砂漠と餓鬼と塵芥17

 刻々と空は色づき夜の帳が下りようとしていた。時間が経つのも忘れ景色に魅入るアクタの顔は次第に真っ赤に染まっていく。高層階からの夕焼けはひときわ美しく、そこにいた誰もがその景色に目を奪われていた。

 


「夕焼けって綺麗なんだね。いつも見てる暇なんかなかった……」


「そうだったな。日没前にはゴミ砂漠から戻らないといけないしな」


「うん。ねぇ、オジサンの住んでる所ってどのへんなの?」


「あの糞猿がいたビルあるだろ? その先にガーヴィレッジがあって、もっともっと先に海峡がある。そこを渡った先の大陸から更に2〜3,000キロくらい移動した所らへんにある街だ。といっても家があるわけじゃないがな」


「物凄く遠いってことだけはわかったよ……」


「そうでもないさ、地球一周4万キロからしたらたったの20分の1だ」


「僕もオジサンの住んでる所行ってみたい……」


「それは、もう少し大きくなってからな」


「5年後仲間にしてくれるんでしょ?」


「もちろんだ」


 その言葉にアクタは心踊らせまだ紺と朱のグラデーションが残る空を背に、オジサンの手を繋いでエウレカタワーを降りて行くのだった。




“そんな安請け合いして……5年なんてすぐですよ”


 あと5年もたったら思春期まっしぐらで、俺みたいなおっさんどうでもよくなるさ。ちょっと寂しい気もするがな。


“さて、どうでしょうかねこの子の場合……”




 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇




 夕食はせっかくだからちょっとだけいいお店に入りたかった。エウレカタワー周辺の飲食店は高過ぎるのと、アクタも入りたくなるお店はなかったので、運河の方まで戻った。物価の高いオルドゥールにしては安くてボリュームのある飲食店が軒を連ねる区画があった。どこの店も工場で働く労働者のためといった趣きで、その中でも運河の護岸から足場を組んで水上に迫り出したレストラン『オーシャンダンピング』に入った。

 ゆったりとした流れの川面に月夜が反射して、キラキラとウッドデッキの隙間から淡い光が差し込むテーブルに通される。木製の舵、ガラスの浮き球、投網、銛や仕掛けが飾られた内装、店名、雰囲気、卓上の炭火、さぞや美味しそうな海鮮料理のお店と思いきや……


「はーいお待ち、カルビ、ロース、牛タン三人前ずつに、もやしナムルにわかめスープね。あとレバーにシマチョウ、マルチョウ、ミノにハチノスね〜」


 焼肉屋だった。


「入ってびっくりだな」


「そうなの? 焼肉屋も海鮮料理の店も知らないしどんな感じかわからないから。でもこのお肉美味しそう! 早く焼こう!」 


「……く! そうだよな! ほらどんどん焼くぞ、腹がはち切れるまで食え! ホルモンは俺のだからな、 食べてもいいけど! それから肉焼けたらタレつけてご飯の上に乗っけて、オン・ザ・ライスで食え! 俺はビールだ!」


「うん!」


 口に入れた瞬間感じたのはタレの美味さだった。桃、パイン、りんご、ライチ、蜂蜜などブレンドされた複雑で多様な甘さと香りにたまり醤油と黒い豆鼓味噌の凝縮されたコクが肉を包む(食材分析はナビ)。

 肉そのものはなかなかの上物だった。おそらく天然ではなく培養された牛肉なのだろうが、赤身と霜降りのバランスがとてもよく、頬張れば程よいサシと食感でクドすぎない脂を感じ、飲み込めば熟成肉のような奥深い旨味が喉の中から湧き上がってくる。

 口に入れて、頬張って、飲み込んで、と三段階の旨味が心身をおそう。


「お、おいひぃ……」


「いいかアクタ、肉はな、薄いのは炭火の強めのところでサッサと何回か煽って焼く。網に置いちゃいけねぇ。厚みがあるのは、焼き目をしっかり付けてからひっくり返して焼くんだ。何度もひっくり返すな! なんてのはどっかの馬鹿が言い出した根拠も薄い俗説だ。肉の厚さや種類によって焼き方は変わる。塩は焼く直前にふるもの! とかいう固定観念もな。塩を中まで浸透させたい場合、岩塩のガリっとした食感を感じたい場合、好みで塩をふるタイミングはいくらでも変わる、覚えておけ」


「え…… う、うん」


“アクタよ、あれが焼肉奉行という面倒くさい奴だ。よく覚えておけ。適当に返事しとけばよい。”


「うん」


“焼き方は我が一枚一枚レクチャーしてやる”


「えぇ……」



 ムシャムシャとガツガツとゴリゴリとムニムニと、二人は焼肉を食べ始めた。それはもう凄い勢いだった。焼き方をレクチャーしていたオジサンでさえ序盤から適当になり、とりあえず表面が焼けたら口に放り込んでいた。


“こらアクタ! それはあと三秒焼け!”


 はーい! パクリ!


「おいひーーー!」


“ああ!”


 アクタはダーがレクチャーしても適当に返事をしながら貪り食べていた。

 肉は香ばしく焼かれる。ホルモンは余計な脂を落としその脂に炭火は炎上する。風によって舞う灰。パチリパチリと飛び交う火の粉。モクモクと立ち昇る狼煙はそのテーブルだけを朧月夜にさせた。


 そして半刻もするとお腹をパンパンにした二人の前にお皿の山ができていた。店員が下げなかったのだろうか?

 焼肉を食べに食べ思う存分堪能し、2,000チェップ払った二人はそのままホテル『ホールディングハウス』に戻り、シャワーを浴びて就寝するのだった……




 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇




 さ、大人の時間はこれからだぜ……


 アクタの顔に鼻先が当たるかどうかの距離まで顔を近づける。呼吸を止めて一秒、静かに静止と静寂の時が流れる。

 深呼吸を感じとり可愛い寝息が聞こえたのを確認すると近づけていた顔を戻しコソリコソリと部屋を出る一人の影。


 昼間のうちに飲み屋はチェック済みだぜ。せっかく来たんだから飲み屋の一軒くらい行っとかないと、飲兵衛としての沽券に関わるからな。


“運転があるから単に飲み足りなかっただけでしょ”


 いや、運転はナビに任せりゃいいけど、あれ以上飲んだらアクタそっちのけで飲み屋連れ回しそうでよ。


“あー、やりそう”


 偉いな俺って。ちゃんと保護者の自覚あるな。


“寝てる子供ホテルに置いて飲み行ってる時点でどうかと……”


「そう思ったからギャン近な場所だし、ホテルから歩いて30秒だし、ホラもう着いた」



『Bar ミュルデポニエ』


 お、ポニエってなんかポニョみたいで可愛い名前じゃん。はいろはいろ。



“えぇ……ゴミ埋立地、って意味なんですけど…… あ、聞いてない。知らないですよ……”



 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇


作者注∶本章の固有名詞はほとんどゴミや廃棄物関係の言葉を使ってます以下。



国都『オルドゥール』フランス語でゴミ

ホテル『ホールディングハウス』ゴミ屋敷

水上レストラン『オーシャンダンピング』海洋投棄

Bar『ミュルデポニエ』ドイツ語でゴミ埋立地


タコ坊主『オドパディ・ファウ・オドパッキ』

オドパディはポーランド語

ファウはロマンシュ語

オドパッキはチェコ語

でそれぞれ廃棄物


医者『スパッツァトゥーラ』イタリア語でゴミ

ババア『ズバール』ヘブライ語でゴミ


ワルガキ三人

『スルレギ』韓国語でゴミ

『サンパー』インドネシア語で廃棄物

『ラージ』中国語でゴミ


ゴミ砂漠『タカタカ』スワヒリ語でゴミ


アクタの名前は塵芥(ちりあくた)の芥からとってますが……

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