砂漠と餓鬼と塵芥31
“お久しぶりですねお坊っちゃま。私めをお呼びになるとはまたなにか取り返しのつかないことでも致しましたかな?”
お坊っちゃまはやめろと以前言ったはずだウェイスト、忘れたのか。
“ナビゲーションアプリである私めが忘れるはずもありませんな。つまりあえてそう呼んだわけです”
相変わらずイラつく性格だ──そんなことより、これの操縦を頼む。
シュレッダー城裏手にある搬入用ガレージでは室内の明かりを反射し黒光りする車体をもったピックアップトラックが男の目の前に鎮座していた。
“ほう、武装トヨタハイラックス。今度はどこかへ殴り込みにでも行かれるのですかな? おっと失礼、そんな度胸はありませんでしたな。さしずめ腹を立てた女子供の脅迫にでも使うのでしょうな? それでしたらお断りしますぞ。どうぞ、アンインストールでもデリートでも如何様にでもしてください”
電脳ナビゲーションアプリ “ウェイスト” は呼びだされるなり主に挑発的な言葉を立て続けに投げかける。元はナビゲーションアプリとして非道な行為をする男を事あるごとにたしなめていたのだが、それを癪に障った主によって、表に出てこない設定にされ忘れ去られていた存在である。
テロ準備の疑いが僕にかかっている。このままでは僕は極刑だ。
“また馬鹿な事をしたものでしょう。いい薬ですな、お助けはしませんぞ”
最後まで聞いてくれ。今USSのセキュリティ兵器が勝手に暴れ出している。この暴走は完全に事故で僕は関係ない。それを衛士隊が抑えているんだが、このままでは彼らに甚大な被害が出てしまう。僕は遊びで散々街を騒がせ住民に迷惑をかけたことは理解しているしそれが楽しかったことも認める。だけど、こんな戦争のような惨事は求めていない。だから……
“逃げますかな、この車で”
彼らを援護する。
“ほう……そうきましたか。援護することで減刑され、極刑を免れたい一心──という見方もできますな”
否定はしない。
“──確かにお坊っちゃまはどんな嫌いな奴でも直接殺しはしませんでしたな。せいぜい監獄にぶち込む程度。結果的に死人が出てたかもしれませぬが──全く悪にもなりきれないとは中途半端なお坊っちゃまですな”
頼む。
“よろしい──何があったか知りませんが、乗って下さい。それから状況把握のために少々記憶を見させてもらいますよ”
ああ、致し方ない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
未来都市型風の東側へ武装ゴーカートを走らせたタコ坊主は迫りくる小型恐竜コンピーに、ゾロターンs-18/1100対戦車ライフルの銃口を向ける。対戦車ライフルといっても20ミリ弾のフルオート射撃で銃座搭載型なため実質機関砲である。ちなみに前のモデルのゾロターンs-18/1000までは人間が構えて撃てた。
バスンバスンと力強い射撃音と共に正確にターゲットを撃ち抜いていく。元々連射性能はさほど高くないがタコ坊主の悪ノリで数倍に跳ね上がっていた。ただ武装ゴーカートにはそこまで弾薬が積めないので、フルオートだとすぐに弾切れになるので、結局セミオートで撃っている。
コンピーは機敏な動きで走り回るが、元から華奢な体格で撃たれ弱いため、20ミリ弾が掠めただけで行動不能になっていった。
よし……あらかた片付けたな──ん、まだなにか来るぞ、あのジェットコースターの横から──
未来型ジェットコースター『ババアスター・ギャラクティカマグナム』。空飛ぶババア型のコースターに乗り込み高低差60メートル最速120キロで園内を駆け巡る、USS目玉アトラクションの一つ。その影から一体の獣脚類がのそりのそりと辺りを見回しながら出てくる。
デシェ、さっきのとは違う恐竜が出た。まだこちらには気付いていない。
“はいデシェ。あれは映画でヴェロキラプトルとしてでてくる恐竜デシェ。賢くて囮作戦とか使ってくるから気をつけるデシェ。例えば今見てるのが囮で後ろからガブッと来るデシェ。でも安心するデシェ。後ろは大丈夫デシェ”
リシュが6歳のとき開発してプレゼントしてくれた電脳ナビゲーションアプリ “デシェ” 性能そのものは自社の最新の物に比ぶべくもなく低いのだが、タコ坊主は決して変えることなく使い続けているナビであった。なお貰ったときは三日ほど嬉し泣きが止まらなかった。
それは元になった映画の恐竜の話だろ…… あいつはただのモニュメン……
軽いツッコミを入れようとしたそのとき──
──な!
“デシェ!”
上空から覆いかぶさるような影と衝撃に揺れる車体。武装ゴーカート上に着地し一瞬のうちにマウントをとられ、対戦車ライフルの銃口前にでないように屋根に食らいつかれる。そう簡単に貫ける装甲ではないが、二度三度とくるうちに歪み凹む。そして前から囮役だったもう一体が襲い掛かる。咄嗟にアクセルを踏んで回避。仰け反る屋根の影は対戦車ライフルにしがみつく。
クソッ、だから荒事は苦手なんだ。デシェ、屋根の機関砲を振り回して落とせ。
“もうやってるデシェ。でもこのままじゃもぎ取られちゃうデシェ”
ならこのまま走って振り落とすまで。
タコ坊主の触手がハンドルを切る。左右へブレさせドリフトをかけるがそれでも落ちず、最後の手段とばかりにバックで土産物屋に突っ込む。飛散る瓦礫に舞い上がる埃煙。しかし、影は依然として食らいついたまま──
これでも落ちないか──
と、再び発進しようとした瞬間タイヤが空回りしてしまう。突っ込んだ衝撃で瓦礫に乗り上げてしまったらしい。その様子をみて囮役がゆっくりと近付く。
屋根で勝ち誇ったような雄叫びが聞こえる。それに返すように目の前のヴェロキラプトルと呼ばれた械獣はフロントで咆哮するのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
作注
ヴェロキラプトルは映画『ジュラシックパーク』一躍有名になりました。観たことある方はあの姿を想像されると思います。シリーズでも一貫として体高2メートル体長4〜5メートル程の軽自動車くらいのサイズを想像で登場します。しかし、あのヴェロキラプトルは名前だけスピルバーグが気に入って使っただけで、恐竜自体のモデルはディノニクスという恐竜だそうですが、本作では映画の設定に準じた姿です。
本当のヴェロキラプトルは実際発見された化石では体高0.5メートル体長2メートル程の羽毛に覆われた大きい七面鳥のような姿だとされています。更に映画内では高い知能を持ち囮を使って集団で狩りをするというのも、その根拠となるような発見は今のところ無いとされています。
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