Lit up


 で、何あのでっけぇ花?動いてるけど。



 とりあえず、ナビの指示通り防毒マスクを付けた錫乃介は、白い粉を纏わせながら蠢く巨大な花を前に、警戒心を最大限上げていた。

 目の前には白や赤、ピンクや紫など、色とりどりに咲き乱れる花がある。背丈はどれも10メートルはあるだろう。フリルの様な花弁は3〜4メートルくらいか。

 下から見上げる形だが、それにしても美しい色だ。


 

 “大きさはさておき、ケシの花にそっくりです。そして辺りに舞う粉は花粉……いえ、乾燥して粉状になった樹脂……


 なぁ、それってアヘンじゃね?


 “そうとも言います。精製すればモルヒネ、ヘロインになりますから高く売れますよ。お宝発見ですね”


 俺をヤクの売人にさせんじゃねーよ。いや、医療には必要だけどさ。

 子供の為のジャブジャブ池がケシの花畑とはね、なんとも神様は捻くれてますな。


 

 警戒しながらも、軽口を言い合っているとこちらに向けて粉が舞い始めてきた。



 “どうやら気付かれたようです、退散しましょう”



 いや、そういうわけにもいかないようだわ。向こうで見知った人が戦闘中だ。ちょいと分が悪そうだし。



 錫乃介の目線の先には巨漢の男が、弾切れのミニガンを振り回しながら、ケシの花達を牽制していたが、身体がフラフラと今にも倒れそうであった。



 “あれは……"


 俺はあの人助けるぜ。そうしないと俺の美学に反するからな。例えヘドロにまみれても行かしてもらうからな。


 “仕方ありませんね。巻き込まないようにリボルヴァーカノンを斉射しながら行きますよ。運転もお任せを。錫乃介様はAA-12であの方を援護。無駄弾はお気を付けを”


 おっと、ようやくフルオートドラムマガジンショットガンの出番ね〜



 と、思うや否やリボルヴァーカノンが炸裂した。


 

 うぉっ!すっご!

 オーバーキルじゃーん。


 

 カノン砲の轟音にテンションが上がる錫乃介は、ナビに運転を任せショットガンを撒き散らす。

 毎分300発を発射できるこのAA-12は、32発のドラムマガジンで近距離戦では圧倒的な制圧能力を持つ銃だ。

 フルオートなので引き金を引きっぱなしだとあっという間に弾倉は空になる為、指で調整しながら、巨大ケシの花に命中させていく。

 

 錫乃介とナビの乱入により不意をつかれたのか、ケシの花は一気に数を減らし、蔦なのか根なのかわからないが、それらを足にムカデの様に後退して行った。

 先に戦闘を始めていた巨漢の戦士にようやく近づいた時には、既に意識が朦朧としていたのだろう、弾の切れたミニガンを支えに膝を突いていた。


 

 「山下さん!」



 錫乃介が呼びかけた男は、まだこの世界に来たばかりの錫乃介にソードオフのショットガンと弾薬を渡して、初めてのリクエスト、ワイルドエシャロットの採取をアシストしてくれたラオウ山下その人であった。


 

 「また……助かっちまった……みたいだな」



 そう口にした後、山下は張り詰めていたものが切れたのか崩れ落ちてしまった。


 


 “アヘンのせいで意識が混濁してます。命には別条ありませんが、この場から遠ざけましょう”


 

 「カフェに……仲間……頼む」


 

 混濁し途切れそうになる意識で山下は呟いた。


 

 カフェか、公園の隅にあるやつだな。


 “急ぎましょう。またケシの花供が来るかもしれませんし、錫乃介様はマスクで大丈夫ですが、ラオウ山下はこれ以上アヘンを吸い込むと急性中毒で命に関わります”


 そりゃ不味いね。



 さぁ、運ぶぞと言っても巨漢の山下はジャイロキャノピーには乗せられない。当然後ろの架台にも乗せられない。苦肉の策で山下の身体をテントで包み、ミニガンと一緒にクライミングロープで縛って、ジャイロキャノピーで低速でズルズルと引きずってカフェテリアのある場所まで行くことにした。


 

 すんません山下さん。


 “しょうがないですよ。命には代えられません。それに身体は殆ど機械化されてるみたいなので、大丈夫ですよ”


 そーいう問題でもないような気がするけどね……


 

 

 さーて、ここが新宿中央公園のオシャレカフェ『SHUKUNOVA』でーす。中はスターバックス他フィットネスやレストランもございまーす。


 “何言ってるんですか、もう蔦まみれでガラス張りの壁面も全部割れてその面影もありませんよ”


 中でハンター達が意識朦朧と倒れて呻いてヘラヘラ笑ってる奴もいて、まるでアヘン窟とか野戦病院みたいだな。アヘン窟も野戦病院も行った事ないけど。


 “馬鹿な事考えてないで、そっちのハンターもこちらに集めて一箇所にしておきましょう”



 元オシャレカフェに着いた錫乃介は、とりあえず床に山下を寝かせて、総勢13名のハンター達の容体を確認する。



 “目立った外傷はありませんし、命に別条は無いようですが、皆さん揃いも揃ってアヘンの中毒症状が出ていますね”


 どうするよこれ?このまま放っておくわけにもいかないし……護衛するにもどうするよ?


 “色々武装車両がありますから、弾薬には事欠きませんし、有線で近場の車輌とリンクしておけば、当分は凌げますよ”


 楽観的ぃ。


 

 それから暫くの間、オシャレカフェを背に苔人間やらケシの花が単発的に襲って来てはいたが、ナビの敷いた防衛システムが蹴散らした。

 多少は学習能力があるのか、ある程度撃退してからは、襲って来ることが無くなっていった。


 

 とはいえ、戦力溜めてドカンと来られた、一巻の終わりだね〜


 “それまでにハンター達も目覚めるでしょ”



 その夜、ハンター達の武装車両に積んであった発電機で大型のバルーンライトを勝手に点け、機獣の襲撃に備えていると、徐々にハンター達が意識を取り戻して来た。

 携帯コンロでお湯を沸かして、濃いめのインスタントコーヒーを入れてやる。

 まだ呂律が回らないのか話すことに難儀していたが彼らの話を総合すると、ラオウ山下をリーダーに行方不明のハンター達の捜索をしに来たそうだ。


 どこの建物に入っても、植物系の機獣や苔人間の様な奴らが襲って来る為、一旦拠点を立て腰を据えられる場所を求めてこの新宿中央公園に辿り着いたと、ここまでは俺と一緒だな。


 このカフェテリアに武装車両を置いて、辺りの安全確認にでたところ、巨大ケシの花に突然アヘンを吹きかけられ襲われたという。

 部隊を逃すため山下は自身を囮にしたんだそうだ。



 相変わらず良い人だね〜。その山下さんはまだおねんねですか。



 おねんね、と言っても本当に寝ているわけではなく、アヘン中毒により酩酊とひどい抑うつ状態になっているようだ。


 

 「山下はどうだ?まだ目覚めないのか?」



 赤茶のロングヘアを後ろでまとめた、今回の部隊で紅一点の女ハンターが、山下を不安そうに見つめて容体を聞いてくる。

 片目が焼けたのか潰れているのかわからないが、大きな痣になっているため隻眼だ。

 だが、残された片目は大きくまつ毛が長めの小顔は、作りそのものは整っているため、隻眼すらも魅力に映る。歳の頃は15〜6か。


 

 「死にゃしねーよ、そのうち中毒症状も治るだろ。ただいつになるかはわからねーけどな。あんたら逃すため随分吸い込んじまったみたいだからな」


 

 そうか、と言って女ハンターは山下の側に座り込む。



 「なんだ、あんたも山下さんの世話になった口か?」


 「アタイは山下のカキタレだよ。売られてる所を拾われた」


 「もう少しマシな自己紹介ってもんがあるだろ……」

 

 「すまないね、アタイはずっとこんな感じだよ。こいつに拾われる前はアバズレで、それからはハンター業以外やった事ない、じゃじゃ馬なんだ」


 「教えておいてやる。カキタレとかアバズレとかじゃじゃ馬って言葉は自己紹介で使うもんじゃねーよ」


 「説教臭いオッサンだね」


 「説教臭いのはオッサンの専売特許なんだよ、バンビーナ」


 

 錫乃介はこの女ハンターはそこまで歳を食ってる様には見えず、だいぶ背伸びをしている少女の感じがした。

 


 「バンビーナって、子供扱いするなよ」


 「オッサンなんだから、俺から見たら子供だろうが」


 「そりゃ、そうだけどよ……」


 

 その言葉を最後に女ハンターは黙り込んでしまった。



 マジウケる。こいつ山下さんにホの字だぜ。


 “ほの字ってしょーもないオヤジ表現なのは置いといて、そう見えますね”


 山下さんも隅に置けないなぁ。たぶんこの女どうせ妹か娘扱いなんだぜ。カキタレなんて言ってるけど、手も出されてねーぞ。


 “聞いてみて下さいよ〜”


 やめろよぉ、悪い奴だなぁナビも。血ぃ見るぜ。

 「うひゃひゃひゃひゃ!」


 「何突然笑ってんだよ!おっかねーな!」



 突然隣で声を上げて笑い始めた錫乃介に、女ハンターはビビって怒鳴る。



 「あらゴメン、声にでちゃった」


 「何がそんなにおかしかったんだよ?」


 「いやべっつに〜。ところで名前なんてーの?」


 「そんなの聞いてどうすんだよ」


 「あん?俺山下さんの命の恩人だよ。そんな口聞いていいのかなぁ?」


 「……ンディ……」


 「ん?聞こえなかったなぁ?」


 「シンディ!」


 「シンディちゃんか!かっわいいなぁもう!」


 「可愛い言うな!アタイのこの顔見て良くそんな事言えるな!」


 「馬鹿言ってんなよ、顔で可愛い言ったんじゃねーよ。その態度、口調、名前、全て総合的に可愛いって評価してやったんだよ。この歳になるとな、顔なんてどーでもいいんだよ。オッサン舐めんじゃねーぞ」


 「なんかよくわかんねーけど、すげぇ説得力あるなアンタ」


 「錫乃介だ。お兄様って呼んでいいぞ」


 「クソオヤジが!」


 

 からかって遊んでいると、シンディは腹が立ったのか、その場を離れて行った。



 「遠くいくなよ!」


 「便所だよ!」




 さて、暇つぶしはこれくらいにして、どうよこの状況。ハンター達も戻って来ないわけだわ。この情報だけでもう俺の任務達成だよなナビ?


 “ですね。いちハンターどころか小隊でさえどうにかできるレベルではないのが立証されました。

 数百人規模の調査隊を編成、大規模な拠点の構築、武装を充実させ、それから事に当たらなければ、無駄な犠牲者がでるだけです。廃ビルの調査なんて先の先の先です”


 流石、魔境新宿だわ。明日は帰還だ。もう決定。


 

 「よーしお前ら、頭フラフラでもよーく状況は飲み込めたかな?行方不明者の捜索は中止して明日は撤退一択な。山下さん置いてくなよ」



 錫乃介は周りに集まって来ていたハンター達に呼びかける。

 「置いてくわけねーですよ!」

 「どんだけこの人にお世話になったか!」

 と声があちこちからあがった。




 さて、このまま無事に帰れるかね?


 “フラグですか?”


 今回ばかりはまだ一波乱あるって思うだろ?


 “そうですね、今のうちに体制を整えておきましょう。闇夜の中行くのは自殺行為ですから、夜明けと共に出発ですよ。今のうちに脱出ルートの確認をしますよ”


 んだな。

 シンディ!トイレ長いぞ!


 「でけぇ声で言うなよ!!」


 「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」


 

 錫乃介の下卑た笑い声が、新宿中央公園にこだました。

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