砂漠と餓鬼と塵芥20
アメリカンハイスクールのカースト頂点ジョックを体現したかのような身なりの、一見して好青年の男が部屋の扉を塞ぐかのように立ち、まるで舞台で芝居でも演ずるかのように嘘くさく、大げさに手を広げてやれやれと首を振った。
「君が意固地だからこんなことになっちゃったんだよフェイウー」
「私の店をめちゃくちゃにしたあげく、大事なお客達を留置場にぶちこみ、衛士を買収して私だけを自宅に寄こす──全くとんでもない事をしてくれるじゃない、お金持ちのレシドゥオスさん」
「人聞きの悪いことを言わないで欲しいね。テロリストが潜伏してる可能性があるから通報されただけだろ? 僕がやったわけじゃない。お客さん達は取り調べが終わるまで留置場だけど、身の潔白が証明されればちゃんと解放される。君は僕が身柄を保証したから先に出られただけだ。お金はその保釈のための保証金だよ。身柄を保証し身元引受人の所に連れてこられる。全て法に則った行為だ」
「ずいぶん根回しと手回しのよろしいことで。それで、私をどうしようというの」
「むろんこの家に住んでもらう。なんせ僕は君の身元引受人なんだからね。反政府組織のアジトを潰したばかりだ、事件が落ち着くまではここを出られないと思った方がいいよ」
「それで私を手に入れたつもり? だから金持ちで下品でセンスのない男は嫌いなのよ」
「そのセリフで僕をBarから追い出したことを後悔させてあげるよ」
「逆ね、私を家に連れ込んだことを後悔することになるわ。貴方がね」
「その強気なところ、いままでそんな口を聞いた奴は僕の周りにいなくてね、刺激的だよ。その態度が変わりゆくところを見せてくれ。まずはそうだな、連れてきたのは君だけじゃない。もう一人たいして美しくもない変な女がいたが、そいつもここにいるんだよ。リシェとかいったか」
「──!」
「いい顔だ──」
「あの娘には手を出さないほうがよくてよ」
「ふん、僕の女になれ。そうすれば何事もなく皆解放される。ああ、返事はすぐでなくていいよ」
気味の悪い笑みを浮かべたレシドゥオスは、寝床以外は調度品も壁紙すらもない、痰壺のような排泄用のトイレだけが角に置かれた殺風景な部屋をでると、外から電子ロックによって施錠するのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
少しだけ時が遡る。まだアクタとオジサンが『オーシャンダンピング』で焼肉に舌鼓を打っていたときである。
オルドゥールのとある金属買取業者。
「これは金ではありません。金メッキした銅ですね」
「な、なんだと! そ、それで売値は⁉」
「二本で3万が良いところです」
「ぐっ! ……ま、まぁ足が出なかっただけでも……」
「手数料500チェップ頂きます」
「お、お、俺の三ヶ月の小遣い……」
──くっそぉぉぉぉぉ! あのクソ中年!!!
激しく怒りにうち震えながらも、この件を他に喋れば自分も不正行為に加担したことがバレてしまうので、内に憤りを溜め込むしかなかった衛士ヤーテは、トボトボと屯所へ足を運んだ。
着いて早々なにやら屯所が騒がしい。何があったか同僚に聞いてみると反政府組織のアジトらしき店で数日後にテロ行為が計画されている、という密告があり行動を起こされる前に武装衛士で急襲のための編成が今まさに行われているのだという。日勤夜勤問わず、待機中、仮眠中の衛士も動員されている。つまり勤務を終え帰ろうとしていたヤーテも出動せねばならなかった。
今日は厄日だ──
そう思いながら身も心も疲弊した状態で現場へ向かう人員輸送車の中ではこんな話を聞いた。
なんでも向かっている先の店は、反政府組織のアジトである根拠も裏取りもいっさいされてなく、とある有力者からの一方的な要請により出動することになっているのだという。名前を聞いてヤーテも知ってる人物だった。建国当時からの富豪の一族の一人なのだが、あまりにわがままが過ぎる問題児で本家から疎まれ、ついには縁切りされるも資産だけは持っていたため、未だに我が物顔で庶民に迷惑をかけていることで有名な男だった。
またか、と思わずにはいられなかった。オルドゥールの衛士は先の問題児以外でも半ば富裕層の私兵かの如く安易に使われることがあった。
息子が凶悪な械獣に襲われてるとの通報で急行すれば子犬に吠えられているだけだったり、麻薬の製造をしてると通報されて調査をすれば、新興ライバル企業が新薬開発してるだけだったり、武装ゲリラの集団が騒いでると言われ行ってみれば、単なる路上ライブだったり、富裕層の通報はくだらない事例が山とある。しかし、金だけは唸るほどもっているので中流層の年収分くらいの袖の下をポンポン置いてくので誰も文句を言わないし言えない。街の治安を担う衛士とて例外ではない。この国の実権も利権も全て富裕層が握っているのだ。
だから今回も話半分どころではなく、Barでボッタクリにあった程度なのではないかとヤーテは思っていた。口には出さないが他の衛士も皆そう思ってるに違いないとも。そうとはいっても、テロリストのアジトという通報なのだから、手ぶらで行くわけにもいかないし、それなりの準備をしないと通報してきた有力者に示しがつかない。一体だけ用意されたパワードスーツはその為だろう。
こうして緊急出動したからといって明日の勤務が休みになるわけではなく通常出勤だ。雀の涙程度に手当てはでるが、この疲弊した心身は癒やされない。
「早く帰りてぇな。でも、これ戻れるの朝だろ。明日は昼間からだからもう屯所泊確定だな」
ヤーテはそう呟き現場までのわずかな間、目を閉じるのだった。
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