂漠と餓鬼と塵芥25

 レシドゥオスの別宅で砲撃が始まる少し前──タコ坊主から衝撃の事実を聞きオジサンは固まってブツブツ呟いていた。


 た、タコ坊主のくせに人間の娘だと……タコとまぐわったんじゃないのか……そうか、触手プレイか……ハマると抜け出せないというアレか……色んな意味で……もう俺もタコになるか……


「お前全部口に出てるぞ」


「えい!」


 アクタに引っ叩かれて正気に戻ると、こんなことしてる場合ではないとバイクに乗り込む。アクタはホテルに戻ってろ、と言おうかと思ったがどうせ嫌がるだろうと思い口に出さなかったが、あのプクッと膨れた顔も可愛かったのでもう一度見るのも悪くないと思ったがやめておいた。


「先に昔の工場(こうば)に行く。案内するから連れて行け」


「ん? それはいいが、オドの移動はどうする?」


 オジサンの車は元がジャイロキャノピーなので運転席が一人乗りだ。小さなアクタを乗せたらもうタコ坊主は乗れない。


「後ろの被牽引車に張り付く」


「大丈夫なのか? 振り落とされても知らんぞ」


「火星人仕様のタコ足を舐めるなよ。強力な吸盤の接着力は壁ですらものともせずに登れるぞ」


 そう行って屋根に登り連装無反動砲に足を絡める。


「行くぞ」


「やっぱりタコじゃん」



 出発すること四半刻で、低所得層の街中にある昔の工場(こうば)に着く。振り落とされることなく五体?満足なタコ坊主は、コンビニ程の大きさの古びた建物の前でパネルを操作すると、閉じられたシャッターが開いていく。

 次第に外の明かりによって照らされたそこには、一人乗りの小さい車があった。大きさはゴーカートくらいだが、運転席はちゃんと装甲に覆われ、銃架にのった一丁の機関銃によって武装されていた。


「え! これオドパッキさんの車? なんか可愛い」


「駆け出しの頃使っていた車だ。部品を集めて少しずつ組み立ててな。出来上がってからは仕事に械獣のハントにと、よく酷使したものだ」


「これなら僕でも運転できそうだなぁ……」


 ゴーカート戦車を目にしてランランと目が輝くアクタ。脳裏には自分が乗り込んで自在に運転する姿を思い浮かべている。このゴーカートでは少々大きいが児童用に調整すれば小さなアクタでも運転可能である。


 なんだあの機関銃は?


“ウルティマックス100軽機関銃。分隊支援火器としてシンガポール軍向けにCIS社が開発した機関銃です。軽機関銃としては5キロ台という脅威の軽さですから、このゴーカート戦車には合っていますね”


「これでなんだ、リアカー引っ張っていたのか?」


「そうだ。街中回って故障した電化製品や電子部品を集めて修理しては売って生計を立ててな。売る物がない時は械獣をハントして金属部品を回収して売っていた。あの頃は生きるだけで必死だった……」


「おっさんの苦労話はそこまでにしとけ。で、すぐ行けるのか?」


「軽く整備する。ちょっと待ってろ」


 ──と言ってからどれくらい経っただろうか。屯所を出たのが昼過ぎ。で日がそろそろ傾き始め、空の色も変わろうかという時刻になっていた。



「おい、いつまでかかんだよ。軽い整備じゃなかったのかよ。なんでエンジンが車体くらいでっかくなって、5.56ミリの機関銃はそんな厳つい銃に変わってんだよ」


“スイスのゾロターン社製 s-18/1100です。いわゆる対戦車ライフルとして開発されましたが対空砲としても活躍した兵器です”


「娘を拉致した男に鉄槌を下したいからな、あんな豆鉄砲じゃ気分が収まらん。だがこの銃を搭載すると馬力が足りないからエンジンも換装したのだ」


「あら、意外に親バカ」


「おっさんにも後で聞きたいことが山程ある」


「な、なんかあったかしら?」


「花嫁とかなんとか言ってたな……」


「まぁまぁまぁ、それは後にしよう。全て終わってからな。終わってから。ほらもう整備終わったろ。さぁ行こう行こうセントーサ8番街に!」



 話を誤魔化し走ること半刻。目的地に近づくにつれオジサンは既視感を覚えた。そして門前に立ち既視感ではないことを確信する。この未来世界に来る前に、実際来たことがある場所であった。


 なんだよここ、ウニバーサルスタジオじゃねぇか


“そういえばシンガポールのカジノで全財産すったって言ってましたね。その時に来たことが?”


 ああ、そうだ。金なくなっだけどチケットだけはあったから一人で来て一人で回って一人ではしゃいでた。金なくて飯は食えなかったがな。


“なんというか、強いですね”


 そうか? 一人ディ◯ニーランドも余裕だぞ俺は。



「レシドゥオスの奴はこんな廃遊園地を別宅にしていたのか」


 タコ坊主が呟く先にはウニバーサルと大きく描かれ地球をイメージしたモニュメント。その下からはいくつもの噴水が稼働を続け、大地を濡らしていた。とても廃業した遊園地とは思えない光景だ。自己顕示欲からくる細かな整備が行き届いていることが窺える。


「危険な香りがプンプンするな」


「監視カメラやセキュリティ兵器が容易に視認できる。遊園地がまるで要塞みたいになってるな。さぁどうする」


「まかせておけ、俺に考えがある──」



 懐からタブレットを取り出すとウニバーサルスタジオシンガポール(以下USS)の園内マップを表示させる。オジサンの電脳にはスクラッチ前までのインターネットで公開され一般的に閲覧できる全情報(課金含む)のデータが入っている。たかが遊園地のマップ程度なら容易に入手できる。


「いいか、この地図はスクラッチ前だがこの辺はそうは変わっていない。今俺たちがいる場所がここ、真ん中の湖の下の部分だ。先に進むとオールドアメリカンスタイルな街並みが有って湖があり、それを取り囲むようにして各種アトラクションがある。そしてこのUSSを囲むようにしてハイウェイが通っている。ここまではいいな?」


「うむ、間違いないな」


「うん」


「レシドゥオスの奴がどこに居るかはわからないよな」


「確かに」


「結構広いからね」


「でもな──俺にはわかるんだ」


「なんで?」


「このテーマパークってな、人が住めそうな建物が殆どないんだよ。入ってすぐのオールドアメリカンスタイルな街並みは殆どショップと飲食店だし、東側の建物はエジプシャンな王家の墓みたいなデザインで屋内コースターのアトラクションでな、その他も殆ど屋外型のアトラクションでせいぜい土産物屋か飲食店くらいしか建物がないんだ」


「なるほど」


「じゃあレシドゥオスはどこにいるの?」


「ここだ。西側の、時計にして9時の場所。映画『シュレッダー』をイメージして作られたファンタジーエリアにある城だ。このUSSにして唯一金持ちが好きそうな建築物で人が住める部屋もあるんだ。どうだ!」


 自信に満ち、得意げで、ドヤ顔で、オジサンは称賛の反応を期待して清聴していた二人の顔をみやる。ところが二人は不可解な顔を見合わせていた。



「その潜伏先の情報自体に異論はない──だかな俺もアクタも同じ気持ちだと思うんだが……」


「オジサンなんでそんなに詳しいの? 地図でわかる事だけじゃなくて内部のことまで」


「そりゃ俺は開業してる時にここ来たことがあるからな。そんでこの城入って──この城は映画館なんだけどな──トイレ行ってるときに関係者用の通路に迷い込んであちこちドアを開けちまったことがあるんだよ」


「は?」


「え?」


「あー、もう面倒臭いから説明はあとあと。とにかく俺はこのオルデゥールは来るの初めてだけど、USSは来たことあるの!一回しか来たことないけど」


「何言ってんだコイツ」


「意味わかんない」



 多くの疑問を二人に残しながら作戦を伝えるオジサンは、過去にシンガポールで全財産失ったあのときの憂さを晴らすかのような熱の入れようであった。

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