授業中の内職はバレないように

 いつもより優しい風が車体を撫で、夜空で照らされ白く反射する砂漠を駆ける二頭の獣と一台のジャイロキャノピー。小さい一匹は大型犬の背中にしがみついていた。移動すること数時間、砂漠の中に点々と鉄塔が見え始める。


 風力発電……か。


 風が弱いせいなのか整備不良なのか、かろうじて数機の風車は動いているが、殆どは止まっている。倒れた塔もチラホラと見えるなか、墓標のように規則正しく並んだ鉄塔達に朝日が当たる光景は幻想的であり、またある種の不気味さもあると錫乃介は思っていた。

 鎮守の杜のような風車に囲まれその街はあった。不自然に崩れたビル、爆発跡、焼け焦げた大木、銃痕の残る家屋、ひしゃげた鉄骨。戦乱が原因で失われたのだと理解するのにそう多くの時間はかからなかった。かろうじて残る情報から元は中欧の地方都市の一部だったと推測できる。

 廃墟といってもそこかしこより明かりが灯っているのを見ると、電気が生きているらしい。

 


 “あちらこちらから見られてます”


 変な行動したら、バキュンかドカンかわからんけど、やられんだろうな。



 「なぁワンコ」


 「ああ失礼、まだ名乗ってなかったな、私はポチという。頭で寝てる猫はタマだワン」


 「俺は錫乃介だ。今更だが宜しくな」


 「オレッちトムねトム! トンプソンガゼルのトムね! 人呼んでシックスマシンガンズのトミーな! みんなトミーって呼んでるトム!!」

 

 「そんな二つ名初めて聞いたニャン」

 

 「みんなトムって呼んでるワン」


 「シックスマシンガンズ? そんな名前のバンドいたような……」


 「何を言いかけたワン?」


 「ああ、この街に人間の生き残りって……」


 「流さないで欲しいトム! トミーって呼んで!」


 「お前はもう用無しニャ。だいたいお前自身自分のことトムって言ってるニャン。さっさと町外れのボロ小屋で枯れ草でも喰んでろニャン」


 「嫌ですぅ! 付いてきますぅトム!」 


 「だったら静かにしてろニャン」


 「……なぁ、トムソンガゼルって美味いのか?」


 「何を言い出すのヒューマン⁉︎」


 「牛肉に味はよく似てるニャン」


 「何で味知ってるトム⁉︎」


 「お前も餌にされたくなかったら黙ってろニャン」


 「ハイ……」


 「そんで、ポチ」


 「すまない……人間の生き残りだったな。ここで人間同士が争いをしてる最中、機獣の襲撃があり多くの人間が命を落とし、生き残りは他の街に逃げたと聞いている。その時に機獣も死に絶え、今いる我々が集まり始めた時はもぬけの殻だったワン」


 「情けないなぁ、人間側は」



 発電所と案内された施設は外壁に弾痕や爆発痕は見られるものの大きな損傷はない。外壁は高く三メートルはあるだろうか、建物も堅牢な作りで要塞を思わせる。



 発電所というより変電所だな。いずれにせよ重要設備なのは間違いないからこんな堅牢なのか。


 “機獣の襲撃も耐えた事を考えると、元は軍事的な設備だったかもしれません”


 風力発電で軍事って無理あるんじゃない?


 “そうでもないですよ。通常の発電所と違って発電場所が広大ですから、一気に潰すのが難しいんです。変電所は複数用意して散らしておけますから。これもそのうちの生き残った一つではないでしょうか”


 成る程ね。


 

 4〜5建てくらいはあるだろうか、変電所の内部は屋根まで吹き抜けになっており、中心部には巨大な変圧器が鎮座し、各方面に極太の送電線が張り巡らされている。一巡していると各種機器が修復されながら稼働していることがわかった。なんでも、ネズミやトカゲといった小型動物の機獣から蟻やアレといった虫の機獣までが点検修復に関わっているとのことだった。さらに奥に進むと、給電司令室があった。電子機器などは殆ど機能しておらず中央の20メートルほどある大モニターも破壊されている。どういうメカニズムかわからないが電力の供給はここを通さずなされているようだ。

 何から聞くべきか戸惑ったが、錫乃介はコレだけはどうしても聞かずにはいられなかった点があった。



 「食物連鎖? そんなことなら、人間社会と一緒だワン」



 ポチが語るにはある者は野生動物を狩猟し、ある者は農耕し、ある者は畜産もしているそうだ。錫乃介はそれを聞いた瞬間好奇心に火がついた。

 何故なら前の時代で幼い頃より『火○鳥』なんて読んでしまったものだから、食物連鎖や弱肉強食などという無駄な知恵を付け、『アンパンマ○』や『アラ○ちゃん』など動物が擬人化された創作物に対して、この世界の生態系は狂っている。などと思っていたからである。ちなみに『しましまとらのしまじろ○』の頃にはすでに分別が付いていた。



 「畜産? なあ、興味本位で聞くが、どんな機獣がどんな動物を?」


 「色々だが、蟻機獣はアブラムシやカイガラムシを育てているし、猫機獣はゲージでハツカネズミ、熊機獣はため池で魚やヌートリア、そんなところか。ああ、飛べなくした鳩も飼ってるワン」


 「機械設備の点検修復、畜産、品種改良まで、こりゃ想像以上だな……」


 「だけど、どうしても人間には敵わない面が沢山あるニャン。パソコンとか、モニターとか、集積回路とかどうやって直していいかわからないニャン」


 「そりゃ確かに今は大きな差はあるだろうが、すぐにでも埋まりそうな気もするね。しかし、野生の弱肉強食社会とはかけ離れてるな」


 「ああ、この街をみれば今までの野生の食物連鎖と違って、草食動物を肉食動物が喰らう、という従来の図式が成り立ってないのはわかるワン?」


 「そうだな。そこのいじけたガゼルでもライオンに勝てるからな」


 「そうなんすよ! あんな獅子公なんざ超余裕っすよ。この前なんか無差別に乱獲してやってご先祖様の仇とってやったっすよトム!」


 「大嘘ニャン。肝試しでライオンに近づいたら、背中から出てきた35ミリの連装砲見ただけで糞と小便漏らして脱兎の如く逃げただけニャン」


 「暴露しないでぇぇぇ!!!」


 「無駄に感情豊かなガゼルだ。にしてもそんな奴を護衛にすんな。ん? 蟻とかアレとかも感情あるのか?」


 「わからない。ただ、機械の修復や各種作業の手伝いをすれば身の安全と食料という報酬が出ることを理解してる節があるワン」


 「興味深いな。よし、数日間滞在するわ。サンドスチーム用にこの街の発展性や可能性のレポート作るわ」


 「やっかいな事を受けてくれて感謝するワン」


 「いいって事よ。レポートは学生時代の頃から超得意でな、別の授業のノート取りながら書き上げたもんだぜ。だけどサンドスチームに提出した後は責任持てんぜ」


 「争いの火種になるかも、ってことニャンね」


 「ま、賭けだな。じゃ、一眠りしたら取り掛かる」


 「宜しく頼むニャン」


 「それとすまないが部屋の用意をしていなくてワン……」


 「あ、大丈夫。建物内ってだけで俺にとっちゃ宮殿みたいなもんだから、その辺の空部屋で充分だよ」


 「重ね重ねすまないワン」






 さて、いまんところナビの見解は?


 “錫乃介様が思われている通り、想定を遥かに超えた社会が構築されています。とはいえ、まだ彼らのように、仮に《覚醒》と呼びましょうか、覚醒した機獣達はまだほんのひと握りなんでしょうが”


 絶対数から言えば少ないだろうが、これからまだまだ増えるだろうな。気付かれてない奴も多いだろうし。いずれポラリスがやった様に人型になるやつも出てくるだろう。その身体能力を活かせば、ただの労働力だけじゃなく傭兵としても力を発揮できるだろう。それどころか地中、海中、空中、ミクロの世界では、生身の人は手も足もでないだろうな。

 

 “それに対して追従か先行かわかりませんが、人間の身体能力が電脳で底上げするだけでなく、パーツ交換で大幅な上昇が可能になっているというのはまた皮肉ですね”


 全くだ。なんにせよこの街の覚醒した機獣は未知で無限の可能性と驚異を秘めた存在だ。


 “間違いありませんね”

 

 じゃ、そんな感じでレポート頼むぜナビ。


 “まぁ、予想はしてましたけどねぇ、なんていうか、こう……ね”

 

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