路上に落ちてたボロ雑巾


 二日後錫乃介は無事マカゼンに辿り着く。航行中、何故か錫乃介はこういうのを引き付けるのか、シャークシャークシャークというケルベロスのような三つ首鮫に襲われ、ほら見たことかとナビと喧嘩するが護衛船団の活躍もあり見事に回避。


 マカゼンでは会ったこともない、ひと目でマフィアとわかる連中に囲まれ不穏な空気を感じるが、下にも置かない扱いを受け宿代わりに豪華な部屋と食事まで提供してくれた。

 なんの根回し接待か、はたまたどこぞのタイミングでドキュンとするのか毒を盛るのかと警戒をするが何もない。夜伽の女ならいくらでも用意があるがどうかと問われるも、寝首をかかれる危険があるため、血の涙を流し砕けるほどの歯ぎしりをしながらこれを断念。

 結局何事もなく小遣いまでくれたので、旅費を稼ぐ必要もなくタルマックに向けてマカゼンを出る。

 この扱いはフギが流した報せかとも思うが、それにしても仰々しい。もしかしたらとナビの推理では、マフィアの本部でもあるサンドスチームの轟沈は、ドブさらいの錫乃介が真の犯人なのではないか? という疑惑ができて、これを恐れて最上級の饗しを受けたのだろう、というものだった。

 なら、あのとき女を何人も抱けたじゃないかと、またもや血の涙とワニをも超える咬合力で歯ぎしりするが、なんの浪費もなくお金を手にしたことで、イーブンとすると強く自分に催眠をかけ、気持ちを落ち着ける。


 残金1,150c



 迫りくる機獣を片付けながら(主に逃げながら)タルマックでは以前と同じように検閲所らしき場所で、人を舐め腐ったAIの診断を受ける。適当に答えていたら、つまらないのでもういいです、と言われ通された。

 またもや、マフィアの歓待を受けるかと僅かに期待をしていたが、今度はマカゼンとは真逆で徹底的に姿を現さない。酒場に行っても2〜3組が席を立つ。街中では周り右して今来た道を戻る連中も出る始末。ナビ曰く今の奴らはロリーナを追いかけていた連中だったそうだ。

 それなら仕方ないと、以前泊まった宿『おっパブバブー』で一泊してポルトランドへ向かう。

 


 残金1,355c 



 ポルトランドに着く頃には日が暮れていたので、早速ジョドーのBAR『万魔殿(パンデモニウム)』に向かう。

 ガーゴイルのノッカーを叩くと、以前全く変わらぬマスターの姿。

 白髪混じりの長髪をオールバックに後ろで纏め深く刻まれた皺が渋く光る。その姿はバーテンダーというより、どこぞの執事か。

 ダウンライトに木目調の不思議な石のカウンター、10席もないゆったりとした座り心地の良いチェアの変わらぬ店内。

 一番奥の席に座ると、無言で出される白檀の香りのおしぼりと、無音で置かれるワンパイントジョッキに注がれた生ビール。

 ぐびりぐびりぐびりぐびりのぐびりと半分ほどを飲み干して、静かにカウンターにジョッキを据えると、腹の底から息を吐き出しマスターを見据える。



「ただいま」


「おかえりなさいませ」




……………………




 まずは旅の話しといきたいところだったが、気になる新宿の様子を訪ねてみる。ここのところお店に来客が増えたようで以前よりも新鮮な情報が入るのだそうだ。


 結局錫乃介が連帯保証人になっている新宿は新たな街としてハンターユニオンに認定されたものの、サンドスチームを使用した交易はお流れとなった。

 しかし、新宿の価値が下がったわけではなく、まだ手つかずの莫大なスクラッチ前の資源が残る場所として、既にトレーダーやハンターが商団を組んで赴く地として認知されていた。

 擬似的なユニオン支部と軍部も準備され、新宿初代支部長はサロットルの側近、イオン・シェスクが、軍の総司令官はサロットルのもう一人の側近パミディ・アミン・ザバが就任した。

 サロットルの妹エヴァグリーン・エレストナとサロットル自身は商業や経済を管理するために組合のような組織を立ち上げることに奔走しているという。

 そのため1,000万の借金は程なくして完済の目処が立つのだった。そのタイミングは皮肉にも錫乃介が命からがら救命艇でショーロンポーに辿り着いた頃であったそうだ。


 

「なんてこったい。俺なんでサンドスチーム目指しちゃったかねぇ。じっとしてりゃあよかったですよ。じっとしてられなかったから飛び出たんだけど」


「ですが、それだけのご経験をされたのでしょう。とても雰囲気にドッシリとした重みがでていますよ」


「よしてください。でもジョドーさんに言われると、素直に嬉しいですね」

 


……………………




「と、まぁそんなわけで、ショーロンポーに行った時は……」


「ええ」


「シャオプーでは……」


「そうですか……」


「それでサンドスチームが……」


「これはまた危なかったですね……」



 その後二人で積もる四方山話をあたかも他にお客がいないお店でしているかのように思えるが……




「おいサロットルごたくはいいから飲めよ!」

「私はまだ酒に慣れていないんだ」

「私が替わりに飲むわよ」

「いえいえエヴァ様、私が替わりにいくらでも飲みますよ」

「ロボオにはもう飲ませ飽きたんだよ!」


「シンディ、飲みが足りないんじゃないかい?」

「あ、えーと会ったことありましたっけ?」

「おっとこの姿じゃお初だったね」

「え、まさか?」

「お前どうしちまったんだ……?」

「ふん、ババアの戯れだよ。ジジイも若返ってみたらどうだい?」

「い、いや、俺は遠慮しとく」


「キルケ、私研究所を外出して産まれて始めてのBarなんですよ」

「ゼン様、パンツだけであまり外を出歩かないでください」

「なぜだい? 確か街の決め事では、男子は股間を隠すだけで大丈夫なはずだが?」

「い、いや、まぁそうなんですけど」


「私ぃ? 錫乃介の愛人だよ」

「錫乃介さんもなかなかすみにおけませんな」

「権之助、あの男はうちの息子も誑し込んでたよ」

「なんでマフィアのボスのワシが小娘案内せにゃならんのだ……」


「あの男、少女の愛人どころか男まで……どれだけ変態なのよ」

「あーゆーのに惚れちゃ駄目だよお姉ちゃん」

「揶揄するにしてももう少しまともな男を引合いにしてくれる?」

「その割には兄ちゃんのことガン見じゃん……オブッ!、ヤメテ、ノドワ、ハ、クル……シ!」



 ジョドーのわずか8席のお店は満席にも関わらず、どこで聞きつけたのかたまたまなのか、錫乃介に縁のある人物達が大集合し押し合いへし合いしながら、ガヤガヤと酒を飲み合い奢りあっていた。



「ジョドー、久しぶりに飲みに来たら何だこの状態は。しかもお嬢様の一族まで集結してるのはどうなってるんだ?」

「カルロス、今夜は特別な夜でな、錫乃介様も戻られている。立呑でいいだろ?」

「そうか、彼が…… たまには同窓会も悪くないか……」



 いつもは繁華街の路地裏でひっそり佇む

万魔殿(パンデモニウム)は、その夜だけはどれほどネオンが綺羅びやかなお店よりも、笑いと涙と怒号が朝まで溢れていた。




……………………






 その日中、錫乃介は路上で冷たくなっているところを孤児に発見された。



「な、なぁピート。このボロ雑巾、あのおっさん、じゃね?」 

「え? あ、本当だ! おじさんだ!」

「お、おじちゃーん戻って来てくれたんだね!」

「いや、ちげぇよ、この酒臭さ……」

「死んでるの?」

「生きてますよ……皆で孤児院に引っ張って行きましょう」




 ポルトランド孤児院で目が覚めると、まずは吐き気、その次に怒りがこみ上げる。



「ばっっっ、かタレがぁ! 一人一杯ならまだわかるが、一人一本シャンパン飲ませやがって! 殺す気か! あの脳筋ゴリラザウルスが変な音頭とりやがって! ってか、誰も止めねぇのかよ!」


「元気じゃんおっさん」

「安心しました」

「おじちゃん、こわい」


「恐くないよー、ねーメロディちゃーん。おじさんは優しいよー! だからそこの三人衆、薪ざっぽ持たないのぉ。はい仕舞いましょうねえ」



 フルボッコの恐怖に慄きながら、また旅支度をするべく、ふらつく身体を奮い立たせる。


「おっさん、旅から帰って来たのか?」


「ん、ああ一旦な。でも、また直ぐに出る」


「またか?」


「ああ、世話になった人に借りがまだあってな。それを返さにゃならん」


「何日か休んでけば良いんじゃないですか?」


「今この街にはうるさい奴らが集まってるからな、さっさと抜け出さないとまた飲み潰されちまうよ。そんなわけで行って来るぜ。アル皆を守れよ」


「わかってるよ」

「おじさん気を付けて」

「メロディも行く!」


「駄目だから! 三人衆、メロディちゃん宜しくな!」


「仕方ねえな」

「ちゃんと帰って来いよ」

「果たせねば切腹であるぞ」



「おう、あばよ!」


 


“錫乃介様、あと返さねばならない借りというのは……“


あぁ、アスファルトさ。

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