砂漠と餓鬼と塵芥19

「あれ、オジサン……」


 草木も眠る丑三つ時という表現はあるが、夜が主体の人間にとっては活動的な時間帯である。そんな時分だった。ふと目が覚めたアクタは隣で寝ていると思っていたオジサンの姿が消えていることに気がついた。トイレかそれとも外でタバコでも吸っているのか、そう思うよりも早く言いようのない不安によって眠気も何処かへ消えていた。

 灯りをつけ暖色系のライトが部屋を照らす。背嚢はある。自動小銃AK308も立てかけられたままだ。ということは何も言わずに置いていかれたのではなく、どこかその辺を散歩しているのかもしれない。

 しかし、聞き慣れない空間を切り裂く甲高い高音と、高速で連打されるドラムのような音がどこからとなく耳に入る。胸騒ぎに通りに面した上下開閉式の窓を持ち上げ見廻すと、街灯に照らされた人だかり。一人一人が重武装した衛士のようだった。何かを感じ取り転げ出すよう慌てて外に出て現場へ駆けつけて見れば、すでに集まり始めた野次馬のなか半地下にあるお店から連行される十数人の姿。派手なスタイルの女性、一般客と思わしき者数名、パンツスーツの女性、そして……


 向こうが気付いたのかアクタに目を合わせながら首を激しく振る男。

 オジサン! と大声を出しそうになった瞬間ピリッと身体に電流が走る。


“口を閉じろ! お前も関係者と思われ巻き込まれるぞ”


 ダーの一言で叫びだしそうな気持ちを抑えその場に歩みを進める。騒ぎをきき最後に出てきた強化外骨格を装備した衛士によって連れ出された一行は、そのまま軍用トラックの後部へ押し込められ、無情にも走り去って行った。


「……!」


──



 ダー、どうしよう。オジサン連れ去られちゃった。何が起きたのかな。オジサン悪いことしたのかな?


“まぁ、全くしてないわけではないがな。だが入国の時の一件が原因なら他の人間まで連れて行かれる説明がつかない。酒場で大きな喧嘩があって衛士に通報が入ったにしては仰々しいまでの武装だ。衛士の小銃だけならまだしも、あの強化外骨格は軍用の武装ゲリラ鎮圧用兵器だ。動作拡張型のメインアームに副腕、20ミリ機関砲でも貫けぬ複合装甲、電脳による制御システム、【着る装甲車】の異名を持つパワードスーツだ。こんな場末の酒場に持ち出すような代物ではない”


 何か事件に巻き込まれたってこと?


“状況だけ見るとな。だが、連れ去られた人間達を見る限りゲリラだテロだとは思いがたいが、さて──”


 ダー、僕はどうしたらいい? 


“とりあえずホテルに帰れ。今できることはなにもない。朝まで寝て体力を温存しろ”


 ……わかった。


“アクタ、お前にはこの街でまだ頼れる人間が一人いる、わかるな”


 オドさん。


“そうだ。しっかり寝て、起きたらオドパッキの所まで行くのだ”


 でも僕、道なんて……


“我を誰だと思ってるのだ、魔王ダーだぞ。すでに通った道なら全て把握しとるわ”


 ダー! ありがとう!



 ダーの言葉に元気づけられ、すでに野次馬が去り衛士以外の人気が無くなってきた道を戻ろうと踵を返す。


「アクタ! これはいったい……」


 振り返ったそこには──タコ坊主がいた。



 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇



 何が起きた?


 わかんない。でもオジサンが連れてかれた。


 あいつが? なぜ?


 わかんない。僕もさっき来たとこ。


 あの店はBarだ、飲みたりなかったから一人飲みに来た──それで何かに巻き込まれた。そんなところか。


 ダーもそう言ってる。


 お前の電脳か。


 うん。


 この数の武装した衛士に対テロ用のパワードスーツを引っ張り出してただ事ではないのは間違いないが…… 俺の方で探りを入れてみよう。


 僕も連れていって。


 いや、明日から忙しくなるぞ。アクタはホテルに戻って寝るんだ。


 わかった。


 よし、明日正午にまたここで合流だ。ちゃんと身体を休めておけよ!


 うん!


 ダーと同じくアクタは休むよう促しタコ坊主は夜の街へと消えて行くのだった。



 よかった、オドさんに会うことができて──


“それはいいが、なぜオドパッキはここにいたのだ? あやつもそこのホテルで寝泊まりしてるわけでもあるまい?”


 そうだね、なんでだろ?




 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇




 あ〜あ、結局留置場で夜明かしじゃねえか。


“フラグの地産地消ですね”


 しかもホテル代の払い損じゃねえか。他の酔っぱらい共も一緒におねんね。綺麗どころは別部屋で。いったいなんなんだ?


“あの店が反政府勢力のアジトだったかもしれませんよ”


 なわけねーだろ。あんな場末のスナックみてぇな酒場がよ。



なぜ、我々の計画が……

だれか裏切りが……

よせ、やめろ……

知らぬ存ぜぬを通せ……

なにも露見してないはずだ……



“なんか聞こえますよ”


 聞こえなかったことにしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る