終章
砂漠と鋼とおっさんと
激しく、凶暴に、途絶えることのない砂漠の豪風。伸ばした手の先さえも見ることが出来ない砂嵐が吹きすさぶ赤い荒野。
エンジンは止まり動くことさえままならない、武装ジャイロキャノピーにもたれかかる一人の老齢な男。
その男もまた自ら動くことさえ出来ない程に消耗し、長年の旅路で蓄積した身体のダメージと年齢による衰えによりその命の灯火が潰えようとしていた。
“だからいわんこっちゃない。意地でも機械化しないもんだから、もう冒険に堪えられる身体じゃなかったんですよ”
いや、元々俺はこの旅が最後だと思ってたんだからいいんだ。
“別れも告げないもんだから、こんな荒野で誰にも看取られずに野垂れ死ぬなんて……”
俺らしくていいだろ。それにナビがいるじゃねえか。
美女の膝枕はちょっとばかり欲しかったがな。
“その歳でまだそんなこと言ってるんですか?”
ケモっ娘もいいし! ロボッ娘もいいし! スラ娘もいいし! エア娘もいいし! 電子娘もいいし! キノっ娘もいいし! もちろん純粋ヒューマンも可!
“凄いですよね、人生かけてその歪な欲望を叶えるために奔走してましたね”
それが原動力だったからな。そのためにいくつもの街造りに関わるとは思わなかったな。
“ポチ様達の機獣の街も見事な都市になりましたね”
ああ、でもまさかトムが飛行要塞にまで進化するとは思わなかったがな。
“あの艦内でひたすらつまらないギャグを延々と脳内に送り込まれるのは苦痛でしたけどね”
もう二度とアレに乗らないで済むと思うと死ぬのも悪くないわ。
“その機獣達がまさか進化の次の段階へ必要な存在になるとは、錫乃介様の欲にまみれた妄想未来視も馬鹿にできませんでしたね”
言ったろ、元の人類と機獣との融合が新人類を生み出すって。その過程を見られただけで、もう俺は……満足だ、よ。
“見るだけじゃなく、随分と触りまくってましたけどね”
ふへへ。それは役得よ。俺の……人生も折返し、にこの……世界来て、から、随分と……面白く……なり……やがった、な……おっと、そろ、そろ……おわ……
砂嵐が止まる。
映写フィル厶が止まったのか。
世界はモノトーンの無声映画。
意識が途切れる。
「少し、待って頂ける?」
無声映画の世界が暗転しその一文が表示される。
一転、またフィル厶は動き始める。その眼の前の淡いダークグレーの光。また視界が暗転し一文が表示される。
「本当に勝手な人ね。あなたにいくつ貸しがあると思ってるの? まだ一つも返してもらってないんだけど」
暗転したまま文は続く。
「こんなに待たせて。やっぱり男の方が待たせるじゃない」
へへ……すま……ね……
男の唇はもう動いていない。
「もう充分この世界楽しんだでしょ、約束守ってもらうわ」
ナ、ビ……も……あい、つ、もいっ……し……に──
懇願
そしてフィル厶は止まる──
“錫乃介様……”
わかってる。どんな大金を手にしても決して替えたりしなかった。三人いつも一緒。女の子は手当たり次第だったくせに、妬いちゃうわ。
“ポラリス様……錫乃介様はもう……“
大丈夫よナビ。
さ、貯まった貸しを返してもらうわ。
その言葉を返すことなく瞼を閉じ横たわる男の身体をダークグレーの光りが優しく包み込む。
こんなボロボロになるまで、馬鹿な人。
でも、まだ寝かさない。
次の世界とことん付き合ってもらうからね、錫乃介。
幕は閉じ世界はモノトーンからカラーフィル厶に戻った。
もうその場には何もない。
あの光も男もジャイロキャノピーもなにもない。
そこはただ、激しく、凶暴に、途絶えることのない砂漠の豪風が吹きすさぶ赤い荒野が広がっていた。
砂漠と鋼とおっさんと 了
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