あーあーはってしないー
錫乃介の眼下には、カルデラ大地のような盆地に緑に覆われて様相は一変しているものの、紛れもない大都市の一角があった。
都市を分断するような数本の線。あれは鉄道跡だろう。
植物に侵食されているせいで、認識し辛いが高層建造物群がある事は確かだ。
その建造物群の中には更に高い数十棟のビルが、そのうちツインビルは十数棟あった。
見覚えのあるビルは元都庁だろう。その都庁よりも高いツインビル群は果たして。
コンクリートジャングルが、本当のジャングルになっちまってるな。新宿の面影はあるけど、あのツインビル?ツインタワー?はなんだ?大体こんなに沢山新宿にあったか?
まてよ、あの1番高いツインタワーは見覚えが……
数棟あるツインタワーの中でも一際群を抜いて高いのに目が付く。
“マレーシア、クアラルンプールの『ペトロナスツインタワー』ですね。
その次に大きいのがドバイの『JWマリオットマーキスドバイホテル』。
3番目はやはりドバイの『エミレーツタワーズ』。
中国の『Huaguoyuanタワー1』。
ロシアの『キャピタルシティ』と続いていって、13番目が『ウルトラスーパーデラックス新宿ビル』という事です。
ここには世界各国のツインビル、ツインタワーが揃ってますね。素晴らしい観光地になりますよ”
俺やっぱり思うんだけどさ。
“はい、なんでしょう”
俺信心は無いけど、今回ばかりは神って存在に罵倒してやりたいね。アンタ相当アホだろってな。
“神様は暇人なんですよ。きっと。
思いっきり叫びたい衝動に駆られるが、グッと堪え、野営できる場所まで降りて行く。
今夜は下までは降りず、山の中腹で一夜を過ごすことにした。
日の出と共に起きて、緑のコンクリートジャングルに向かって下山する。
下りも登って来た時同様、降りやすいポイントを蛇行しながら進んで行く。ジャイロキャノピーが巨大化したこともあり、中々どうしてこれが大変であったが、どうにか下山すると、舗装の名残がある大通り跡に出た。そこかしこで、ビルに衝突した乗用車や、横転したバスやトラックが見られる。
これは、新宿通りっぽいな。このまま真っ直ぐ行けば新宿駅に着くか。って事は左手のジャングルは新宿御苑か。見る影もないな。中の庭園がどうなってるのか気になる所だけど、先を急ぐか。寄り道してたらこの新宿って街はキリがないからな。
鳥か虫かそれとも別の動物か、時折甲高い鳴き声や囀りが聞こえる。今まで聞いたことが無い音色だ。
蝉か?鳥か?原猿類とかにこんな声のやつもいたな。ナビわかるか?
“この電脳には2032年までに発見された動植物のデータが入っていますが、聞こえる鳴き声も、目にできる齧歯類も、いずれもどのデータとも全く一致しません。新種というよりは、劇的な環境変化後の120年間に品種が変わっていると推測します”
スクラッチ後のデータも入ってるんじゃ無いの?
“入っていますが、今は体系化された動植物の学界がありませんからね、公式な物はありませんし種類も少なく機獣も入ってます。なそしてその非公式なデータでも、この辺りの動植物は不明というわけです”
成る程ね。そのうち博物学の復古と来るかな。
“生活に余裕ができ、余暇が多い層が生まれないと難しいですね”
学問とか芸術ってのは、貴族層の暇人が始めたもんだからな。生活が苦しかったらそんな余裕もない。
舗装を突き破る板根や畝る蔦で、なんとも進み辛いが、それらを避けつつ乗り越えて少し進むと見覚えのある世界堂、ルイヴィトン、伊勢丹、マルイ、ビックロ、紀伊國屋、ケルン大聖堂、などなど新宿お馴染みの建物が見えてくる。建築物全てが苔や蔦や草やキノコに覆われ、侵食という表現がピッタリである、
ちょっと待て。
ケルン大聖堂だと?
東口駅前広場がケルン大聖堂になってるじゃないか。
“これもツインビルと言えばツインビルですね。1880年完成した当時は世界一の高層建築物でしたし”
無茶苦茶やな。関係ないけど、聖堂といえばサグラダファミリアはその後完成したのか?
“するわけないじゃないですか”
え?なんで?
後5年くらいで出来るってテレビで見たよ?
“あれは、
もうすぐ出来ますよ、ほら、でもやっぱりまだでした、でももう少しですよ。
これを永遠と続けて観光客をリピートさせている、重要な外貨稼ぎの観光資源なんですから、完成させたらリピートしなくなるじゃないですか。携わっている業者だって、工事を終わらせなければ永遠と仕事に困らないんですから。
せっこいなぁ、ガウディも泣いて喚くわ。
“ガウディにとってサグラダファミリアは確かにライフワークだったみたいですけど、その後、設計図などは散逸。結局は弟子の推測で作っているんで、正確にはガウディの作品とは言い難くなっているそうです”
聞かなきゃよかった真実です。
でもこの世界のどっかで見つけたら、圧倒されるんだろうな、ずっと見たかったしなぁ。まぁこの緑のケルン大聖堂というのもオツなものだ。見応えあるわ。流石は世界遺産。
“この新宿の街自体も世界遺産にしたくなるくらいの廃墟っぷりですけどね”
それな。あんまり考えたくないけど、この街に住んでた奴らはどうなったんだろ?
“どうなったんでしょうね。交通網や通信網が分断された場合、この町の様な繁華街は食料の自給が全く出来ませんからね。食べ尽くしたら終わりですから、この場を離れたか……”
この植物達の栄養になったか……。
“電気ガス水道全て止まってますからね。コンビニなどの水や食料が無くなったら終わりです”
どれほどの混乱だったのか……パニックムービーなんか目じゃ無いだろうな。
でも、これだけ入り組んで地下街もあって、根性ある奴等なら生き延びて子孫くらい残してそうだけどな。
“可能性はあるんでしょうが、探索に来ているハンター達が戻ってこない事を考えますと…”
ヤベェやつがいるんだろうな。俺そんなの会ったら、速攻で逃げるからね。
“私もそれを推奨します。おっと、そんな話をしたせいか……”
お呼びじゃ無い奴らが来たよ。
“私達の方が勝手に来たんですけどね”
それを言うなって。
ケルン大聖堂から、苔と蔦に覆われた人型の蠢く奴らがゾロゾロと現れた。手には各々銃器や棒っきれなどの獲物を手にしている。
錫乃介はボヤキながら新型ブローニングを、運転席についているコントローラで操作し、狙いを定め無情に掃射する。
目標は次々と手足を散らし、血色ではない妙な汁を撒きながら吹き飛び、特に脅威になる事も無く、その場は静かになった。
何だコイツらは?行方不明のハンター達の末路か?
“ハンター達か、元の住民か調べなければわかりませんが、これも機獣の一種です。人の死骸に寄生した植物や菌が電脳を取り込み、知的生物化。寄生主が電脳を経由して操っていた様ですね”
呆気ないな、コイツらがハンター行方不明の原因とは思えないな。
“そうですね。でも、まだ蠢いている所を見ると、しぶとさだけは植物譲りの様ですよ。おそらく自己修復もしてくるでしょう。そう早いわけではないようですけど”
なるほどね、こういうのはジワジワと脅威になって来て、気付いたらこっちがジリ貧になってくるやつだ。
“火炎放射器でもあれば1発ですが、他に引火したら、こちらが終わりですからね。この街よく燃えそうですし”
危なすぎて使えねーな。
“さて、目標の『ウルトラスーパーデラックス新宿ビル』は駅西口側に出れば目の前です。線路を渡るか、地下街から行くか…いずれにせよバイクを降りないといけませんね"
いや、少し大回りすれば大丈夫だよ。靖国通りから行けばいい。本当はそこのバスが突っ込んでいる所に線路下を抜ける道があったんだけどさ。
“流石お詳しい”
10歳の頃から遊び場だったからな、新宿は。地下街も大体把握してたよ、タイムスリップで飛ばされる時点の構造まではな。
靖国通りから少し大回りして西口側に出ると、以前からあったロータリーは、多層構造型の立体ターミナルになっており、そこを通らなければ『ウルトラスーパーデラックス新宿ビル』には入れない様になっていた。
もう、『ウルトラスーパーデラックス新宿ビル』の名称『USDビル』にしようや。長ったらしくて敵わん。
んで、この立体ターミナルは俺がいた頃は無かったわけで、もうわかんねーぞ。これ。ますますラビリンス化が進んでいたじゃねーか新宿は。
“結局この辺りでバイクは降りないと駄目らしいですね。
少し安全そうな場所に移動して、拠点を作りましょう。バイクもそこに置いてから、探索に入るのはどうですか?”
賛成しかありませんな。安全そうな場所な〜。どっかあるかね〜。
“建物付近は先程の苔人間みたいな機獣が出てくる可能性があるので、そこから離れた所が良いです”
新宿なんて何処もかしこも、建物だからな。
この辺だと都庁前の公園くらいか……
“新宿中央公園ですと、西エリアなら比較的広い敷地があります。ジャブジャブ池の辺りが丁度良いかもしれません”
んじゃ行ってみますか。
中央通りを抜けて、公園に向かう道すがら、ペトロナスツインタワーを眺め、JWマリオットマーキスドバイホテルを観察する。
でっけぇなぁ。しかし今まで150年もよく残ってたなぁ。ドバイホテルだって130年だろ。
“そうですね。ですが、そろそろ限界でしょうね。高強度コンクリートといえども経年劣化は防ぎようもありません。メンテナンスもしてませんし、あちこち蔦や苔に浸食されてますし”
探索あまりされてなさそうだから、色々お宝ありそうだけど入るのは勇気いるな。それにこれだけあると、時間がいくらあっても足りねぇし。
“街そのものを人海戦術でローラーするしかないでしょうね”
生き残りとか居なかったのかな?
“多少はいたでしょうが、電力ありきの街ですからね。物資が無くなればサバイバルですから、1世代ならまだしも、世代を重ねて100年以上となると…”
まぁ難しいよな。変な機獣もいるし。そういや機獣がいるってことは、どっかで生きてる生産工場があるってことだよな?
“そうですね。電脳かもしくはバイオメカの工場があるかもしれません。自前の小規模な受電設備があるでしょうから。ただ、それがどこにあるかは不明ですがね”
また、地下に繋がった何処かとかにあんだろうな。
“ツインタワーの中かもしれませんよ”
流石にそれは無いだろー、工場ってもっと広大な敷地が必要なんじゃないの?
“この前3Dプリンタで機獣作ってる工場見たじゃないですか。もはや工場に敷地なんて必要ないんですよ。後は倉庫用の土地が必要かな?ってくらいで”
なるへそ。
そんなこんなで新宿中央公園の西エリア、ジャブジャブ池に辿り着くと、そこにはあたり一面、人の背丈よりも巨大な花が咲き乱れていた。
あらまぁ、おっそろしい程美しいお花畑ですわぁ〜
“錫乃介様、防毒マスクの準備をしておいて下さい”
波乱のよ、か、ん。
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