パリコレいける?


「それ、古代インド大魔術団に伝わる野獣拘束用荒縄緊縛術式。そんじょそこらのハンターにはほどけない、秘伝の邪術よ」


「なーにが秘伝の邪術でぃ、ただの形状記憶利用した強化樹脂の縄じゃねえか。適当ぬかすな」


「貴方、一目でそれ見抜くなんて大したもの。でも素材がわかったところで、拘束されてることには変わらないけどね」


「さっきまでの怪しいインド人喋りはどうした、それなりに喋れるじゃねえか」


「あれは相手を油断させる罠ね」


「余計に警戒するわ!」


「でも、貴方捕まってるね」


「あ、ホントだ」


 どうにも緊張感のない男達はサンドスチームのタラップから内部に入っていく。開口部はそのまま液化天然ガスを運ぶタンカーを飲み込むことができるくらい大きく、その中を一言で表すなら“機械城”。薄汚れたダークグレーの壁や床にはパイプやら配線が無数に這っており、ハンドルやレバーがあちらこちらから飛び出ている。歯車が剥き出しに荒々しく音を立てて回り、タコメーターの針は常に落ち着きがなく、あるものは機械的にあるものは有機的に脈動しながらその機能を果たしている。内部を凝視していると何者かが頭にズタ袋を被せてくる。目隠しだ。



「なんだよ、もう少し社会科見学させろよ」


「そんなことさせられるわけないね。貴方捕まってる身分よ」


「そうだっけ? で、どこに連れていかれるのパンツ一丁で目隠しの俺。最近風呂入ってないからサウナとかだったら嬉しいんだけど、このままガールズバーとかキャバクラで迷惑そうな女の子見るのも興奮するし、目隠しとれないならSMクラブとかハプバー、イメクラでもいいよ。次の発注案件お心添えしとくから」


「なんで私ズタ袋被ったパンイチのおっさん接待しなきゃいけないね、談合しに来たわけじゃないのよ」


「なんかその喋り方もおかしいからさ、語尾にアルつけてよアル。そうすればインド人から中国人に早変わりで爆笑もんだから」 


「なんで私中国人にならなきゃいけないアルか! あっ!」


「あ、やってくれた」


「黙れアル! 静かにしないとドキュンよドキュン、だいたい私インド人でもないよ!」


「自分でインドインド言ってたくせに。それに殺していいならさっさとやってるだろ。つまりはボスだかなんだか知らないけど、俺を生かして連れてこいって指示が出てんだろ、それも超危険物扱いで。じゃななきゃこんな大名行列にはならないよな。参勤交代かよ」


「そこまでわかってるなら、無傷で連れてこいって指示がされてないのは予想できないか?」


「すんませーーん! 調子にのりましたー!」


 くだらない会話をしている最中も、錫乃介の周りにはインド大魔術で拘束したアーリア人とアーリアタイプヒューマノイドの他に、足音などから10名以上の随行者が集まってきているのがわかる。逃げ出さないよう暴れないよう警戒に警戒を重ねていることから、ただの拘束ではないことも推測できる。ちなみにパンツと靴下以外の着衣を含めた背嚢や銃器などの物資はジャノピーも含めて既に全て接収されている。



 いや〜しかし不味ったなぁ。これじゃ逃げ出しても、荒野で野垂れ死にだわ。


“ま、ここは大人しくしておきましょう。錫乃介様の仰いますよう、命を取るつもりはなさそうですから”



 だな、しかし中はなんだこれ。ハイテクでもっと未来的な内装を予想してたのに、さっき見えた感じだと、昔の製鉄所か飛行機のハンガーだな。これはこれでワクワクするけどよ。


“スチームパンクの世界もお好きですか?”


 そうだな、もう語り始めたら一週間は止まらんくらいにな。



 ハンガーを進むなか、異常に多くの階段の昇降や通路を曲がる。方向感覚を狂わせるつもりなのだろうが、あっさりとナビが経路図を描く、が……



“おかしいですね……”


 ん? 何がだ?


“経路図が上手くできません”


 さっきもあっさり拘束されたし、感覚を狂わす電脳へのジャミングみたいのがあるんじゃないか?


“可能性はあります。完全に封じ込めてしまうと船員に害がでますから、少し影響を与える程度なんでしょうが”


 テロ対策かもな。占領されにくくなるし、戦闘になったら軽いとはいえジャミングのことを知ってると知らないでは大いに影響ある。



 そこからは聴覚嗅覚味覚触覚を駆使してその他得られうる情報を取得し内部の把握に務める。鉄錆の味やグリスの香りがする場所もあれば、甘い味やフローラルな香りがする場所もあった。暫し歩くと重くて巨大なドアが開く音がする。また無駄に多くの昇降や文字通りの紆余曲折を経て運搬用の昇降機に乗る。その間、随行員は一人増え二人増え、どうやら15〜6人の大所帯になっている。

 

 

 どれだけ、警戒してんだよ。安全極まりない大人しい草食系男子だってのに。


“ズタ袋被ったボクサーブリーフと靴下のみの半裸の自分を想像して見てください”


 ……パリコレいけるか? おっと着いたみたいだぞ。




「この部屋ア……だよ、入れ」


「アルって言ったぁ!」


「言ってないよ! 早く入れ!」



 アーリア人に背中を蹴られ、前につんのめってそのまま蹴躓いてわざと倒れる。頭を動かしズラしたズタ袋の隙間から舐める冷たく無機質な床は味わったことのない金属質の味がする。ナビがそれを即座に解析する。



 材質は何だ?


“不明です。全くわかりません。ただ一つわかるのは、有機的な成分が含まれています”


 ゴミだろ。ノミとかダニとかの排泄物とかさ。


“そんな事がわからないほど耄碌してませんよ。明らかに床材に内在される成分です。このサンドスチームが生きている可能性を示唆しているんです”


「ちょっとノミとかダニとか排泄物とかやめてくれます? そんなのいませんから。それを言うなら今の貴方の方がよっぽど排泄物の塊じゃないの。動くぶん質が悪いわ。垢や呼吸で汚染されるから蠢かないで息も止めてくださる?」



 前方より聞こえてくる口撃は竪琴を奏でたよりも美しく耳を貫き、その響きだけで謹厳な紳士でも貞淑な淑女も骨を抜かれ、無条件に相手を魅了し虜にする力を持っていた。





 ふっ、まずは言葉攻めから、か。導入としては王道だな……正統派SMクラブってところか。どうやら俺の希望が通ったらしいな。


“そんなわけないでしょ”


「どういう思考してるのこの男?」

 

“わかりかねます”

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る