スーズー、ナービー天気予報!


 空に珍しく雲が浮かぶ日だった。

 普段吹き荒れる熱風の中に、時折涼風とも言える心地よい風が混じることで、住民は経験的に雨季の到来を感じていた。

 

 ポルトランドは幅5キロ程もある広い大河の付近に出来た街である。この大河が通じる海から運ばれる、湿気た風が大河を遡りポルトランド付近で温められ、上昇気流となって雲を形成しているここに北方の山脈から冷たい風が吹き込み大気が乱れ、雨雲となる巨大な積乱雲が生まれる。これがこの地域の雨季の特徴だ。

 乾季は南北からの風が無いため、雲が出来ることはほぼ無い。

 

 

 雨季の風を感じながらマリーはトレーラーを街の中を走らせていた。

 ユニオンで錫乃介からの連絡を確認したマリーは『鋼と私』にトレーラーで来る様呼び出されていたためだ。



 「あのハイテンションロマンジジイめ、まだ引退してないのかね」


 憎まれ口を呟きながら『鋼と私』に到着する。

 そこで待ち構えていたのはサカキ工場長で錫乃介の姿は無かった。



 「久しぶりじゃねえかマリー。ずいぶん尻が垂れて来たんじゃねえか?」


 「アンタこそいつまでその役立たずの棒っきれを股からぶら下げてんだい?」



 罵り合いをする2人はニヤリと笑い、お互いの息災を確認する。


 

 「話しは聞いてるぜ。それ、持って行きな。スティンガーミサイル超長距離改良型と合金ワイヤー30キロメートルだ。

 錫乃介の野郎はバイクが早めに直ったから先にホテルで色々準備して待ってるとよ。いい歳こいてお熱い事だなマリー」



 サカキがニヤニヤ笑いながら握った右手の親指で指し示す後ろには、1発だけ装填されたロケットポッドと、大量に巻かれたワイヤーの束であった。



 「何の準備だってんだい」


 「さあな、そこまでは知らん。なんにせよデートでパンツァーイーター退治するなんて、イカした趣向を考えるツバメじゃねえか」


 「全く何考えてるのかね、アイツは」



 置かれた資材を見て何をどうするやらさっぱりわからない。少なくともこの1発しかないミサイルを化け物に直接打ち込むわけではなさそうだ。

 資材をクレーンで積み込み、トレーラーヘッドに乗り込むマリー。



 「そういやこれいくらなんだい? あとから請求しても払わないよ」


 「10万cでい」


 「そんな価格なわけないだろ」


 「馬鹿言うんじゃねえ、ぼったくりなんぞするか。ヤツぁ俺の仇でもあるんだぞ」



 サカキはそれまでのむさ苦しさから少し神妙な表情になり語りかける。



 「馬鹿にしてんのはアンタだろ。コレの相場、アタシがいくらか知らないとでも思ってるのかい?」


 「そうは言われても10万cって言ったら10万cだ。それにこれはもうお代済みなんでぃ」


 「錫乃介がーーかい?」


 「そりゃそうだろう。他に誰がいる」


 「そうかい、そういう事にしといてやるよ」


 「そういう事だ。マリー、俺達の仇ーーとってこいよ」


 「ああ、とれたらいいね……」


 

 その言葉を置いてトレーラーは戦地へ向けてエンジンを吹かすのであった。




 ………………



 


 『インターコンチネンタル上海ワンダーランド』では、1人のおっさんが一通りの準備を終えて、ホテルの屋上でテントを張って気象観測をしていた。


 “錫乃介様、今日はこの時間であの発達具合ですと希望薄じゃないですか?”


 ん〜、そうか〜。こんなのとっとと終わらせて、さっさと美味い飯食って、たらふく酒飲んで、若いねーちゃんとイチャコラ養分補給したいもんだねぇ。


 “この一週間、化け物退治の準備と気象観測しかしてませんからね”


 あと適当に作ったキャンプ飯な。元の時代にいた頃はキャンプ飯とかロマンあって楽しかったけどよ、毎日やってるとこんなに面倒臭くて嫌になるとは思わなかっぜ。

 乾燥豆トマト缶で煮て食って、乾麺茹でてトマトラーメンにして食って、干し魚齧って出汁にして乾飯食って、トルティーヤに缶詰め肉ほぐしてチーズのっけてピザにして食って、干しキノコのスープにリゾーニ入れて食って、干したナツメヤシしゃぶって乾パンにジャム付けて食って、おい、意外と充実してるじゃないか。


 “保存食の利用は天才的ですね。流石孤独のグルメマスターです”


 よせよ、おだてるな。ん? それってある意味ボッチマスターってこと?


 “言葉の真意は深読みし過ぎない方が時には幸せですよ”


 そっか。そう言われてみればそうだな。おっと、あちらから来るのはオバハンマスターマリーさんじゃないですか?



 電脳で強化した視力と気象観測用に購入した望遠鏡を使用すれば、50キロくらいはバイク一台でさえも見渡せる。単眼から覗く砂埃を見れば、おそらくあと1時間もかからずマリーはこちらに到着する事がわかった。

 気象観測用には望遠鏡だけではなく、温度計気圧計や蒸発計など一式を購入したがこれが意外に高くつき、全部で2,000cもかかった。


 残金2,580c


 

 必要になるかと思って買ったけどよ、別に気象予報を発表するわけじゃないから、正確な数字とかいらねえこと考えると、こんなの要らなかったな。


 “後の祭りですね。こんなの売ってもいくらにもなりませんし”


 ちくしょうめ。でもこっち来てからあれが足りねぇこれが足りねぇなんてなったら目も当てられないしな。



 ナビとグダグダ喋っていると到着してトレーラーから降りるマリーに屋上から手を振る。


 「お帰りオバハーン!とりあえず上がれよ。自分家だと思って」


 

 何なんだよ、アイツは……と呆れながらも周囲を見回すが対バケモノの準備らしい準備をしていたとは思えぬ代わり映えの無さだ。

 少し変わった事といえば、錫乃介が屋上でテントを張っていることと、ホテルが建つ立孔の底、つまり地底湖から穴の縁まで一本のワイヤーが張ってあったことくらいだった。


 

 「一体どうするつもりだい? このワイヤーがパンツァーイーターを倒す秘策?」


 「おうともよ。でもな、今日じゃないな」


 「今日じゃない? タイミングがあるのかい?」


 「そうさ。何事もお日取りって奴が大事なのさ。心配しなくてもあと2〜3日以内だ。間違いなくね」


 「いいかげんに話したらどうだい? その秘策ってやつ。アンタに頼まれて持ってきたミサイルとかワイヤー見てもさっぱりだよ。バケモノでも釣り上げるのかい?」


 「へっへっへっ、いい線いってるぜ。だけど釣り上げるのはヤツじゃあない。俺が釣るのは空からさ。

 さ、マリーは長旅でお疲れだろ、これでも飲んで下で休んでおきな。決戦は明日かもしれないぜ。英気を養っておきな」



 と、錫乃介はコロナビールもどきをマリーに放り投げる。



 「ったく、わざわざ屋上に呼びだしておいて……ぬるいし」



 もったいぶった錫乃介に少々苛立ちを覚えるも、確かに何時間も運転してここまで来たばかりのマリーは疲れていたので、言う通りにするのは多少癪に触るが下で休む事にする。コロナビールもどきの栓を口でガジリと開けると、ブッと王冠を吹き出しラッパで飲みながら。


 沈み始めた太陽と、背後からジワリと迫る夜の帷を肴に、錫乃介はぬるいビールを一缶ぷしゅりと開けるのだった。

 

 


 そしてそれは次の日の昼前であった。

 


 “来ましたね”


 そこは“始まったな”って言って欲しかったな。そしたら俺が“ああ……”って応えられたのに。さ、もう一度リテイク。


 “……”


 無視すんなや!

 

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