奢られたら奢り返すのが呑助の美学よ

 ポルトランドのハンターユニオンに持ち込み、売り捌いた戦利品は総額288,500cと想定を超える額となった。

 

 シャンデリア、室内インテリア、テレビ、レコーダー、小型家具、カーテン、ラグ、未開封の酒、冷蔵庫……、高く売れそうな物は一通り回収した。あとはこれの分け前でジャイロキャノピーを修理して、疲れを癒してしばらくゆっくりしたいところだったが、錫乃介にはサンドスチームに乗り込んで、ハンターユニオン新宿支部を作るために本部と掛け合うという大事なミッションがある。別に義務ではないが、1000万の連帯保証人からいち早く解放されたかった。

 しかし、ここにきて横から入るサイドミッションがあった。無視してもいいのだが、無視するとどうにも目覚めが悪いし、錫乃介の美学に反する。情では無く美学だ。



 ユニオン内にある“明治牛乳”と背もたれに書かれた古ぼけたベンチに座るのは、売却が終わったマリーと錫乃介。



 「ほら、アンタの取り分だ」


 と言って渡された財布デバイスには、100,000cの文字。


 「うっうぉぉぉぉ!!! すげぇ!!! 回収屋すげぇぇぇぇ!!! こんな大金生まれて初めて稼ぎ出した!!! これで酒飲んで女買いまくるわ! にしても約束よりずいぶん多くない? いいの?」


 「ああ、想定外のバケモンがいたからね、危険手当さ」


 「マリーさん太っ腹! いや、スタイルはスレンダーでカッコいいっすよ!」


 「くだらない事言ってないで、さっさと女でも買ってきな」


 「そうさせてもらいます!!! 女の前にまずは飯食って酒しこたま飲んで夜の街に繰り出す!!」


 と言って喜び勇んでベンチを立って走り去るかと思いきや、三~四歩進んでピタリ立ち止まる。

 


 「なあ、マリーはどうするんだ?」


 振り返らずに尋ねる。

 


 「さぁね」


 

 ベンチの背もたれに左肘を掛け黒いレザースキニーに包まれた長い足を組み、どこか別の世界を見るように、視線を中空に漂わせながら応える。



 「パンツ食い魔の野郎倒しに行くのか?」


 「アンタにゃ「関係ないよなんて寂しい事言うなよ。熱い夜を過ごした仲じゃねえか」


 振り返りマリーの言葉を遮る錫乃介は、そのまま話し続ける。


 「それによ、さっきそこの受付で聞いた話だとパンツ野郎の報酬は1,000万だっていうじゃねえか。一口のらせろよ」



 言い終えた錫乃介を見詰めるマリー。二人の間に無言の間ができる。



 「……人の事は言えないけど、アンタも大概の馬鹿野郎だね。やめときな無駄死にするのはババア1人で充分だよ」


 「勘違いするなよ。俺は死にに行くつもりは全くねえぜ。ちゃんと倒せる算段が付いたから言ってるんだ」


 両手を腰に当てて自身たっぷりに言い放つ。


 「前も言ったが、アイツは対戦車砲どころか大量の爆弾も毒餌も食わせたがまるで効きゃあしないんだよ。どうやってやるってんだい?」


 片眉を上げ訝しげな表情を作る。



 「プレゼントは開いてからのお楽しみだ。だが、準備に少し時間がかかる。とりあえず1週間後ユニオンを通して連絡を入れる。だからそれまで大人しくしてろ、いいな」



 くるりと踵を返しその場を去ろうとするが、再びマリーの方を振り返って、右手人差し指を突き出す。



 「抜け駆けするなよ。1,000万の賞金首だ」


 強く釘を刺して、錫乃介はユニオンを出て行った。



 「なんだいアイツは? 手の込んだ自殺志願者なのかね。ま、最後の戯れに付き合ってやるか……」



 先に出て行く錫乃介を見ながらほんの少しだけマリーは微笑んでいた。




 オンボロジャイロキャノピーを工場に向かってテロテロ走る。もうジャノピーのボディはスクラップ同然だ。駆動系と銃器系のメンテナンスしか出来なかったのだから仕方ないが、周りから見たら良く走ってるな、と疑問を持たれてもおかしくない様相である。



 “さぁ、後には引けませんよ。いいんですか?”


 酒奢ってもらってるからな。奢り返してやらにゃあ、呑助の美学に反する。

 

 “また、格好つけちゃって……”


 自分に酔いしれて生きるからこそ、人生は楽しくなるもんよ。

 さて、サカキの親父の所で修理と、アレが作れるかどうかだな。


 “WW2にはもうあったんですから余裕でしょう”


 だよな。それから気象観測はやっぱり受電設備だろうな。って事は……


 “ユニオンですね”


 また、『鋼と私』とユニオン行ったり来たりか……どっちにしろ修理にどれくらい時間かかるか聞いてからだし、やる事沢山だなぁ。



 ナビとブツブツ話していると、すぐに工場に辿り着いた。

 久しぶりにサカキ工場長に対面するや、背中をバンバン叩かれる。


 

 「久しぶりに顔を見せたらかと思えば、この野郎、てめぇもバイクも良い面構えになってるじゃねえか!」


 「ああ、もうジャノピーちゃんボロボロで悲鳴をあげてるんだ。早く直してやってくれ。どれくらいかかる?」


 「そうさなぁちゃんと見ないとわからねぇが、4~5日ってとこか。ってか名前付けたかと思えばジャイロキャノピーだからジャノピーって、適当な野郎だな!」


 「いいんだよ名前なんて適当で。変に凝って痛い名前付けるより百倍マシなんだよ。それからな……」


 と、電脳から落とした二つのファイルをタブレットに映してそれを見せる。


 「これと、こんなロケット砲作れるか?」


 「んぁ? こんなのお安い御用だがロケット弾にワイヤー付けてどうすんだ?」


 「ちょっとな。取り付けるワイヤーは大体30キロメートルは、必要なんだが……


 「30キロメートルのワイヤーだと? てめえ、また何をやらかす気だ?」


 「パンツァーイーターって知ってるか?」


 「知ってるも何も俺も若い頃あのオントスで倒そうって躍起になって、まるで通用しねぇで尻尾巻いて逃げ帰った口だ。アイツに泣かされた人間は数知れねえ。まさか、やるのか?」


 「ああ、試すだけの価値はあると思う。効かなかったらそれまでよ」


 「面白え、早速とりかかりたいところだが、この大量のワイヤーがネックだな。費用が嵩むぞ」


 「俺のジャノピーちゃんの修理代と合わせて10万c置いて行く。これで間に合わせてくれ」


 「10万かまぁ妥当なところだ。にしてもこんな大金ポンと払うたぁ、おめぇ……女でもできたか?」

 

 「ああ、とびっきりのな」



 そう言って不敵に笑う錫乃介であった。

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