砂漠と餓鬼と塵芥4

「ほら、こういう基板。小さなチップの高性能なやつより、少し前の時代の大きいチップがたくさん付いてる方がズバールさんは喜ぶんだよ」


 アクタが前文明時にはファストファッションであった無惨なボロ布の中から引っぱり出して見せた合成樹脂の板は、大小様々な集積回路を始めとする電子部品が張り付いた基板だった。 “ズバールさんが喜ぶ” と言っているが、こういうのを持って来いと言われているだけで、実際持って行ったところでその表情が緩むことはない。

 オジサンの脳内ナビゲーションシステムは即座に2000年代の大型PCの基板だと判別していた。


「これはかなり上物だよ。金、銀、白金、パラジウムとかが採れるんだ」


「さすがアクタ先生はお詳しいですな! 勉強になります!」


「えへへ。逆に時代が新しいのになると、どんどん小型化軽量化されていって希少金属すら使われなくなって最後は豆粒みたいな電脳になっちゃって、電脳になると小さ過ぎて資源としては価値がないんだ。作動するなら売れるけどね」


「なるほどでございます。基板が良いんでしたら、あの電子部品が積み重なってお城みたいになってるやつからとってくれば良いんじゃないですか?」


 オジサンが指差す方向には、確かに基板だけではなく、基板に付いてる電子部品、コンデンサ、ダイオード、サイリスタ、ポテンショメーター、変圧器、集積回路が山となり城となり前衛アーティストがデザインした一般人には理解不能な巨大なオブジェがあった。


「ああいうのは駄目だよ。なんか積んである塔みたいなやつは駄目らしくて、近づいた途端に械獣が襲いかかってくるよ」


「その械獣はぶっ倒しちまえば良いんじゃないですかね?」


「それたまにやる人がいるんだけど、普段は出てこないスクラッパーっていうすっごく強い械獣が出てきてみんなやられちゃってるよ」


「おークワバラクワバラ、近づくのは止めましょう。このペットボトルとかどうなんですかね? 石油製品も金になるんでしょう?」


「石油製品はものすごく沢山集めないと全然お金にならなくて、近くにトラックとか寄せていっぱいになるくらい積み込んでやっと一日の稼ぎが出るかどうかってくらいだから、僕ら二人じゃ何回も往復しないと駄目だよ」


「ゴミ拾いも難しいもんですなぁ先生」


「坊っちゃんの次は先生なの? でもちょっと嬉しい」


 得意気に胸を張るアクタに、オジサンが手にしたのはかろうじて判別できる程錆びついてボロボロになった空缶だった。


「先生、こういう金属製品はどうでしょう?」


「これは石油製品より高いけど、やっぱり沢山運べないと駄目だし重いから僕には効率あんまりよくないんだ。やっぱり希少金属狙いで基板集めが僕らには丁度いいよ」


「へへーー! かしこまりました!」


 ときおり近付く械獣を警戒して一定の距離を保つ。更には同業者もチラホラいるのでこれらとも互いに距離をとる。何人集まると不味いのかいまいちはっきりしないが、他のチームを見ると多くても3〜4人の単位で組んでいる。せわしなく小さいリアカーに金属製のガラクタを積んでいる。あれくらいが械獣に襲われれないギリギリのラインなのかと観察しながら黙々と元ファストファッションの山を拾った金属のパイプで掘り返しては基板を探した。農具のフォークがあればどれほど捗ったかと思う。

 照りつける日射に上昇を続ける気温、有毒ガスをまとった熱風、背負った数十キロの荷物に小銃を始めとした武装、ガスマスクによる息苦しさ。並大抵の者なら一刻を待たずに音を上げるだろうが、オジサンは愚痴りもせずに作業をしていた。というのも重量物はもっていないが、アクタは小さい身でありながらへばりもせずにチョコチョコ動きまわって基板を見つけてはズタ袋に詰めている。それを見ているせいか負けん気が湧いてくるのだ。

 それにオジサンにはナビゲーションシステムというアドバンテージがあった。視界に入った物を自動的に判別し自身の意識外の物まで認識してくれる。つまりオジサンはボーッと見ながら掘ってるだけでも良かった。それでもアクタの方が基板を見つけるのは早くて、内心躍起になっていた。

 ピッキングに夢中になっていたせいか、いつの間にかオジサンとアクタの距離が開きはじめていた。

砂丘のようなゴミの小山が連続して広がるこの場所では少々離れただけでお互いの視界から消えていたのも原因であった。

 

「あ……スルレギ」


「あん? なんかちっこいのが来たと思ったらアクタじゃねぇか。械獣に気付かれるだろ、こっち来んな」


「ご、ごめん」


 小高いゴミの砂丘を登ったところで出くわしたのは、アクタが恐喝やリンチを受けたこともある同業者であった。ほとんどお金を持たないため小遣いにもならず、裸にしたり引っ叩いても泣いたりわめいたりしないアクタに飽き最近は相手にもしていなかったが。

 スルレギと呼ばれたまだ青年というには早いくらいのガッチリした身体で散弾銃で武装し坊主頭のガスマスクをした若者で、同じ世代くらいのマスクをした男二人と三人でいつも行動していた。

 また言いがかりを付けられて虐められるのも嫌だしその場に一秒でもいたくないため、すぐに距離をとるべく方向転換して速やかに去ろうとするアクタが背負っているズタ袋がスルレギの目に止まってしまったのは不幸としか言いようがなかった。


「待てアクタぁ、随分その袋パンパンじゃねぇか」


「俺たちがもってやるよぉ」


「い、いいよ大丈夫だよラージ」


 と言ってラージと呼ばれたデブの手をすり抜けて、逃げようとする先をもう一人のヒョロリと背が高い男に回り込まれてしまった。


「おぉっと! どこ行くんだよぉアクタぁ」


「サ、サンパー。つ、連れのところに戻ろうかなって、へへへ」


 サンパーはアクタを見下ろしながらこれから始まる一方的な可愛がりを思い浮かべ楽しそうな笑みを浮かべている。

 蛇に睨まれた蛙のように動きを止めていると、横からズタ袋に手がかけられ為す術もなく横取りされてしまう。スルレギが横から掠め取ったのだ。抵抗はしなかった。したところでボコボコのリンチは確定だからた。


「おら! さっさとあっちいけよ!」


 正面にいたサンパーに腹を蹴り上げられ、ゴミの砂丘の斜面を転がり落ちて行く。あわや底に叩きつけられそうかというときだった。


「おっと、大丈夫ですか先生?」


 受け止めたアクタを気にしつつも砂丘の上からこちらを俯瞰する三人のワル達にいつも通りの覇気が無い、しかし普段より冷めた視線を送る。


「大丈夫だよオジサン」


「ちょいとアイツら躾けてやりましょうか? ガキ共が舐めやがって」


「駄目だよ、スルレギ達は全員拳銃とか散弾銃持ってるんだよ」


「やめときまーーす!」


「変わり身早いね…… それに今やり返しても一人になったとき狙って仕返しされるの目に見えてるし」


「たしかーに」


「僕みたいに銃もないし身体も小さい人は、ああいう奴らから目立たないようにするのが生き方なんだから」


「仰る通りだけどさすが先生、幼いながら達観されてますね」


「そんなことないよ。でもみんな僕のことチビだの弱虫だのと馬鹿にするけど、それは生き方の一つで卑屈になるのとは同じじゃないと思ってる」


「先生は本当に何歳ですかぁ!? オジサン自分のほうが惨めに思えるんどすけどぉ!」


「ネズミだって小さくて逃げ回ってコソコソゴミ箱漁ってるけど、世界でもっとも繁殖した動物はネズミでしょ」


「凄すぎっす! 先生!」


「でも、そんなこと言っても今日の稼ぎは取られちゃった……また集めないと今晩はご飯抜きになっちゃう」


「大丈夫でっす! 先生ならすぐに見つけるし、俺っち見つけたのも半々にしましょう!」


「それはいいんだ。オジサンが見つけたのはオジサンのだよ」


「先生! そんな寂しいこと言わないで下さい! 俺達は先生と生徒ですけどチームじゃないですか!」


「チーム? そっか、チーム……」


「そうっす! 稼ぎは皆で分けるもんでっす! それがチームでっす!」


「わかったよオジサン。じゃあ時間いっぱいまで頑張るね」


「先生のズタ袋が盗られちまったから、俺の袋使って下さい」


「てもオジサンはどうするの」


「俺はこのロープで縛りますんで大丈夫です」


 と、背嚢から取り出したのは破断荷重一トンを超えるこの世界の蜘蛛型械獣の糸から作られた特殊繊維の直径一センチにも満たないのロープであった。


「え、そんなことできるの?」


「まぁロープ使えないと旅なんてできませんからね、色々役に立つんですよ。身体縛ったり、牽引のときとか、荷物固定したり、テント張ったり、あと夜の激しいプレィんひゃぐっ!」


“それ以上言わせません”


 オジサンの電脳内にあるナビゲーションアプリに一瞬にして運動性言語中枢を支配され声帯を締められ表情筋を操られ、三の倍数ときにアホになった芸人の様な表情が固定される。


「どうしたの?」


「な、何でもないです。とにかく色んな結び方を知っておくと役に立つんです」


「ね! じゃあ僕に教えて! 今度はオジサンが先生だよ!」


「よしきた。それじゃまず “もやい結び” からいきますね」


 明るい笑顔が戻ったアクタと元の冴えない表情に戻ったオジサンはロープの結び方を教え共にピッキングに精をだす。そして体感で正午の前、日も高くなりこれ以上の活動は命に関わる程度に気温が上昇してきたので、作業を止めて車に戻ることにした。ガスマスクを外し水分を補給する。アクタの水筒は緑色で円筒型の小ぶりな軍用水筒で、クピリクピリと飲むとやっと一息ついた。いつもだったらここから炎天下の中歩いて帰るのだが、オジサンの車の中は小さいながらもエアコンがあり狭い運転席内はよく冷え、アクタにとって経験したことのない快適な帰路となるはずだった。

 もし一人だったらスメルギ達に基板を盗られてところでヤル気をなくし、帰ってズバールに叱咤され空腹を水で誤魔化していたかもしれない。なのに、今日はオジサンが元気付けてくれるだけじゃなく、自分を先生と呼びチームと言ってくれた。それはアクタにとって思い出すだけで笑みが止まらなくなる出来事だった。しかし車の内燃機関に火が灯る直前だった───



 一発の大きな銃声が響く


 くぐもった悲鳴


 大量の重量がある金属をぶちまける音


 また数度の銃声


 そしてまた悲鳴


 今度は確かに聞き取れた。ガスマスクがとれたのか “助けて” というはっきりした声

 

「今の声は……」


「スルレギ……」


「さっきのやつらですか」


「うん」


「放っておきましょ。助ける義理はないですよね」


「うん……そう、だね」


「行きますよ」


「う……ん……」


「でも、やつらからズタ袋取り返すチャンスでもありますね」


「う、うん⁉」


「しっかり捕まってて下さいよ!」


「うん!」



 灯る内燃機関の炎が吐き出す煙を上げて、戦車の被牽引車の無限軌道はファストファッションのボロクズを車部後方に巻き散らして急発進すると、アクタの背中はピタリと後ろの中年の胸腹部に収まるのだった。これから危険であろう場所に向かうのに、そして汗と脇とタバコと加齢の臭いが漂うのに、なぜだかとても心地よかった。

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