叫喚地獄

 次の日からエシャロットは資源維持のため暫くお休みすることにしたので、オアシス行軍を2周したのち、ランドマインアントを20体収穫、ドンキーホームに納品して仕事、帰宅というローテーションが4日続いた。

 そんなある日の夜、ドンキーホームの一室で2人の男が世間話の様に気さくな感じで会話をしていた。


 


「やぁ、矢破部。また密偵が出たみたいだね」


「あぁ、最近執拗にこの辺りを探っていたのが丸分かりの末端だろうから、始末したがな。3ヶ月前のスカウトの件からきな臭くなると思っていたが、その後動きなし。だがここ数日チョロチョロ目につく。またぞろ動き出したようだな。隣町、コンクレットの様子は?」


「うん、デイビッドによると完全に落ちているようだね。あそこは元々受電量は少なかったし、防衛力も弱かったから、仕方ないところはあるけど」


「とは言え、このままにしておく訳にはいかないだろう?」


「当然。だけど、まずはこの街の防衛配備の強化だ。面倒だなぁ」


「倦まず弛まずコツコツ兵器や物資を揃えて置いてよく言う」


「これらは商品なんだけどなぁ」


「一国を落とすだけのな」


「扱う人が足りないけどね」


「輜重・兵站・情報統括担当のヘッドでも人材は手が回らないか。だが、1人薹は立ってるが活きがいいのがいるな」


「錫乃介か。頭は悪いがメンタルは強い。兵器の扱いも慣れているし、最近身体も鍛えているようで、ガタイも良くなってきた」


「最適じゃ無いか」


「彼、2,020年の人間でね。何の因果か知らないが、この時代に飛ばされてきたらしい。そんな人間を闘いに巻き込むのはどうも哀れでね」


「人道的な内容の話に聞こえるが、突拍子も無い事言ったな。どういうことだ?」


「言葉のままだよ。錫乃介は過去から、ーーグラウンドスクラッチ以前、彼曰く2,020年の日本から、この時代この街に飛ばされて来てるんだ」

 

「確かなのか?」


「見なよ、この古銭と財布」


 と言ってショーケースに並べられているコインと財布は、とても130年以上の前の物とは思えない良い保存状態だ。特に財布は先程まで使っていたかの様な質感だ。


「コレクターでも無い人間が、さも日常的に使ってますという手付きで、ケツのポケットからこれを取り出して、文無しだから買ってくれって言ってきたんた。拾ったとは言ってたけど、そんな訳無いだろう?どこの品質保全倉庫からこれだけ盗んで来たんだ?どこの、普段から130年以上も前の物を日常的に、使えもしないコインを入れた財布を使用しているコレクターから奪って来たんだ?どう考えても、過去から持って来たとしか思えない状態なんだよ。その時の言動も含めてね」


「ふむ謎の男だな」


「そう謎なんだ。でもそれだけだ。彼自身はまだ短い付き合いだが裏表ない人間だよ」


「随分と買ってるな」


「ごめん訂正する。裏表とかそんな立ち回りができるほど器用でも、頭が良いわけでも、計算高い訳でも無い。何でもかんでも言い値で買ったり売ったりしてる。交渉の“こ”の字も知らない、実直といえば聞こえが良い馬鹿だ」


「随分と貶すな」

 

「話を戻すと、そんな馬鹿を巻き込むのは可哀想だなって思ってるのさ」

 

「その言われようの方が可哀想だ」


 

 

 そんなこんなで4連勤最終日、給与を貰って明日はトレーニングもリクエストも休む完全フリーの日と決めた錫乃介は、懐も温かい今晩はとことん食って飲むぞと夜の街に繰り出した。


 軍資金9,010c



 まずは飯と屋台市場でアレコレ食べる。ピロシキ、唐揚げ、ピザ、焼鳥、タコス、ビーフン、餃子にハンバーグ。最近トレーニングで身体はデカくなり、食べる量もどんどん増えている。代謝が落ちる年頃なのに、健康的にコレで良いのか?

 腹が膨れたら、節約の為に手を出していなかったBARに繰り出す。

 錫乃介はBARが好きだ。色んな酒を飲みながら、そこで見知った人と飲み友達になり、次から次の店へとハシゴ酒はしょっちゅうしたものだった。

 だが、この世界に来てからは、金も無いし生きていくだけで精一杯だった。何とか金銭的にはようやく余裕ができ、食事以外にも娯楽を1つ増やしても罰は当たるまい。

 そんな事で歩き回って目に付いた一軒のBAR。店名は『雨炎火先処(うえんかせきしょ)』勿論バラック小屋だ。


 

 物々しいネーミングセンスだな。こーいうヤバそうな名前の店って良くも悪くも個性的なんだよな。入ってみよう。


 “いいんですか?雨炎火先処って、旅人に酒を飲ませ酔わせて金品を盗んだ者、象に酒を飲ませて暴れさせて、多くの人間を殺傷した者が落ちる地獄の事ですよ”


 ……地獄の名前なのはわかった。そして前者な、これはわかる。旅人に酒飲まして盗むってな。介抱ドロみたいな。これはよくいるやつだ。だが後者は何だ?象に酒飲まして人殺す?レア過ぎだろ!そんな人材の受け皿も地獄はあるのかよ!日本に何人いるんだよ!インド、アフリカだってそうはいねーよ。

 

 “昔はいたんでしょうね”


 いや、いねーだろ。

 ちなみにどんな地獄なんだ?


 “Wikiより説明しますね。

 赤く焼けて炎を発する石の雨が罪人たちを撃ち殺す。また、溶けた銅とハンダと血が混ざった河が流れており、罪人たちを押し流しながら焼く。全身から炎を発して燃え盛る巨大象がいて罪人を押しつぶす。

 だそうです”


 だからなんで象なんだよ。象じゃ無くても良いだろ閻魔様。


 ともかく俄然興味もったわ。入ろ。


 

 分厚い鋼板の扉を開け中に入ると、様々なお酒のボトルが並び、そのバックから青白い鈍い光りが照らす。マスターらしき男は見上げる様な大男で白シャツにベスト、スキンヘッドにティアドロップのサングラス。口髭に顎髭、細い葉巻を咥えて拳銃を、──馬鹿でかいリボルバーを磨いていた。


 個性的すぎるぅ!

 何でリボルバー磨いてんだよ

 グラス磨けよ。

 こぇーよ。いきなりこれかよ。



「あ、サーセンお忙しいみたいですので、また今度にしま……」

 

 こちらが言い終わるか否かで響き渡るリボルバーの凄まじい爆音と幾度かの甲高い跳弾の音。


「座れ……」



“『スミス&ウェッソン モデル.500』一般流通では世界最強拳銃の一角だったこともあります。当たったら頭どころか、身体が吹き飛びます”


 でしょうね。あの人今それを片手で撃ったよ?


 

「そ、それでは、失礼します」



 と、端っこの席に座ろうとすると、リボルバーで、くいっと真ん中に座る様指示される。

 

 リボルバーこっちに向けんなや!

 こんな店なのに先客いるよ!しかも女だよ!マスターの女か⁉︎ 聞けねーけど。



 暗がりでわかりづらいが、女性の先客がいた。黒いワンピースに茶色のショートカットが背景に溶け込んでいた。


 

「何飲む」 


 と言って出された酒はバーボンだった。片手で栓を開け、金属製のショットグラスを出す。その間もリボルバーからは手を離さない。



 何するって聞いてるけど、ブッカーズ出して来てんじゃん!選択させる気ないっしょ!グラスに注いでるし!ドブドブ注いでるし!ってか、リボルバーを置け!リボルバーを!



 スッと出されたブッカーズは金属製のでかいショットグラスに並々注がれていた。



 違うから、グラスでかい時点でショットグラスじゃねーんだよ。しかもこのグラス、砲弾の薬莢を切り詰めたモンじゃねーか。このセンスは嫌いじゃ無いよ、でもね、量が多いんだよ量が。これ200mlは入ってるよな〜、何口径の砲弾だよ。

 ブッカーズは好きだよ好き。それは本当。でもね、60度以上もあるお酒を、こんなアクエリアスみたいには飲みたく無いなぁ。でも、そんな事言えないけどね!



 ブッカーズはバーボンウイスキーだが強い酒だ。通常のウイスキーやウォッカが40度に対して、ブッカーズは62〜63度ある。現代でも、一般的に流通しているバーボンでは最も強い酒だ。



「サービスだ……初客に出してる……」


 ありがた迷惑サービスぅ!


「ありがとうございます!頂きます!」


 と叫んで、持ち前のど根性で一気する。


 こーーーーー!喉が焼ける!腹が滲みるぅ!!

 だが!みろや、コレが俺の実力よ。ブッカーズなんて恐るるに足らず。もう無理っすけどな!



「別に一気しなくていい…」


 先に言えーー!


「チェ、チェイサーを……」


「先に飲み物を決めてからだ。さっきのはサービスだからな…」


 そう来たか。


 だがな──俺が潜り抜けて来た酒の修羅場はこんなもんじゃなかったんだぜ。



 リボルバーは管轄外だがな。

 俺はグッと腹に力を入れ、押し出す様に口を開いた。



 「ブッカーズもう一杯くれ今度はロックで、ソーダ水をチェイサーにな」


 マスターの眉がピクリと動く。するとようやくリボルバーをカウンターに置いた。



 今度はまともなロックグラスを出すと、氷を出し、木の桶の中で割り始めた。銃床以外でまともに木を見たの初めてかもしれない。

 ものの1分で丸氷を作ると、ロックグラスに入れ、バースプーンでステアしグラスを冷やす。一旦中の水を捨てる。ブッカーズを注ぎ、数周ステアをすると、スッとこちらに出した。追いかける様にソーダ水が、薬莢グラスに入って出て来る。



 バーテンダーとしての腕は間違いなくプロだ。プロの手付きだ。まぁ問題点はそう言うとこじゃ無いけどな!ナビの注告を聞いておくんだった。



「おい、この男ならどうだ?肝は座ってるぞ」

 

 と言って奥に座っていた女性に声をかける。すっとこちらに向けた顔は良く見る顔だった。



「ふぅ、良い男いたら紹介してとは言ったけど、錫乃介じゃあねぇ」


「なんとなくそうじゃねぇかと思っていたけど、やっぱりエミリンか」

 


 こちらに頬杖を突きながら、呆れた様な、詰まらなさそうな顔で一瞥してくる。



「なんだ知り合い同士か?」


「うちに登録してるハンターよ。新入りの」


「そうそう、まだまだ4ヶ月の新入りだ。手荒い歓迎ありがとうよ」


「これがうちの流儀でな。つまらん奴は帰って貰ってるんだ」


「おっそろしぃ会員資格だこと。少しはお眼鏡に叶ったかな?」


「思ったよりはな。エミリンの知り合いみたいだしな」


「エミリンのホームかここは?」


「仕事終わりに、1人で飲みたいときは良く来てる。変な男も来ないし」


「はは、女性1人で飲んでるとナンパもされやすいだろうからな」



 と言ったのが運の尽きだったか、エミリンの琴線にふれたのか、俺はナビの注告を無視した事を再び後悔した。



「そーなの、わかる?こっちは純粋にお酒を飲みたいだけなのに、すーぐに寄ってきてさ、どっか行こうよとか、相手しようか?こっちで飲みなよとか、言ってくるだけでもウザイのに、いきなり腕掴まれる事もしょっちゅうなの。アンちゃんとかウララちゃんとかいると、そういう男のあしらいが上手いから、あの2人どこでそう言うの覚えてくるんだろ?それで安心できるんだけど、私だけだとどうも流されやすくて、なかなか断れなくて、あ、着いてっちゃう訳じゃ無いから勘違いしないでね、そんな軽い女じゃないからね。んで、1人の時間を中々楽しむ事が出来ないの。ほら、女の子同士は勿論楽しいし、何時間でも話せるけど、やっぱり1人でお酒飲みながら物思いに更けたい時だってあるじゃない?そんな時にね、このお店を知ったの。入ったらさぁ、マスターは優しいし、お酒は美味しいし、なにより入店許可がいるから、変な男に声をかけられるどころか、そもそも居ないし、入って来ようとしても撃退してくれるし。だからね、このお店私のお気に入りなの。週5は来るかな?あ、でも錫乃介も許可がでたから、これから来るのか〜、いくら私と一緒に飲みたいからって、いちいち声かけてこないでね。知らない仲じゃないから、偶には相手してあげるけど、基本的にはそっちから声をかけるのはNGね。あ、でも安心して、だからと言って、錫乃介が入って来た時に無視して淡々とお酒飲むことができる程、私クールには徹せないから、多分声掛けちゃう。その時はちゃんとお話ししてね。無視しないでね。それで、この前ねマスターに良い男居ないかなぁって呟いたの。でも勘違いしないでね、いつもそんな事言ってるみたいだけど、BARによくいるじゃないそう言う寂しそうな女って。いつも良い男はいない?ってそればっかり言ってる女。そうじゃなくて、話の流れでたまたまそう言う話題になって、つい良い男いないかな?ってちょっとだけ、本当にちょっとだけ呟いたの。そしたらマスターね、ちゃんと聞いててくれたみたいでね、さっき錫乃介を、“この男ならどうだ?”って言ってくれたの。いつもそんな事してるわけじゃなくて、本当に錫乃介が初めてだったんだからね。ねぇ、聞いてる?」


「あぁもちろん聞いてるよ。わかるよ。エミリンも大変だな」


「え〜わかってくれるの!錫乃介の癖に!でもでも、聞いてこの前ね朝起きたときね、顔洗って歯を磨いて、髪を整えててから着替えて、あ、着替えてから髪セットだった。それから、アンちゃん達に会って……」



 俺はエミリンの話を聞き流しながら、マスターをチラリと見る。

 細い葉巻を吹かすマスターと目が合う。

 サングラスで視線はわからないが確実に目が合っている。



 俺はエミリンにチョイと目をやりマスターに戻す目配せをする(いつもこうか?)

 マスターの葉巻を咥えている方の右口角が上がる(まあな)

 俺は軽く頷く(あんたも大変だな)

 エミリンに気付かれ無いよう、マスターは葉巻を口からとると、煙と共に深いため息を吐いた(コレも仕事だ)

 葉巻はフィリーズのコニャックか、シガリロの定番だな。



「ね、聞いてる錫乃介?」


「あぁ、もちろん聞いてるよ。エミリンも大変だな。頑張っててえらいよ」


「ありがとう!私の事わかってくれるの錫乃介だけかも!」


 マズィ!俺だけに矛先が!


「そんな事言ったらマスターに失礼だろ」


 マスターのコメカミがピクリと動く


「そーだった!マスターごめんね!」


「……かまわない」


 マスターがチラリと俺を睨んだ(貴様!)


 そうはいくか(生贄にすんな!)


 それでね…… あ、マスター!バラン30年水割り!それでね…


 そうか、エミリンも大変だな


 でしょ、だから…… あ、マスター!マッカラン30年リミテッドヴィンテージロックで! だから……

 

 そうだね、エミリン頑張ってじゃん


 優しい!錫乃介!そんでこの前…… あ、マスター!ボウモア1974のやつ、トゥワイスアップで。そんでこの前……


 ああ、エミリンは悪く無いよ


 だよね!私ね…… あ、マスター!アルマニャックのラフォンタン、1940年のやつクラッシュアイスで。それで、私ね……

 


 そして、錫乃介は酔うこともできず、エミリンの会話は朝まで続いた。

 


 こころを無にしていた錫乃介は、ユニオンまでエミリンを送り、ゲルに戻って就寝するまで気付かなかった。



 あれ?なんで俺の奢りなの?


残金7,150c



 

 次の日ハンターユニオンのバックヤードでは、3人のアンドロイド達がいた。


「ねぇ、この前ね錫乃介にご飯奢らせたの。『酒と銃と男と肉』で偶然会ってさあ、ちょっとしおらしくしたら、コロッとしてさ、調子にのって口説いてきてウザかったけど、結構沢山食べさせて貰っちゃった」


「え〜実は私も屋台市場で偶然合って、案内してくれって言うからさ、10軒以上も廻らせて、ぜーんぶ奢って貰っちゃった!どっかに連れて行きたかったみたいだけど、そんな事させずにね」


「2人とも?私も昨日良く行くBARでアイツが入ってきてさ、一緒飲みたいって言うから、付き合ってあげたんだけど、良いお酒飲ませて貰って全部奢らせたわ。朝まで付き合わされたけど」


「ちょっとエミリン錫乃介と朝帰り〜?」


「やめてよアンちゃん、そんなんじゃ無いし、どうしてもって言うから、可哀想だから付き合ってあげただけ。代わりにちょっとだけ高いお酒注文したけどね〜」


「ってことは皆んなアイツに奢らせたのね〜かっわいそ、錫乃介く〜ん」


「そんな事思って無い癖にウララちゃん」


「そう言うエミリンだって、アンちゃんもでしょ〜」


「みんなのメッシーね!」


「「「キャハハハハ!!!」」」

 

 と3人の間を唐突に沈黙が支配する。



 最初に口を開いたのはエミリンだった。


「何かちょっと」


 次にアンシャテ


「うん、本当にちょっとだけだけど」


 そしてウララ


「みんなも? 私も」


 「「「なんかムカつくわね、錫乃介!」」」



 火のない所に、煙が立ち上がっていたことを、錫乃介は知る由もなかった。

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