南無妙法蓮華経

 

 にしても、あの受付嬢達に自我、人格があるって事は"ダッチワイフ"ってのは失言だったな。あいつらに謝んなきゃな。


 と錫乃介は少し反省していた。


 オアシスの跡地にたどり着くと、そこには多くの以前見た草"ワイルドエシャロット"が生えている。

 革の鞘が付いたままのマチェットを使い、ワイルドエシャロットを次々と掘り出して採取していく。



 んー、腰痛え!けど、取った取った。100個はとれたけど、まだメチャクチャあるんだな。取り過ぎても駄目だろうから、これでいいか。


 

 採取を終えて、帰ろうとすると足を向けると、ニャーと鳴く声が聞こえる。


 

 ん?草むらからなんか……ってあれスナネコじゃーん。ネットで見たことある。かーわいいー!



 錫乃介は猫が大好きであった。あまりに好き過ぎて猫飼ったら仕事しなくなる、と思いペットで飼わなかったくらい好きだ。と、その時ナビから声がした。



 "錫乃介様ショットガンの用意を"


 もしかして、機獣(ミュータント)ってやつか?



 すかさず背中に背負っていたショットガンを構えた錫乃介はナビに聞く。



 "間違いありません。スナネコは本来夜行性で、警戒心が強い動物です。餌付けでもされてなければ、向こうから人間に近寄ってくる事はまずありません。後ろです"



 あいよっと!



 すかさず後ろを向き、飛びかかろうとしていたスナネコに弾を撃ち込む。ドン! という衝撃が身体を包む。銃器を使うのは初めてだが、電脳の補正のおかげでスムーズだ。



 "正面に戻って、それから3時の方向"


 OK!


 短くナビの指示する通りに正確に体が動く、これも補正のようだ。

 ドンッ! と正面の飛びかかる前のスナネコに撃ち込み、すかさずリロードするが元折れ式なので面倒臭い。

 3時の方角から飛びかかるスナネコをかわしながら、リロードを終えた瞬間ショット!

 見事命中し、動かなくなった3体のスナネコそこには、錫乃介の頭なら容易に齧れそうなくらい、喉元まで口が裂けた不気味な猫の死体ができていた。所々メカな部位も見受けられる。



 ふ〜初めて銃撃ったけど、補正すげぇな。リロードとか何の迷いも無く撃てたぜ。


 "錫乃介様自身に迷いが無かったので、サポートがスムーズでしたよ"



 あぁ、俺猫は好きだが猫からは好かれてないの自覚してるから怪しいと思ったんだ。これ、ハンターユニオンで売れるのかな?


 "まだ生きている可能性もあるので、不必要に近づかないように。どうでしょうか?ハンターユニオンのデータは私に無いので、わかりませんね。帰ったらチェックしましょう"


 来る前にしときゃ良かったな。ま、持って帰ったら重そうだしエシャロットのノルマは達成したからいいか。なぁナビ、聞こうと思っていたんだけど、機獣(ミュータント)ってなに? どっからでてきてるの?


 "帰る道すがらお話ししましょう、といっても私にあるデータでは不明な部分が多いですが"


 頼むわ。俺には見る物出会う物この世界の事全てが不明なんだから。


 "足りない頭なのは承知してますが、何故です?"


 言ってなかったよな。俺2020年の日本からこの世界に飛ばされたらしいんだわ。理由原因共に全く不明。ってか、またディスったよね。


 "変な事は知っている割に、常識的な事を知らず、何かと話すネタが古いかと思いましたが、そういう事なんですね"


 あら、すんなりと、疑わないんだ。


 "錫乃介様はホラ吹きの傾向がありますが、この件に関しましてはとても演技の様には見えませんし、何より私を騙しても、何の得もありません"


 まぁホラ吹きは、ちょっと否定出来ない。んで機獣は?


 "では、グラウンドスクラッチからご説明しましょう。ただこれはあまりにも不可思議な事象で、誰にも説明ができず、ただこうなったという事実だけが残った事です"


 2035年のもう一つの出来事だな。


 "はい、『グラウンドスクラッチ』、通称『グラスク』または単に『スクラッチ』と呼ばれたこの事件、いえ厄災は人類史はおろか地球史を揺るがすものでした"


 おうおう、盛り上げる話し方をするね。

 グラスクっていやぁ、テツローが最初に合った時使った単語だな。


 日本を例にします。2035年12月28日、年の瀬も迫る朗らかな日だったそうです。70年もやっている大阪ジャンジャン横丁のタコ焼きや屋の隣に突然ヨルダンの遺跡、エル・カズネが現れたそうです"


 エル・カズネって?


 "見た事あると思いますよ。画像を出します"


 すると錫乃介の脳内に出てきた遺跡は、岩壁をくり抜いて掘られた巨大かつ壮大な神殿であった。ギリシア芸術の影響を受ける柱や精緻な彫刻が見られ、圧倒的な存在感を示していた。


 あーーー!見たことあるよ。『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』で舞台になってた遺跡だよ。


 "そうです。やはり知っていましたか"


 良かったじゃん、通天閣以外に観光名所できたじゃん。


 "なに馬鹿な事言ってるんですか。たこ焼き屋の女将さんはこれ見て、びっくりし過ぎて、呼吸困難になったんですよ"


 そりゃ大変だわ。いや、違う違う、俺もびっくりし過ぎて、思考停止してるわ。いったい何が…


 "他にも練馬区にビクトリアフォールができたり……"


 アフリカのでっかい滝だな


 "長野県が海に囲まれていたり、群馬がブラジルのジャングルに囲まれていたり、北海道でニューオーリンズジャズバンドが見つかったり"


 まぁ群馬はたいして変わらないな。ニューオーリンズジャズもいいじゃん。俺一回生で聞いてみたいんだよね。つまり、地球上の土地がしっちゃかめっちゃかになったってこと? そんな馬鹿な。


 "誰だって、あの時それを体験した全地球人がそう思ったと思いますよ"


 いったい何があったんだ?


 "それが誰にもわからないんです"


 わからない?


 "はい、結果だけがそこにあったんです"


 ……もちろん原因究明とか可能性とか考えられてるわけだよね?


 "粘菌宇宙人がやったとか、その技術を手にしたマッドサイエンティストがやったとか様々な説がでましたが、それはただの想像でしかありませんでした。それ以前に問題があります、フルに脳内シナプスに鞭をいれて活動させて下さい"


 脳内シナプスに鞭ってどーやってやんだよ。覚醒剤でも打てってか?


 "土地が分断し滅茶苦茶にとっちらかってるんです。電気、ガス、水道もほとんど自前の設備を持っているとこ以外絶たれたわけです。情報の収集も共有も分析も、果てしなく困難なんですよ"


 でも電気は宇宙発電だろ?全部が全部じゃ無いにしろ、助かっている所は少なくないんじゃない?


 "その宇宙発電が一つの問題を引き起こしました"


 というと?


 "グラスクにより宇宙発電衛星を操作していた管制センターは役に立たなくなりました。衛星は管理を離れ、電力の供給は今もしていますが、調整の機能が出来ず、地球上に周波がバラバラなマイクロ波を放つ衛星が数多くできてしまったんです。その数およそ10,000機"


 あぁ、読めたよ。それで、地球全土に電波異常が起きて、無線の類いが使えなくなった。それどころか、そいつらを制御することすら不可能になった、と。


 "よくできました。5点あげます"


 よーし、これで15点だな。


 "通信が有線無線含めほぼ全て駄目になりました。それどころか隣の住民は言葉も通じない、遠距離通信すら、手紙すらできないんです。戸籍も住所も国籍も文化も人種もぜーんぶバラバラ。野生生物だってバラバラです。適応できない物は即死んでいきました。人類はその先どうしたと思います?"


 さぁ、争いに次ぐ争いじゃない?


 "そこから先は私のデータにも無いんです。あるのはグラスク後かろうじて衛星通信でインターネットが残っていた2036年まで。その後私が生まれたのは2145年ですから"


 10年前の型落ちだったか…つかまされたな。


 "あ、ディスりましたね、シナプス焼き切りましょうか?"


 おっそろしい、脅迫すんなや!それにしてもグラウンドスクラッチか、ゼロからとか、最初からか。言い得て妙だな。んで、ようやくこっから機獣の説明に入れるわけね。


 "はい、ここからは私の予測ですが、電気はまだあるんで、自前の受電設備がある工場なんかの施設はまだ残っているんです。ですので、機獣(ミュータント)は先程も見た通り機械と生命体を融合した物ですが、これを作り出す元となっている、各地のバイオハイブリッドマシンの工場が生きたままなのかもしれません。


 もしくは誰かが意図的に稼働させているか?


 "はい、これは粘菌宇宙人達の技術なので、一部の天才にしかわかりませんが、可能性はあります"


 そのマシンって大掛かりな手術見たいのが必要なんじゃないの?


  “私のデータにある中での、最も最新と呼べる物は、電脳チップを動物に飲ませるだけの物があります"


 それじゃ、頭良くなるだけじゃないの?


 "自らを機械化していく知能がつきます"


 ふぇ〜、頭良くなり過ぎーー!


 "機獣にはもう1種あります"


 もう、お腹いっぱいだよ。


 "今までは生命体が機獣になる例でした"


 ってことは、機械が機獣に?


 "はい、脳だけの生体有機コンピュータのお話はしました。自我は生まれなくとも、自律思考AIをもち、自ら餌を求めて動く様になりました"


 餌ってあいつら電気だろ?


 "本来であれば。管理を離れた場合は分かりません。電気は宇宙から送られてきますが、脳が欲する炭水化物やタンパク質は供給されません。身体は動くのに、食欲は満たされない、そんな狂ったAIをもつ機械達にやがて犠牲者が……"


 しょーもない、パニックホラーMovieだな。

 その材料になってる脳って人間なの?


 "人間の脳は確かに優秀ですが、大きくて重いので不適格です。この生体有機コンピュータに最も使用された脳は、体積比ではおそらく人間以上に優秀な……"


 わかった!カラスだろ!


 “ブー不正解です。カラスは3番目に使用されました"


 カラスで3番目?イルカはでかいし、ネコや犬はカラス並みだし。


 "時間切れでーす。錫乃介様は得点できませんでした"


 ちっっきしょーーー!


 "答えはイカ、並んでタコです。この場合二つ両方答えなければ正解になりません"


 イカタコだと!あいつらそんなに頭いいの⁉︎


 "彼等は"損して得とれ"という概念がある、といった実験結果が残っています"


 人間でも出来ないやついるのに。


 "イカタコの知能の元となるニューロン数は5億。人間は160億といわれていますが、その30分の1以下なのに、人間の3歳、時には6歳児並みの知性を示したそうです"


 あいつら美味しいだけじゃないんだな。ちょっとこれから食いづらくなるじゃ無いか。


 "彼等は今まで、食料にされた恨みを人間に晴らそうとしているのかもしれませんね"


 しゃーない、所詮この世は焼肉定食、否、弱肉強食だ。俺らは食物連鎖から転げ落ちたって事だろ。まぁ俺は食らってやる方だがな。



 ン!



 "そんな事言ってると、来ますよ"



 サン!



 なんだよ、この砂漠にイカタコが出んのか?

喰らい尽くしてくれるわ!



 ザンッ!



 "こーいうのフラグって言うんですよね"


 先程から何か地響きと音が…へ?



 ダァン!



 フラグを立てた錫乃介の後方約500メートルほどの場所に、4階建てのビルくらい20メートルはあるだろうか、上野国立博物館の前にあるシロナガスクジラの像よりも大きいタコが鎮座していた。



 ふぁっ⁉︎いつのまに⁉︎


 "ああやってですよ"



 と、ナビが言うか早いか、タコは足を縮めて上空に大きくジャンプすると、軽く100メートル以上は飛んできた。



 ドォン‼︎という音と共に、タコは一足跳びで距離を縮めてきた。いや、タコだから八足跳びか?



 ねぇ、ナビ俺の持っている銃器役に立つ?


 "ドイツの最強戦車と名高いティーガーに爪楊枝で立ち向かう勇気がお有りならどうぞ"


 ……あのさ、逃げられる?


 "今荷物を捨てて全速力で走っても20秒後に追いつかれます。短い間ですがお世話になりました。あなたとの旅悪くはなかったですよ"


 んー俺も、ってまだこの世界来て2日しかたってないけどねー。とりあえず走るわ!


 "一応全力で身体能力アップしてバックアップします。あと錫乃介様のかわりに、念仏を唱えますね。宗派はなんですか?"



 日蓮宗だよ!仏壇くらいしか手を合わせた事ないがな!



 "それでは、南無妙法蓮華経…大比丘衆万二千人倶…摩訶波闍波提比丘尼…"


本当に唱え始めやがったぁ!



 ズダァンッ!あと残り200メートル



 "転不退転法輪…世雄不可量…諸天及世人…一切衆生類"


 ガチだよこいつ。しかしお経って何言ってかわかんねーよな。


 ドバァァァンッッ!!


 うぉぉぉぉ!


 残り100メートル。

 振り返りながら錫乃介は思った。次のジャンプで追いつかれるじゃん。俺の旅もここまでか、受付嬢達に謝りたかったな。と。

 足を縮め、跳ぶ体勢に入ったタコ、今まさにジャンプするその時であった。



 ドゴォン!



 と、錫乃介の前方より、炸裂音が聞こえた。

 その直後、正面を見るより早く錫乃介の背後で爆発が起き、荷物共に吹き飛ばされた。そして、そのまま意識を失った。





 はずだが、ナビに起こされた。


 "錫乃介様、寝ている場合ではありません。助かったかも知れません"


 んな、な、何が起き、た?


 後ろを振り返ると、タコがジャンプの体勢のまま止まったかと思うと、反対側に跳んで行った。

 と、また前方の方よりドゴォンという音が聞こえ、タコが跳んで行った方に着弾した。今度は飛ばされる程の衝撃は来なかった。



 あ、あのデザートスチームか!

 主砲か?わからんが、ぶっ放して追い払ってくれたのか。

 助かったぁーー!



 そう、気を抜くと地面に大の字に倒れ込んだ。


 "主砲どころか副砲でさえもないですよあれ。88ミリ砲ですね。


 おっと、きたね、アハトアハトかよ。

 もう少し余裕のある時にロマンを感じたかったね。


 倒れながら、しばし砂まみれの風を受け、生きている実感を噛み締める



 "錫乃介様、早く街に戻らないと、またタコが戻ってくるかも知れませんよ"


 おっと、早く言えや!


 スクっと起き上がると、震える足に喝をいれ、足早に町へ戻っていった。





 *グラウンドスクラッチの真実

 粘菌宇宙人のせいやら、その技術のせいやら噂はたったが、彼等は全く関係無かった。

 恒星間航行をするレベルの科学力をもつ宇宙人達は宇宙に点在する、ゲートを通って航行していた。

 ゲートは入口側を通る物質を素粒子レベルまで分解して情報を読み取り、出口側にある別のゲートで再構成するという機能で直径3万キロと地球の倍以上であり、地球サイズ程度なら容易に通れるレベルの大きさだった。

 ある時、地球の付近にあるゲートが故障し、それを気付かず使用した粘菌宇宙人達の船は破損し水を流出させることとなった。

 そのゲートは故障したまま太陽系を漂い、地球はそのゲートを通る事になったが、ワープは機能せず、素粒子レベルまで分解、再構成がその場で行われた。生物や全ての無機物有機物は問題無かったが、地球の大地のみにエラーが生じた。

 ここで、グラウンドスクラッチが起きてしまったのだ。

 ゲートを管理するゲート宇宙公団は故障の事実に気付き、粘菌宇宙人に対しては損害賠償をしたが、地球に関しては訴える者もおらず、不問に付された。


 あなたが海でしたマリンスポーツが原因で他人を怪我させてしまったら治療費やら払う事になりますが、それと同時に船虫が死んだと知っても、何も出来ないでしょう?

 ゲート宇宙公団にとってはそれくらいの事であったのです。

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