ファーストリクエスト
どこまでも続く荒野と地平線に一本のハイウェイ跡
赤茶けた給水塔
下には大きな看板
ピンクと黄色と赤のケバケバしいネオンサイン
『Motel & Diner CAFE BOMB 7days 7am 7pm』のネオンがチラつく。
ロードサイドにある2階建ての古びたアメリカンなレストランを思わせる作りの建物。
スモークイエローのレンガで出来た壁面はところどころ禿げている。
板葺きとベニヤとトタンの屋根。
ギィと軋む扉を開ければカウベルがガロンガロンと来客を告げる。
モザイクタイルに囲まれた壁はあの時のまま。
足を踏み入れればギシギシ鳴く音が心地良い無垢のウッディなフローリング。
カウンターに座る二人の女がこちらに振り向く。一人はワインレッドのショートヘアー、もう一人もやはりワインレッドの三編みがフワリと舞う。
「よう! ミーチ、シノ、それから……シェケラベイビー!」
「す、錫乃介……アンタ……」
「錫乃介さん⁉」
壊れていたコーヒーマシンは直っていた。
そのマシンで特製の一杯を淹れてもらう。
また旦那共は、どっかに行っちまったそうだ。
ミーチの腹にもシノ腹にもまた新しいのがいるのに、酷いもんだ。
あの時は名もなき赤子には名前が付いたそうだ。よかったな『ムラムラシキブ』なんて付けられないで
なんで黙って行っちまったのかって、聞いてきやがった。無粋な女供だ、と答えてやったら笑いやがった。
ここにいる俺の行動だって充分無粋だって? それは許して欲しい。ここで補給を済まさなければ、アスファルトに辿り着けないんだから仕方がないんだ。
でも来てよかった。
夕暮れにはクリスの奴も運良く来た。今も相変わらず定期的に来てるそうだ。
おおかた妊婦二人の様子を見に来てるのだろう。
あのときの分け前だと金を寄越してきたので、ミーチとシノに出産前祝いだとご祝儀をくれてやる。
余った金は最高の一曲をやってくれとクリスに突っ返した。
その夜はブルースハープで久しぶりに自分が気付くことのない涙を流していた。
次の早朝、弁当を貰って出発する。アスファルトについたら、あの女二人の為にベビーシッターと店の手伝いリクエストを出してやることにする。金は渡したしな。
そして二日後、俺はアスファルトに帰って来た。
残金1,048c
……………………
「ふーん、聞いてもいないのに、なっがい旅の話しありがとうございます」
錫乃介の前では小さい丸い色眼鏡をかけ、どこから首でどこから顔がわからないコーンヘッドのおっさんが執務をしながら鬱陶しそうに話しを聞いていた。おっさんといってもスキンヘッドでそう見えるだけで案外若いかもしれないが、実年齢は不明だ。
「さっきも聞いたけど僕の爆弾代はいつ返してくれるんだい?」
「あのさぁ、曲がりなりにもこの街救ったわけよ俺。ね? だからさこれで勘弁してよ」
「勘弁って、たったの1,000cじゃん。あの爆弾あと5,000cはいるよ。街を救ったことと費用は関係ないし。戦争に負けようが勝とうがかかった費用は払わなきゃいけないの知らない?」
「だから、さっきこの新宿の交易で出る莫大な利益の報酬権利やるって言ってるの! 5,000cどこじゃないぜコレ!」
総合量販店ドンキーホームの経営者でありアスファルトの町長と軍の輜重を兼務する多忙な男はその手を止め、目の前で両手を組んで顎を乗せると、呆れた表情で口を開いた。
「だから僕だって何度も言ってるだろ、それが年間何百万cだかの収入になるのは間違いないだろうね。でも僕はこの世界の法定電子通貨で5,000クレジットが欲しいって言ってるの。現物でも有価証券でも土地契約書でも連帯保証書でもないんだよ。この世界の現金で払ってって言ってるの」
「意味分かんなーい!」
天を仰ぎボヤつく男を前に、全く姿勢を変えることなく淡々と諭す口調で話し始める。
「こんな簡単なことわからないの? しばらくみないから多少は頭良くなって戻って来たと思ったら、頭の中身も文無しなのも変わってないじゃん。いいかい、わかりやすく君の時代の表現に直してあげるね、僕優しいから。一粒10円のチロルチョコ買うのに、一ポンドの純金のインゴット出してるようなもんなんだよ君は。十円玉出してお釣り無しでいいの。いいかい、商取引ってのは金目の物を単に置いていけばいいんじゃないんだ。市場に則った価格の商品を法定通貨での取引が大前提なんだよ。現代においてはハンターユニオンがその価値を保証するc(クレジット)こそが事実上の法定通貨なの。──中略──だから、その少額の物を購入するために、無責任に莫大な資金を置いてかれたら、こんな小さい街の経済なんてあっという間におかしくなるの。わかる?」
「長い長い長い長い長ーい長ーい長ーい! 俺は経済学の講義を聞きに来たんじゃねえんだよ! だったらここで貨幣の供給量を調整すりゃいいじゃねえか!」
「ほんっと、どうしようもない程の馬鹿だねぇ。ここはただの商店なの、財務省でも造幣局でも中央銀行でもないの」
「知らねぇよ、俺は金を返しに来ただけなの!」
「だったらちゃんと働いて5,000c稼いで払ってね」
「わかったよ! ど畜生! 後悔するなよ!」
論破されて、悔しくてたまらない男はチンピラのような捨てゼリフを吐いて部屋を出て行く。その姿を見て鼻から長いため息を吐き出す。
その四半刻後、用向きがあると部屋にアスファルトハンターユニオン支部長(正式に支部長になった)矢破部が訪れた。
「今店前でやたらと憤慨してる錫乃介さんに挨拶されたが、戻っていたのか? もうこの街には来ないと思っていたぞ」
「僕もびっくりしたよ。突然アポもなく勝手知ったる他人の店でドカドカ部屋に入って来たよ。何の要件だかわかるかい?」
「街を救った謝礼金でも要求しにきたか?」
「それだったら今頃この場で彼へ菓子付きでお茶をご馳走してるよ。──以前新宿って街が発見されたろ?」
「ああ、報告は受けている。その発見にも彼が関わっているらしいな」
「そう、それの成果なんだろうね、その新しい街の交易の利益の数%を手にできる権利者になってたよ、彼は。とんでもない出世だね」
「なん、だと……いったいどれほどの収入になるのか……」
「年間何百万は下らないだろうね。こともあろうにその権利を僕に譲るってここで言って聞かなかったんだよ。職の世話してやったのを恩義に感じてたのか、はたまた爆薬代が喉に詰まっていたのか、それともその両方かわからないけどさ。だから適当なこと言って追い返したわけさ」
「何を考えてるんだ彼は? なにか裏でも……」
「ないない、なんっにもないよアイツは。純粋だよ。なによりそんな計算出来るほどの知能ないし」
「酷いな、この街の救世主に対して」
「当然だろ。あんなどうしようもないお馬鹿に返しても返しきれない借りあるだなんて、しかもその借りを増やそうとしてきたんだ。僕のプライドはズタズタだよ。陰口の一つや二つ叩きたくもなるさ」
「全くお前も大概捻くれてるな千頭話(ヘッド)」
「僕は自覚してるからそれでいいのさ」
……………………
「お、ゲオルグのジジイ生きてるな。しばらく泊まるぞ!」
「なんじゃお前、久しぶりに顔を見たと思ったらやぶから棒に」
「ひと月分前払いしてやるからありがたく思え」
「思わんわ、アホタレが」
「じゃっ荷物みといて、ユニオン行くからよろしく。今日は早目に帰るから」
「お前さんのゲルは裏のを使え」
「サンキュー、じゃあな」
「……ほんっ、図々しくなりおって。──良くも悪くも随分と成長しおったわ、あの小僧」
……………………
「よう、三人娘!」
ユニオンの受付ではエミリン、ウララ、アンシャンテのアンドロイド三人娘が突然来訪した錫乃介の姿を見て、驚きを隠せないでいた。
「相変わらず男日照りか?」
「久しぶりに顔をだしたと思ったらそれ? 残念でした、エミリンはこの前男出来たばかりですぅ」
「ウララちゃん、あの人もう別れた……」
「は? まだひと月も経ってないのに?」
「だって毎回私に奢らせるんだもん」
「だから止めとけって言ったじゃん」
「アンちゃんはそう言ったけど、イケメンだったじゃん」
「顔は良くてもオラオラ地雷臭がプンプンしてたわ」
「確かに、エミリンそういうの好きだからね。そういえばアンちゃんあの人は?」
「あ、あれね……お金パクられてそのままどっかの街行っちゃった」
「ごめんね……」
「あれ、ウララちゃんもあの後話し聞かないけど?」
「この前浮気現場踏み込んでシメたよ」
「……殺してないよね?」
「なんつーか相変わらずだなお前ら。俺がまとめて面倒見てやるかぁ!」
「……」
「……」
「……」
「……ちょっ、なんで三人揃って無言で見るの。そこまでドン引くことないだろうが。 じゃあな、俺リクエスト受けてくるからまた後でな」
「二人ともなんで拒否しないの?」
「エミリンこそ」
「私カフェに戻らなきゃ……」
……………………
“なんだかんだ久しぶりで感慨深いんじゃないですか?”
そうだなこの世界来て最初の街がここだったからな故郷みたいなもん。何もかもが皆懐かしい、ってやつだ。
“ですよね、アスファルト最初のリクエスト、何から行きますか?”
そりゃあもちろん【ワイルドエシャロット 収穫 50c】からだろ!
……………………
「えっ駄目? なんでロボオ?」
「当たり前じゃないですか。初心者向のリクエストを上級ハンターの錫乃介様がやったら下が育たないじゃないですか。将棋とかで段位持ちが初心者用のグループいって無双して悦に入るのと同じことですよ。ちゃんと然るべきレベルのリクエストを受けるのが暗黙のルールです」
「あ、はい。すいません」
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