大っきい入道雲見ると、龍の巣だ!って言いたくなるよね

116話


 その日は次の日の昼前であった。

 


 “始まったな”


 ああ……



 強風吹き荒ぶ中、吹っ飛びそうになるテントを仕舞いながら軽口を叩く。


 “こんな事やってる場合じゃ無いですよ。早く準備しましょう。南南東100キロ地点成長期積乱雲発生。風速15メートル。あと2時間もかからずこちらに到達しますよ”


 アカン、こうしちゃいらんねえわ! 


 

 急いで地上に降りるとマリーが運び込んだ大量に巻かれたワイヤーを下ろした後、超長距離改良型スティンガーミサイルを見て錫乃介は驚いた。


 

 「サカキのおっさん凄えの用意しやがったな! これ明らかに予算オーバーだろ!」


 「アンタが支払い済みだって聞いたけど、やっぱりそうかい」


 「俺は携行型の長距離飛ぶロケット砲を用意してくれって頼んだが……まあ、それは後だな、準備が先さき。マリーそのワイヤーの先を穴の縁から出てるワイヤーに接続して……」


 「これかい?」


 「そうそう。そんでもって反対側をミサイルに付けて……」


 

 …………



 準備を終えて最終チェックを済ませ、スティンガーミサイルをマリーに託す。

 

 「コイツはマリーが撃つんだ。俺が合図したら向かってくるあの積乱雲の中心に向かってぶっ放せ」


 

 錫乃介が指し示す先には、巨大に咲く花束の様に発達し、地上付近は影が入りどす黒く重く、思わず“龍の巣だ!”と叫びたくなるような雲があった。



 「直接アイツに撃ち込むとは思わなかったけど、本当に空に向かって撃つんだね。何が何やらわかんないけど、もうアンタを信じるよ」


 ……まったくこんな台詞をアタシが言うなんてね。

 

 マリーは言った後少し気恥ずかしさを感じていた。



 「信じて損はさせねえ。さぁカウントダウンだ」


 30、29、28……

 18、17、16……

 10、9、8……

 5、4、3……


 錫乃介がカウントダウンをする。

 

 スティンガーを構えるマリーは強風が吹き荒れる中でも微動だにしない


 “発射仰角10.56度、巨大積乱雲まで斜辺距離30,000.07メートル。良いでしょう、発射して下さい”


 「……0、発射。マリー、引導渡してやんなアイツとお前の過去にな」

 

 「ああ、いまいち納得いかねえがな!」


 

 バシュッという炸裂音と共に放たれたスティンガーミサイルは、巨大に発達された積乱雲目掛けて音速を超える速度で飛んで行く。特殊合金ワイヤーをお供に。


 スティンガーは現代において実用化されている携帯型地対空ミサイルの中では最も命中率が良いとされているが、その命中率の良さは赤外線誘導の性能の高さからである。

 この世界ではその自慢の誘導性も電波以上から役には立たないので、単なる長距離携帯ミサイルでしかない。誘導性が無ければ長距離飛べる意味は無いように思えるが、今回に限っては対象が積乱雲という、雲底から雲頂まで12,000メートルも発達する巨大な雲であるため狙いは多少大雑把でも外す事はなく、何より長距離飛行し、かつ30キロメートルのワイヤー総重量120キロを上空まで持ち運ぶパワーが必要だった。サカキがこのスティンガーを選んだのは仲間の仇という私怨もあるが、そのような性能的理由もあった。


 

 「さぁ、そろそろ説明してもらうか」


 空筒となったスティンガーを地面に下ろしたマリーは、錫乃介に誘導されホテル内のテラスで地底湖を見下ろす。


 

 「そんじゃ、ネタ明かしますか。あのスティンガーは上空5,500メートルまでかっ飛び積乱雲の中で弾頭が凧型に展開する」



 スティンガーミサイルが撃ち込まれた積乱雲を見ながら錫乃介は両手を広げて凧を表現して応える。



 「凧?」


 「そうだ。積乱雲ってな上空に冷たい空気があって地上に温かい空気があるときに出来る雲でな、この辺りじゃ雨季のときしかできない雨雲なんだわ」


 「それぐらいはわかるけど……そうか!」



 何かに気付いたマリーの言葉を無視して錫乃介は話を続けた。



 「あのミサイルは凧に展開するだけではなく、積乱雲の中で生じた高圧の電気を地上に流すためのワイヤーが取り付けられている。そして積乱雲の別名は……」


 「カミナリ雲か!」


 「当たり、マリーに10点差し上げ……」



 錫乃介が言い終わる前に、空間を割る巨大な雷鳴が響き稲光が辺りを支配した。ほんの一瞬、瞬きさえも後にする刹那の出来事である。


 

 「すっげぇな、ドンピシャだぜ。見ろよマリー、やっこさん驚いて湖から頭出しやがったぜ。」



 錫乃介が指差すそこには、地底湖から慌てて立ち上がり頭を出してもがく、パンツァーイーターであった。全身を露わにしたその姿は、岩石のようにゴツゴツと荒々しく、黒く金属光沢を放つ鎧に身を纏ったワニ。そして無機質な眼光を持つサメの様な頭と、いく層にも並んだ山脈のような刃の歯。雷に負けず劣らず大音量で叫ぶ口の中には巨大な砲身が見える。


 そして、再び稲光


 積乱雲の中に漂う凧から特殊合金ワイヤーを道筋に最大限に強化した動体視力でも捉える事の出来ない刹那の速さで雷撃は地底湖へと直撃する。

 爆音と共に二発目の稲妻を全身に喰らうバケモノは、澄んでいた地底湖の泥を巻き上げながら前足を岸壁に叩きつけ、口の大砲からホテル右側の壁に砲弾を発射する。



 「いくらお前でもソイツは食えねえだろ。10億ボルトの弾丸だぜ」


 砲撃によって崩れた壁の跡をバケモノは必死に足を引っ掛け登ろうとするが、三度目の落雷によって地底湖に叩きつけられる。

 それでも尚まだ動く余力があるのか、壁に二度三度と震えながらも大砲を発射し前足を壁に突き刺す。


 

 「逃げられねえよ。あんだけデカイ積乱雲の中で何回雷が起きてると思ってんだ」



 四度目の落雷


 

 雄叫びを上げながら仰向けに湖の中へと倒れる。まだもがく力は残っているが、足を上げることが出来なくなってきている。

 

 五度、六度、七度……


 呻き声を上げることも無くなり、蠢く姿だけが残る。


 それから落雷はしばらくの間止む事なくバケモノを攻め続け、二十八度目を最後に特殊合金ワイヤーはその身を通る超高電圧に耐えきれず千切れ、凧はその役目を終えたかの如く何処へともなく飛び去る光景は、パンツァーイーター討伐は終わりを告げたかのようだった。

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