砂漠と餓鬼と塵芥3

 あらゆる生命を照らし、乾かし、焼き、温め、命を紡ぐための光を放つ星が顔を覗かせた頃、巻き上げられて濃霧のような砂煙の先に歪な轍を残して走る武装車輌があった。進行方向は蜃気楼のように見える極彩色の砂漠。

 嗚咽する声が聞こえる。頬かむりをした怪しいオジサンが両目を抑えながらアクタの頭の上で嗚咽しよだれを垂らす。カッカッカッと腹の奥から飛び出た嗚咽は笑い声にも聞こえそうだったがやはり嗚咽だった。


  念のため聞きますけど両親はいないんですか?

  うん

  そうですか、でも孤児なんてよくある話です


 昨夜の敬語モードがまだ続いているのか、そんなオジサンの問いかけからアクタの幼い身の上話は始まった。

 物心を得たときには育児ロボットに育てられていたこと。

 沢山遊んでくれて、文字の読み方、歌、お絵描き、なんでも色々教えてくれたこと。

 ある日処理場を出なければならなかったこと。

 別れ際に頬を打たれて凄く痛かったこと。

 でも不思議と痛かったのは頬じゃなくて別のとこだったこと。

 そんなことをアクタが淡々と語ったところでオジサンの涙腺は耐えられずに崩壊していた。


「さっき孤児なんてよくある話だ、って……」


「あるか! ゴミ処理場でロボットに育てられた赤子の話なんて! しかもお互い捨てられた身ときたもんだ! そんなん初めて聞いたわ!」


「それで、ガービレッジに着いてからしばらくは食べ物もお金も気にかけてくれる人もいなくて、ずっとオアシスの水だけ飲んで明け方になると屋台街のゴミ漁ってて、もう疲れたかなってところで、今のズバールさんって人に拾われたんだ」


「淡々と壮絶な続きを話すな! アクタ、お前ちっこいけど───何歳だ?」


「わかんない。十さいくらいかな」


 通常十歳といえば個人差はあるだろうがもう少し身体が大きくても良いのではないか? アクタの背はまだ小学校入るかどうかくらいだ。しかし、6〜7歳だとすると、それほど言葉を選んでいるわけでもないのにこのスムーズな滞りない会話のやり取りは年齢のそれではない。電脳も付いてないようだし、育児ロボットの教育の賜物なのか? とここまで考えて、 “元々地頭は良いのでしょうが、身体は栄養失調気味なんですよ” としっくりくる答えをオジサンの電脳にインストールされているナビゲーションアプリが出してくれた 。


「そうか…… 逞しいな。俺が前に住んでいた街にもお前くらいの孤児が山程いてな、みんな逞しく生きてた。でもな、そいつらを落とすわけじゃないが、奴等には孤児院があって仲間がいた。その点お前さんは一人で生きて来たんだろ?」


「うん、ちょっと寂しかった」


「ちょっとどこじゃねぇだろ……」


「でも今は、ズバールさんに寝床を貸してもらってピッキングで金稼げって教えてもらったし、ジャンクショップのオドパッキさんもとっても良い人だし、屋台のおっちゃん達もいるし」


「そうか、そのズバールってやつがアクタをワルの道に引き込んだのか」


「ピッキングは別に悪くないと思うけど」


「いや、悪ぃだろ、世が世なら普通にポリスメン呼ばれるわ! だから俺は覚悟を決めてこの頬かむりしてきたんじゃないか」


「ポリスメン? 自警団のこと? それよりその頬かむりがなんなのかさっきから聞きたかったんだ」


「ピッキングっつったら鍵破って空き巣すんだろ。つまり泥棒よ。泥棒っつったら頬かむりが正装だろうが」


「なんかすごい間違えられてるけど、空き巣なんかしないし泥棒もしないよ」


「錠前破りのピッキングじゃないの?」


「違う違う。ピッキングっていうのは今向かってるゴミの砂漠『タカタカ砂漠』で売れそうなゴミを “ピック” する。拾う、摘む、ことだよ。それから僕たちみたいなピッキングする人のことを “ピッカー” っていうんだ」


「なんか電気ネズミの鳴き声みたいな名前だな」


「なにそれ?」


「いや、聞き飛ばしてくれ」


「それよりさ、すっごい戦車持ってたんだね!」


「ん、あーまぁな。でもよ、街にはもっと凄い戦車あったべ」


 ガービレッジには民生品の乗用車やトラックを、銃砲で武装したテクニカルやガンシップと呼ばれる即製戦闘車輌だけでなく、無限軌道に特殊合金鋼板の装甲が施された元は正規の軍隊で使用されていたであろう本来のいわゆる “戦車” も見ることができた。

 オジサン達が乗る戦車というのは、改造に改造を施し原型はあまりないのだが、見た目一人乗りのオート三輪が荷台を牽引したスタイルであり、重機銃と機関砲が屋根にのり、車輌後部の被牽引車には100ミリをこえる大口径の連装無反動砲が搭載されていた。つまりこの戦車は即製戦闘車輌にあたるわけだが、機動力と火力はあっても装甲は限りなく紙に近く、ピーキーこの上ない戦車だった。

 即製戦闘車輌と正規の戦車とではスペックには雲泥の差があるのは言うまでもないが、現実の戦争では数やコスパ、取り扱い易さが勝る前者が善戦した例は少なくない。

 とはいえ自分の愛車が褒められるのは悪い気はしないが、どう考えても正規の戦闘車の方が “すっごい” わけでそれを日常見てるアクタに褒められるのはどこかむず痒く感じるものがあった。


「うん、でもあれは村の防衛用の戦車だから外に出ることないし、ゴミしかないんじゃ他の戦車あんまり来ないからね」


「乗れて嬉しいか?」


 元は宅配用の三輪バイクだったため席は一人しか座れないが、アクタはまだ小さくオジサンの膝の上にちょこんと余裕を持って座ることができた。

 目線を下げるとこちらを見上げるアクタの丸く曇りの一切ない吸い込まれるようなヘーゼルカラーの瞳と、霞がかかって疲れて覇気がなく不純という色素に汚染されたオジサンの瞳が合う。


「うん! こんなの初めてだもん、最高だよ!」

 

「そ、そうか!」


 素直なアクタの反応にどうにも穿って物事を見てしまう癖が引っ込み、オジサンもニヤニヤが止まらなくなってしまう。


「でも、そろそろ降りないとね」


「なんで?」


「それはね……あ、ほら、もう着いた。早いなぁ車って! 降りるよ」


 ゴミの砂漠には多くの同業者ピッカーがいる。金目のゴミは早い者勝ちで高価なものほど横取りが当然ある。数人のチームを組んだり銃器で武装をするなどして対抗策をとるのが普通だが、アクタはまだ幼いためチームの誘いはなく、銃器の扱いもできないためその策はとれなかった。そのせいか、アクタをまともな同業者ライバル扱いする者はおらず、軽い恐喝くらいである意味誰よりも安全だった。同業者は確かに気を付けねはならない存在だったが、それ以上に危険な敵が、それが今アクタ達の視界で前の文明から動き続けていた。

 ガシャガシャ音を立て蠢く化け物となった多脚重機、目的もなく廃棄物をただ切断するだけの解体車輌、どこへ何を運んでるのか不明なダンプカー、ひたすら整地を繰り返すホイールローダー、ゴミの山にゴミの山を積み重ねる作業を止めない巨大なタワークレーン、分別してるのか撒き散らしてるのかわからないゴミ収集車、などのそうそうたる重機達が自らの意思なのか本能なのかプログラムなのか不明のままで。


「オジサン驚かないんだね。この景色とか “械獣(キマイラ)” を見て」


「ん、ああ───旅してるせいで色々見てるからな。械獣ってのはあの重機の呼び方か?」


「うん。みんなそう呼んでるよ。オジサンは違うの?」


「そうだな、前いた所は “機獣(ミュータント)” だった。似たようなもんだ」


「そうなんだ。あ、それから戦車から降りるのはね、この械獣達は自分達以外の大きい物に反応するんだ。車とか人間だって人数が多くなったり近づき過ぎると反応して襲いかかってくるんだ」


「そういうわけか……」

 でも前来たときは捜し物あったから車無しってわけにはいかなかったけどな───


 アクタの説明に生返事をしつつタカタカ砂漠へ足を踏み入れる。

 表面を支配するのは色がほとんど抜けた衣類が圧倒的であった。前の文明時にファストファッションとして安価に大量に作られた衣服の最終着地点がここであった。衣類が砂漠のように広がり外洋の波のようにうねり、高々と雑に積み重ねられたコンクリ瓦礫の塔や、分別されることなく玉石混淆に圧縮されたブロックの山脈、電子部品の城、極彩色に輝く小川や池、黒雲の合間を飛び回る禿げた鳥に大小様々な虫など、様々なガジェットが賑わいをみせていた。


「ガスマスク持ってるか?」


 オジサンはたずねつつ軍用リュックから顔面全体を覆うタイプのガスマスクを取り出す。あちこちから吹き出すガスや燻煙は、刺激的な香りで鼻を常時くすぐり、涙とくしゃみや喉の痛みを誘っているからだ。


「うん、持ってるよホラ」


 とアクタが見せたのは黒く変色したフェイスタオルサイズのツギハギ布だった。


「お前、こんなので毎日───」


「うん、ずっとこれだよ」


「……こんなこともあろうかと、ホレこれ使え」


 オジサンがリュックからとりだしたのは防災頭巾のように頭の上からスッポリと被るタイプのガスマスクだった。旅の道すがら化学系、生物兵器、放射性物質などが原因の特殊災害地域などにも立ち入ることがあるためガスマスクは複数種持ち歩いていたるのが功を奏した。アクタにはサイズが大きいがそれでも十分効果的な物だった。


「わぁ、凄い。これ全然目痛くならいし喉もイガイガしなーい!」


「よし、それじゃいっちょ教えて下さい先生!」


「うん」


 小さな先生に深々と頭を下げるオジサンの姿はどこか滑稽だったが、アクタはこれから何か特別な大冒険が始まる予感がしとてもワクワクしていた。毎日いつもいつもピッキングをしている廃棄物の砂漠を前にして。

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