トイレにいったらてを洗おう



 「君、2000年代から来たの?」



 コーンヘッドは丸眼鏡を鋭く光らせながら聞いてきた。

 ほんの一瞬の沈黙が訪れる。



 「…ああ、正確には2020年だ。やっぱりここは未来の地球か。今何年なんだ?」



 コーンヘッドはカウンターからこちら側に出ながら言葉を返す。デブそうに見えたが、そこまでではなかった。カウンターから出れないのかと男は思っていた。


 「2155年だよ。2020年っていえばウイルスで世界中パンデミックだった時代だよね。変なウイルス持ち込んで無い?大丈夫?」

 「残念ながら、検査したばかりで陰性だったよ」

 「ふーん、本当なら135年も前の人間なんだ。普通だったらただの誇大妄想癖の厨二病扱いされるだけだろうけどさ。それにしても少しは取り繕うなり誤魔化すなりしたら?だから頭悪そう顔悪そうっていうんだよ」

 「なんか増えてね?いや、そうかもしれないし、違うかもしれなかったんだ。気付いたらこの世界にいたから確信がなかった。ってか厨二病ってスラングまだ残ってるのかよ」

 「要領を得ないね。記憶がないのかい?ちなみに厨二病は君に合わせただけで、この時代に残ってるわけじゃないよ」

 「酔い潰れるまで酒を飲んでいたことは覚えているんだけどね。ま、バレて困るもんじゃ無いし。」

 「困るでしょ、昔は文無しのおバカでも生きていける社会だったかもしれないけど、この世界はそんな甘くはないよ。現に僕が騙そうと思えばいくらでも騙せたんだし。ホント頭悪くて顔も悪くて運も悪くてアル中だなんて、絶望的に救いようがないね。なんでこんな奴が過去から来るかね。もう少しマシな奴にしてほしいよ」

 「言いたい放題だな。酒に関しては何も言えんが、この時代に飛ばされたことに関しては神様に文句言ってくれ。そんで俺もその場に同席させてくれ」

 「神様ね、今の時代あらゆる概念の中で1番当てにならない存在だよ」

「俺の時代もそうだったよ。それはそうと、なんで財布持ってただけでその時代から来たってわかったんだ?」

 「それを説明するには、まず電脳から説明しないといけないね。でも、さっきも言ったように僕こーみえて超忙しいから、詳しくはまた今度ね。それじゃ」



 そう言うと後ろの200キロドアが開き、コーンヘッドは手を差し伸べた。握手か。



 「え、ここまで引っ張ってまた今度かよ。でも、また会いましょうってことか。わかった。じゃあ」



 握手を返し、男が部屋を出ると。



 「うん、そんじゃ、死なないようにね〜。あ、隣にあるハンターユニオンに行きなよ。少しはこの世界のことわかるから」

 そういって、200キロのドアは閉まった。



 ん、俺トイレの後手洗ってないな。ま、洗い場無かったしいっか。



 ボロカス言われた事の復讐をさり気なく済ました男は、店の中で待望の飲み物と食べ物を物色した。


 どれもなんだかよくわからないけど、ロシア語っぽい文字のロゴが入ってる大きいアルミ缶の入れ物で2リットルくらいか?スポーツドリンクだと思うけど5cで、アラビア語っぽいロゴとイラストが書かれたナッツバーが2cか。1c=50円くらいかな?まあ、他にも見てみないとはっきりした事は言えないが。とりあえず、さっきのサイクロプスのバイザーつけた店員にこれ食えるか聞いてみるか。



 「すいません、ちょっといいですか?」

 「はい、なんでしょう」

 「ちょっと何書いてあるかわからないんで、お伺いしたいんですが、これスポーツドリンクとナッツバーですよね?」



 男が店員に尋ねると、わずかな間を空けて店員は機械音声っぽい声で答えた。



 「お客様がスポーツドリンクと呼ばれている方はローションですよ」

 「ローション⁉︎」

 「ローションをご存知ない?男と女が×××する時に「言わんでいい!知っとるわ!」

 「まぁ、飲めなくもないし、×××もスポーツみたいなもんですから、スポーツドリンクとしてもあながち間違いでは「やかましい!じゃあ、このナッツバーっぽいのは?」

 「それはダイナマイトですよ。まぁ昔のダイナマイトは食べられたって聞きますから、当たらずとも遠からずかと。でも、その商品は召し上がらない方がよろしいかと。」

 「そのフォローいらないよね。昔のダイナマイトは珪藻土に浸けてたから食べられ無くは無いってくらいだから。食べないから」

 「お詳しいですね!凄いです電脳付けて無いのによくそんな要らない知識もってますね!」

 「この店のスタッフみんな無礼なんですけど。それよか、電脳って言ったね、この際だから聞くけど電脳って売ってるの?それともどっかで付けてもらうの?」

 「もちろん当店で売ってますよ。ほらこの辺り置いているの全部電脳ですよ」



 サイクロプスバイザーが指差すそこには、いわゆるマイクロチップだ。薬のカプセルが更に小さくなった形状をしている。2〜3ミリくらいだ。



 「ほぇー、これどうやって付けるんですか?」

 「なんでも、テープで貼り付けても良いですし、アクセサリーにしても良いんです。要は頭の皮膚に直接触れていればほとんどの電脳は機能します。絶対に外したく無い人は皮膚に埋めます。私はこのバイザーと頭の鋲に電脳がついてます」



 その鋲ただのファッションかと思ったけど、違ったのね。



 「ものすごく基本的な事聞くかもしれませんけど、電脳つけるとどうなるんですか?」

 「電脳は文字通りコンピュータです。外部記憶がメインですが演算も兼ねてますので、脳機能を補助してくれます。ですので、一度本を読めばすぐにその内容を正確に思い出せますし、頭の中で読み直すこともできます。音楽を聞けばいつまでも好きな曲を脳内に流すことができます」



 俺の時代じゃ夢のような機械だな。脳と外部装置を繋ぐのは実験レベルなら成功していたけどな。



 「ですので、脳内でパソコンやタブレットを操作するような物です。言語ソフトをいれておけば、会話や文字をリアルタイムで翻訳してくれますし、こちらが発する言葉も自動変換しててくれます。ちょっと機械言葉っぽくなりますけどね。ですが、この先会話が通じなくて困ることはないでしょう。民族がごちゃ混ぜの現代に必須といってもいいですよ。ソフトによっては電気信号で身体能力をあげるものもあります」

 「でも、それお高いんでしょう?」

 「ピンキリですよ。外部記憶機能だけなら1cからあります。

 言語ソフトが入っている奴なら言語数にもよりますが100c〜1,000c。

 見たものを分析したり、検索機能を持つ奴は 500c〜2,000c。

 視覚聴覚運動機能を向上させるようなやつになると 3,000c〜8000c。

 それら全ての複合型の上位機能を持ちナビゲーション付きのコレは15,000cです。

 他にも表計算ソフト、描画ソフト、エンジニアアプリ、レトロゲームアプリ、大人のソフトなどなど、様々です。このへんはどれも1000c前後ですね」

 「別に興味があるわけじゃないんだけど、不思議に思ったからちょっと聞きたいたいんだけど、いやほんと興味はないんだけど 「大人のソフトですね。こちらは10万を超えるあらゆるジャンルのムフフな映像のアレをヴァーチャルリアリティで体験できます。もちろん触覚嗅覚味覚仮想体験機能付きなので、あなたのお手を煩わせることもありません」

 「いや、別に俺それ聞きたかったわけじゃかいんですけど、やめてよー店員さん。聞こえちゃったじゃーん。俺が興味ありそうな雰囲気出してたみたいじゃーん。でも説明ありがとうね、今後の参考にするからさ」

 「はい、ではこちら大人のソフト入り電脳でよろしいですか?」

 「だから違うってーそれが欲しいわけじゃないからー、でもどーしてもっていうなら〜買ってもいいかな〜、ホント買うつもり無いのに、店員さんセールストークが上手いんだから〜」

 「ではこちら"男性好きな男性向け大人のソフト"1500cでございます」

 「君間違えてるよ、僕が欲しかったのはその隣の15,000cだから」

 「え、先程までノリノリで 「ノリノリじゃないから、指差す方向を君が間違えただけだから。これから死地の旅にでるのに、大人のソフト買うわけないでしょ。それに、僕ノーマルだから。男好きじゃ無いから。ね!」

 「はぁ、こちら当店の電脳では1番高額な物となっておりますがよろしいですか?」

 「男の映像は出てこないよね?」

 「何をおっしゃってるのか、わかりませんが

こちらは、30言語に加え、過去一般的に販売されていた書籍データや一般の方がインターネットなどで閲覧できたデータ。現代において把握できている、動食生物のデータなどの検索機能及び視野に入ったものをそれらデータで分析する機能。視力聴力嗅覚運動機能の補正及び向上。銃器取扱白兵戦戦闘補助システム。特殊車両取扱補助システム、以上の機能とナビゲーション付き、となります。ムフフな男の映像はありません」

 「すげー電脳だな!逆に安いんじゃねーの」

 「流石にこれは高級品ですが、一流のハンターになるのであれば、これに準じた物は皆さん付けていると思いますよ」

 「もうそれ、それ買った。今すぐ付けるわ」

 「はい、どうやってお付けしましょうか?皮膚に埋めますか?数秒で終わりますよ」

 「いやそれはまだ怖いから試しでアクセサリにならない?」

 「それではこのチョーカーかゴーグルに付けて首なり頭なりに巻くのがよろしいかと」



 ゴーグルはサバゲーに使うような安っぽいやつだな。金属のベルトみたいなチョーカーの方が丈夫そうだな。



 「じゃあチョーカーで」

 「はい、かしこまりました。お会計15,010cになります」

 「はい、デバイスね」

 「はい確かに」

 「ところで、この辺でご飯食べて休める、なんなら泊まれるとこってあります?」

 「泊まるだけでしたら、ゲルの宿がこの店の裏側に並んでいます。何か召し上がるのでしたら、マーケットの隣に屋台が沢山出てます。もうすぐ夜ですから、そこのわきの通りにある飲み屋街も開くでしょう。ムフフな店はもう少し遅くです」

 「ええ加減そっちから離れろ、ムッツリが」

 「どちらかと言うとそれはあな 「じゃあ色々ありがとうございますっと」

 「それではごきげんよう」

 「ごきげんようっと」



 くっせのある店だったなー。

 金できたと思ったらあっという間に使い込んじまったよ。

 あー喉乾いたし腹減ったしひもじいのぅ。早く一杯飲みながら今後の事でも考えましょ。そうい や、ハンターユニオン行けって言ってたな。明日だな、もう暗くなってきたし。

 それにしても勢いで買ったけどこの電脳大丈夫かいな。とりま、付けてみましょ!



 とチョーカーを付けた男は立ち止まったそのまま動かなくなってしまった。



 残金3,714c


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