砂漠と餓鬼と塵芥18

『Bar ミュルデポニエ』はウエストサイドストーリーに出てくるような古びたレンガ造りの集合住宅、その半地下に構えた店だった。建付けの悪い分厚い合板のアーチドアを開けて入ると、立ち飲み用のハイテーブルが四脚に、五〜六人が座れるボックスソファ席一つ、カウンター五席と小ぢんまりとした店内だった。飾り気のない打ちっぱなしコンクリートの壁にはキープボトルと思わしき酒瓶がずらりと飾られる。

 傘がついただけの裸電球の灯りに羽虫が飛び交う中、常連と思われる数組の客が立ち飲みし、ソファ席の客と歓談してなかなかのにぎわいをみせている。カウンターには端の席に後ろ姿で一目で女性とわかるパンツスーツの客と、白金のワンレングスに白銀のスパンコールボディコン姿のバーメイドがなにやら話し込んでいた。


「店ごと私を買いあげるって……」


「もったいなかったんじゃ……」


 そんな会話が聞こえてくるカウンターに向かい、女性客とは反対側の席に座ろうと手をのばす。


「金持ちで下品でセンスのない男は願い下げね。顔なんかいくらでも変えられるんだし。ねぇ、オジサマ。何飲む?」


 女性客と話しながらフレンドリーにこちらに話しを振りつつオーダーを聞いてくる。一人で切り盛りするのに慣れているなかなかのやり手と感じる接客だ。


「貧乏で下品でセンスなしだったらどうしてた?」


「大歓迎よ」


「安心した、それなら席に座れる。ジンをくれエクストラドライの、氷いっぱいのグラスになみなみとね。ライムたっぷり、あと炭酸水に君の分のドリンクも」


「ごめんなさい、気前の良いお客さんはお断りなの」


 魅惑的なアルカイックスマイルをこちらに向けて酒のメイキングを始めるのでジョークだと受け取る。



「オジサンここ初めて?」


 女性客が聞いてくる。黒髪を後ろ結びにそばかすがあり小顔で丸いリスのような目と笑くぼで愛嬌のある顔だ。美女というほどではないが好感がもてる。


「まあ、初めてってかこの街には昨日来たばかりだよ」


「じゃあ旅行者? トレーダー?」


「いや、相棒の付き添いさ」


「その相棒さんは?」


「すぐそこのホテルでおねんねしてる」


「え、そこのホテルってホールディングハウス?」


「まあね」


「リシュ、私のお客様とらないで。はいジンと私はベルモット頂くわ」


 いきなり質問攻めされるオジサンに助け舟で入る女店主と静かな乾杯をする。


「ようこそミュルデポニエへ」


「素敵な夜になりそうだ」


「それでそれで、オジサンってホールディングハウスに泊まってるの? 私の家もそこなんだ」


「にぎやかな夜になりそうだな」




 そして酒はすすみ、気分も良くなってきたオジサンは女店主とリシュと呼ばれた女性客に奢りつつ、楽しいひと時を過ごし、さて深酒にならないようアクタのこともあるしと、店を出ようと会計をお願いしたのだが……




「しまった、財布を忘れた……」 


 クレジットを収めたデバイスは持ってるものの、チェップを入れた小袋をホテルに置いたままだったことに気付く。


「あらあら、オジサマ。初見でツケ払いはできませんよ」


 今まで和やかに妖艶な笑みで接客をしていた女店主のオーラがピリッと張り詰める。

 

「私が立て替えてあげる」


 助け船を出したのはリシュだった。同じ建物に住んでるからちゃんと返してくれるとでも思ったのか、それにしても警戒心が薄い。


「返すとはいえ、女性に奢られるのは俺の主義じゃないんだがな……」


「いいの、その代わり結婚して」



 ……。



「ファッ?」



 オジサンはもとより接客のエキスパートの女店主も刹那に固まった。もし後ろで騒いでいる常連客の耳に届いていたなら彼らもまた沈黙したであろうが、幸い賑やかな雰囲気に水を差すことには至ってなかった。


「ちょっとリシュ…… もしかして……」


「うん。あの件」


「結婚だと…… あのな、自慢じゃないが俺は美人局はすでに経験済みでな、いまさら結婚詐欺ごときにひっかかるか!」


“ほんっとに自慢にならないですね”


 黙りねぃ!



「詐欺じゃない証拠に、もうすぐパパが来るから挨拶して」


「知ってる知ってるぅ。それってこわーーーいお兄さんくるんでしょ。俺知ってるんだから。スパイクの付いた皮のベストに真っ赤なモヒカン頭でガトリング小脇に抱えてさ、 “おめぇ俺の女に手ぇだしたな。三つ数えるうちに有り金と持ち物全部置いてきな。イーチ、ズガガガガガガガ!!” って蜂の巣にされるやつだ」


「有り金ないじゃん。持ち物も小汚いカーキのシャツとパンツに古臭い拳銃PL-15Kと軍用マチェット。それじゃあガトリングの弾薬代の方が高くつくじゃない」


「仰る通りで、ってかずいぶん銃器に詳しいな。じゃあ何かい? 本当に飲み代払ってくれて、ついでに君みたいな魅力的な人と結婚できるってのかい?」


「話の流れ的には確かに結婚はついでかもしれないけど、ちょっとイラッとくるわね。でもそういうこと」


「じゃあそのまま今日は初夜ってランデブー? 帰るとこ一緒だし」


「しちゃう?」


「しちゃおっか!」



“ふせて!”



 オジサンがテンション高めの返事をした時だった。

店のドアの蝶番が吹き飛び分厚い合板アーチドアが蹴破られ倒される。

 店内に響くモーターの駆動音。割れる酒瓶。破裂する裸電球。えぐれるコンクリ壁。叫び声も掻き消される機関銃よりもけたたましい銃砲。鳴り止み。そして。



「全員動くな!」



 拡声器から発せられる。


 意図的に人の高さから弾道を外した威嚇なのだろうが、店内は見ずとも半壊していることは想像に難くない。

 暗がりのなかオジサンはリシュを抱えて伏せていた。頭から被ったガラを振り落としそっと顔を向ける二人。街灯に照らされ逆光で浮かび上がった姿は小脇にガトリングを抱えスパイクが全身に立つ強化外骨格だった。




「ほら、俺の言った通りじゃん。ずいぶんワイルドなパパだね」


「ちょっと見ないうちにイメチェンしたのかも」


「おっと」


 泣きべそ一つ見せずにサラッ返すリシュに少しだけ不意を突かれたオジサンであった。



 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇



作中∶拙作の読者様はおそらくほとんどの方がワンレンボディコンを知ってる年齢層だと思うんですけど、若い読者様がいるかもしれないので説明します。


まずボディコンはボディにぴたっと張り付いてボディラインを強調するような素材を使った服の全般です。

日本のバブル時代だと肩なしで胸までのチューブトップをイメージする人が多いですけどね。

ちなみに作中に登場するのはチューブトップです。


ワンレンはワンレングスの略で、昨今流行りの前髪ぱっつんではなく、後ろ髪と前髪の長さが同じに切りそろえた髪型のことです。

バブル時代のワンレンというと、ロングヘアでしたけどね。

作中ではむろんロングヘアです。


つまりバブルです。

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