冒険はお家に帰るまでが冒険です
ラ・ヴィ・アン・ローズは夜明けまで
金の力は偉大である。新宿の借金返済が遠のき、救命艇で何やらあったせいで、やつれ、憔悴し、無力感に苛まれた男を一瞬にして、バラ色の日々よ! 幸せな日々よ! 夢と希望に満ち溢れた日々よ! 人生とはなんて素晴らしいのだろう! と、突然人目も憚らす路上で、エディット・ピアフの『バラ色の人生(ラヴィアンローズ)』を歌い踊り始める狂人に急変させてしまう力を持っているのだから。
元々の性格かもしれないが。
ショーロンポーに救命艇で辿り着いてからのことだった。
錫乃介は人生に見切りをつけ世捨て人として生きて行こうと決心していた。もう、無駄に人と関わるのはやめよう。自分が痛い思いをするだけだ。金も女ももう嫌だと。とは行っても自殺するわけでもなし、生きて行くには金がいる。ダラダラと宿と酒場を往復して過ごす日々に持ち金だけはどんどん無くなっていく。
残金1,745c
とりあえず、ハンターユニオンに顔を出し、最低限でいいから金を稼ごうと赴く。
ショーロンポーの街は機獣達の戦いの余波でかなりの被害を被っていた。ユニオンに向かう道すがら、サンドスチームにいた住人や船員達がその復興作業に従事する姿を見掛ける。
ユニオンに着くと受付にはモディがいた。サンドスチーム轟沈以来だなと思っていると、自身ユニオンの職員として復帰し働いていることや、他の船員達もそのまま海運関係の仕事や軍に復帰するという話しを聞いた。
そういえばと、錫乃介宛にユニオン支部長から呼び出しがかかっていると言われたので、面倒だなぁ、なんかやらかしたかなぁ、もう帰りたいよと顔に出しながら、トボトボと案内された部屋に行く。すると待っていたのは、支部長の他にショーロンポー軍のトップ三十郎だった。
「お久しぶりですね、錫乃介さん」
「え、あぁ、三十郎さん、どうも……」
「どうしました、元気ないですね?」
「あ、お気になさらず」
「こちら、ユニオン支部長の赤重さん、通称赤ひげ」
どうも赤ひげです、と差し出された手を握る。厳つい顔に名前の通り豊かに蓄えられた口から顎を覆うひげが赤い。
「あぁ、始めまして錫乃介っす……赤ひげさんでいいっすか……」
「ええ、もうそちらの方が定着しておりますゆえ」
さっそくですが、と切り出した三十郎は機獣戦艦シロナガスや機獣潜艦マッコウ君を轟沈させた経緯を聞きたいとのことだった。もちろんその他船員やモディからも話しは聞いているが、肝心な問題があった。
「サンドスチーム艦長、すなわち実質ユニオンと軍のトップであるお方が意識不明で戦闘指揮不能となり、その場にいた錫乃介さんに指揮権が委譲したと聞いているが、本当かね?」
三十郎の問いかけに、あ、始まったよ、どうせあれだろ、指揮官としてサンドスチームを轟沈させた責任とれとかそんなんだろ、と思いつつやる気のない声で返答する。
「正式な委譲は受けてないっすね。艦長にくっちゃべってただけだし。指揮と言っても、砲撃の号令くらいっすかね……」
「それはもう事実上の指揮官でありますな。錫乃介さんはポルトランド軍トップ、アイアコッカ中将の委任を受けて、サンドスチームに出向いているからして、その権限もないとは言えないことから報告に偽りはないですね、赤ひげ」
ほら来た、サンドスチーム弁償しろとかそんなんだろ? もういいよ、一千万でも一千億でも好きに負わせろよ、払わねえよ、バーカ。と自虐というか自暴自棄な感情に支配される。
赤ひげに会話を継ぐよう振った三十郎は半歩その場から下がる。
「そのようですな。それでは錫乃介さんに、討伐報酬が出ることとなりました」
「え……報、酬?」
「賞金総額は、機獣戦艦シロナガス100,000,000c」
「う、ん」
「機獣潜艦マッコウ君80,000,000c」
「そう」
「合計180,000,000cになります」
「だよね!」
「但し、同乗した他の船員にも割り振られるため全額ではありません」
「そんなの当たり前の想定内!!!」
「指揮官として割合は最も大きい10%、18,000,000cが錫乃介様に支払われ……」
「いやっふぅぅぅぅーーーーーーーーっ!!! もう絶対返しましぇんからねぇ!!! 俺っち金持ちぃぃぃぃ!!! いやっふぅぅぅぅーーーーーーっ!!!」」
「三十郎、大丈夫かこの人?」
「先程まで死にそうな顔をしていたのだがな、落ち込んでいるよりはいいだろ」
それからちょちょっとした話しを何かされたが、錫乃介の耳に入ったかどうか。
「……というわけで……異論がなければ、サインをこちらに」
「異論なんてありまっしぇーーーーーん!!!!! ほーら、サインサインサインサインね!!!!! あ、色紙とか大丈夫?」
「だ、大丈夫です。ご…ご納得ありがとうございます。こちらが賞金です。す、錫乃介さん。最高難度の機獣討伐、此の度は誠にありがとうございました。後日、勲章が軍より、ハンターユニオンからは賞状が授与されることになります。街の英雄として式典が……」
「いやっふぅぅぅぅーーーーーーーーっ!!!」
「三十郎、本当に大丈夫かこの人?」
「いや、ちょっと駄目かもわからん」
金を受け取ってからはテンションマックスでその場をスキップして退出し、ユニオン内では小躍り、町中に出てはエディット・ピアフの『バラ色の人生(ラヴィアンローズ』を熱唱するのだった。
その夜繁華街では一人の男が無双していた。元々夜の遊び場には事欠かない街ショーロンポー。何軒ものお店で美食と美酒に酔いしれ、集まる見た目麗しい女性達には金をばら撒きを、その場にいた客全員に奢るお大尽遊びのハシゴをするなど、夜の街は大いに賑わい、一夜にして伝説となった。その翌日。高給ホテルに改装したショーロンポーが誇る高層ビル、グランド・リスボア・マカオの最高クラスの一室──ではなく、裏手のゴミ捨て場で目が覚める。
「あっちち、へへ、こんなとこで寝ちゃった。ちょっと、飲み過ぎたかなぁ、えへへ。あれ、ナビ、何で俺の財布空っぽになってるの?」
残金23c
“そりゃあんな飲み方と遊び方すればそうもなりますよ”
えっ? えっ? えっ? いくら遊んだ言うてもせいぜい数万c でしょ? まさか盛大にぼったくられた? 金パクられた?
“そのような事実はありませんね”
ちょっと待って、そもそも何で俺っちゴミ捨て場で寝てるの? ホテルまで来て……
“全然金足りないのに最高の部屋を用意しろって喚いて、警備員に叩き出されてゴミ捨て場に放り込まれたんです。覚えてないですか?”
覚えてない……二軒目から先はもう記憶が…… え? まって、だって俺18,000,000c貰えてたんじゃ……
“はぁ〜、やっぱりそこも、でしたか。18,000,000cが錫乃介様に支払われるはずなんですが……の後聞いてないですね?”
ど、どういうこと……なの?
“錫乃介様に支払われたのは100,000cです。
それでも指揮官だからであって、他の船員達は10,000cでした。なぜなら、二大機獣を討伐したとはいえ、サンドスチームの轟沈や戦闘中の街への被害も指揮官の責任であるわけです。ですから、残りの賞金はサンドスチームのサルベージや街の復興、それからサンドスチームの元住民達は事実上の移民難民にあたるので、彼らの当面の生活保護費にあてられます。これらはハンターユニオンの責任でもあるんですが、一時的とはいえ艦長の代行を努めた錫乃介様にもその負担をお願いしたい。それらを鑑みて今回の賞金は100,000cでお納め下さい、と話しておられましたよ。あ、もう聞いてませんね”
お、俺は、一晩で……その、100,000cすらも……
“ええ、そりゃもう。昨夜は美女という美女にモテモテで、花魁道中作って飲み歩いてましたよ。覚えてないんですか?”
チ、チラッと。ゆ、夢かと思った。
“一夜の夢という意味では間違ってませんね”
クッソォー! 俺はなんてことをぉー!
“全くです。10万もあればジャノピーの強化だって……”
せめて10日に飲み代分ければよかったぁ!!
“そっちかよ”
そうだ……ということは早くこの街をでなくては!
“なんでですか?”
ナビは夜の街のあれやこれやを経験しとらんな?
“そりゃあるわけないですね”
いいか、夜の街で一旦ド派手に遊ぶとな、どこからともなく、わけのわからん烏合の衆が集まって来ては、たかるたかる、そりゃたかる。ちょっと奢ってぇ、ならまだ可愛いいわ。
錫乃介さーん今日も飲んでくでしょ〜先にシャンパン10本開けといたから〜とか!
錫乃介さんのために、錫乃介さんのために、錫乃介のために、女の子皆んなシースルーのスク水着て待ってるから、とか!
あ、今日とっても錫乃介さんの部屋に泊まりたい気分なの、疼いてしかたないの、そんな女の子がなんと30人、見事に店に集合してますよ、とか!
あの手この手で店に連行しては金をむしり取られるんだよ!
“むしり取るお金無いじゃないですか”
ばっ! お前ホント世間知らずだなぁ。
“ムカッ! 錫乃介如きが”
あのなぁ、あるなしじゃねえんだよあいつらは。ツケ飲みだバンスだなんだって言ってな、これまた借金背負わせまくるんだよ! そんで最後は街金行って来いだ。俺は昔その作戦にかかって……いや、この話はもういい! さっさと街出るぞ!
“勲章と賞状の式典がありますけど”
そんな缶バッチとケツ拭く紙にもならねえ役立たずなもんいるか!
“えぇ……名誉が……”
名誉で飯が食えるか!
“食えますよ。お金も集まりますよ”
だから、それも全部むしられるんだよ。夜遊びってのは一線越えちゃいけないんだよ。
“自分でやっといて何言ってるんですかね、この人”
……………………
その後マカゼンへ渡るのにはどうするかでまたナビと一悶着あった。
もう、海は怖いし、船なんか乗りたくない。サンドスチームを沈没させるような化物がどうせまだまだいるじゃん、と駄々を捏ねる錫乃介に、陸を回って大回りしたら補給もままならないんだからよっぽど危ないと主張するナビ。結局旅の資金をここで稼ぐつもりか? の一言で錫乃介が折れ、またもや司厨としてショーロンポーを出発することになった。
そのリクエストを受ける際のことである。
「お、錫乃介さんまたお会いしましたな。何やら昨夜は随分と派手に……」
「赤ひげさんその話はまた後日改めて」
「いや、後日改める程の話ではないのですが……」
「それはいいのです。丁度良いタイミングでございました。実は此度の式典、私辞退させて頂きたく本日ユニオンに参った次第でございます」
「それはまたなんでかね? 君はこの街を救った英雄として表彰し、復興のシンボルになってもらいたいのだが……」
「私めにはそんな大役を司る資格は到底御座いません。ただただ、街の平和と住民達の安寧たる生活を守りたく、ほんの少しだけお力添えをしただけにあります。あの場にいたのであれば誰であれ、私同様の行動をとったと存じ上げます。しからば、この赤胴錫乃介がいずくんぞ勲章などという誉あるものを頂けますでしょうか。願わくばその勲章も賞状も全て先の戦いで命を落とした船員達にわけ隔てなくお渡しい頂ければ、錫乃介最大の喜びで御座います」
長い口上を聞き終えた瞬間、ユニオン支部長赤ひげは自慢の髭を何度もなで、目を潤和せる。
「あ、あなたは……な、なんという。あなたは真の英雄だ。わかった錫乃介さんの思いは受け止めました。あなたのことは我々の中だけで、この街の救世主としてその栄誉を称えることにしよう!」
「ありがたき幸せ。では、私はどこかで悩み助けを求める人々のために旅を続けます。然らばまたお会いできる日を願って」
「うむ! 君の旅の無事を祈るぞ!」
その錫乃介の姿は、知らない人間が見たら、いったいどこの国の騎士か貴族かというくらい折り目ただしくピシリとしていた。
素の状態と夜の噂を聞いている赤ひげさえその姿に騙される程だった。役者錫乃介此処にあり、の一幕であった。
……………………
“いけしゃあしゃあと、よくもまあ口が回りますねえ。驚きましたよ”
必死になりゃあなんでもできんだよ。ほら、今日はもうなんやかんや理由付けて船乗り込んでおくぞ。
“はいはい”
その晩街では前夜のお大尽様を見つけるべく水商売の人間が総出で街を探し回ったが、見付からず仕舞いだった。
それもそのはず。錫乃介は港に停泊する大型漁船の司厨として、仕込みと材料の仕入をするからと適当な理由で日が沈む前に、ジャノピーを引っ張り込んで厨房に籠もっていたのだから。
ふっ! なんとか凌いだな。
“もうこの街来れませんねぇ”
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