月の砂漠と次の鯖食う

 夕日に照らされながら、街に戻ってハンターユニオンに向かおうとするとナビが“今日はユニオン閉まってるはずですよ”と言ってくる。そう言えば2〜3日前からそんな張り紙してたな、と思い荷物をゲオルグに預けてから、今夜の飯屋を探す

 今日は肉だなと『酒と銃と男と肉』久しぶりに来店する。もう4〜5回は来ている。初めて来た時みたいに、アホみたいにドカ食いバカ飲みしなければ20〜30c程度の安いお店だ。今日はまだ他に客は居ない。大型旋盤のテーブルに着き。デミブルのナックルというモモの部位のステーキ400gと赤ワインのボトルを注文。

 料理を待ってる間、ナビと脳内会話をしていると、1人の女性が入ってきた。紺のワンピースにテンガロンハット、腰まである長く青い髪、お腹のあたりに巻かれているベルトが身体のラインを強調して、スタイルの良さがわかる。

 

 「あら、錫乃介さん」といって隣に腰掛けてくる。帽子を取るとアニメ調の顔をしたアンドロイド、ウララだった。

 

 「ヨゥ、こんな所で会うなんてな」



 軽く挨拶してるが、緊張感が走る。またどこで地雷を踏むかヒヤヒヤするからだ。



 「ここは良く来るの?」

 「もうというか、まだというか、この街に来て3ヶ月くらいなんだけど4〜5回ってとこかな」

 

 「もう、常連さんですねぃ」と、店主が間の手を入れてくれる。


 「お、常連認定サンキュー。ウララは?」

 「お肉とか食べたくなる時にね。私達アンドロイドは偶にご飯食べて大腸を動かさないと、栄養剤だけじゃ弱ってしまうの」



 それはあれか、大腸菌に栄養与えて生かさないと自我が云々。



 「酒は飲めるのか?」と聞きながら赤ワインを差し出す。

 「あら、良いの?いただくわ、ありがとう」



 今日はどうした?雰囲気がまともというか、大人な良い女に見える。あれか、エミリンがいないからか?

 

 チン、と音を立てワインを飲む。



 「なんか、今日は雰囲気違うな」

 「それはプライベートだし、仕事中は気を張ってるから」

 

 どこがや!今までその仕事中まともな扱いされてねぇぞ俺。


 「どういう風に見える?」

 

 面倒臭い事聞くなや。


 「ん?良い女に見える。口説きたくなるくらいな」

 「あら、それって仕事中の私は口説きたくならない?」

 

 あたりめーだろ!


 「口説くときは2人の時って決めててね」

 「キッザ」

 「ロマンチストと呼んでくれ。ウララはなに食べんだ?」

 「錫乃介のを貰うから」

 「たかるなや」

 

 そんな、とても今までの2人とは思えない程まともな会話のキャッチボールが続き、待望の400gステーキが出てきた。


 「凄い、どっちが縦だか横だかわからないくらいの分厚さね」

 「これをガツガツ頬張るのが醍醐味なんよ。この大量のマッシュポテトもな」

 「いただきます」

 「ナチュラルに食いやがって」

 「美味しい」

 「良かったけど、味わかるのか?こんな事言ったら失礼かもしれないけど」

 「味の分析は出来るから、どういうのが美味しいかデータを集める事でわかってくるの。このお肉だったら、柔らかさとか、塩分の量とか、アミノ酸の量とか」

 「そう言えばアンシャテもそんな事言ってたな」

 「ふふ、アンちゃんが何て言ったか聞いたけど、実はあの子が1番私達の中でグルメなの。料理してるからね」

 「まぁ、自分から私グルメなんです!とは言わないよな」

 「そうじゃなくて、錫乃介さんに食事に誘われるかも、って思って遠回しに断ったらしいの」

 「誘ってねぇし、誘うつもりもなかったし。おっさんは自分の立場良く分かってっから。可愛い子見てるだけで充分なのおっさんは」

 「私達ってどうしても色恋に話が流れがちなのは、そういう乙女回路って言うシステムが組み込まれているみたいなの。セクサロイドとしてのクオリティを上げるためらしいけど。

 普段はそんなのが表にでないんだけど、錫乃介さんと向かうと、皆んな何故かそれにエラーが出てくるようなの。いつもごめんなさい」

 

 おいおい、ホント今日どうしたの?今の状態の方がエラーなんじゃ無いの?

 

 「ああいうのも、なんだかんだ楽しいさ、嫌いじゃないよ。ってか調子狂うから止めろよそういうの」

 「今度は錫乃介さんがエラーかしら?」



 と、微笑みながら首を傾げるウララ。

 


 かーーーーっ!そりゃ、オメーの方だろ!

 キャラ違い過ぎだろ!

 

 「美女を隣にエラーを起こさない男なんていないさ」

 「どっから、そんなセリフ覚えてくるの?」

 「アニメ漫画ゲームかな」

 「映画小説舞台劇じゃないのね」

 「当たり前だろ。こちとらオタク国家の日本男児だぜ」

 「スクラッチ前にあった国ね。そこの子孫って事?」

 「まぁな」


 本当はリアル日本人だが。


 そんな話をグダグダしながら、他にも追加注文をしていった。


 

 「さ、食べ終わったし帰ろうぜ」

 「ええ、楽しかった」



 と、食事を終えた2人はお店を後にした。もちろんウララはユニオンに送っていった。



 あれ、俺なんでアイツの分も払ってんだ?


 残金1,265


 

 あくる日、早朝トレーニングを終え、ハンターユニオンに赴く。

 いつものヨッ!と受付嬢に挨拶した後、ウララだけに軽くウィンクすると、顔を逸らして少し俯いた。

 ふっ、落ちたな…

 “気味悪がってます…「黙りねぃ!」



 ナビを一喝して黙らせ、リクエストカウンターでワイルドエシャロットと昨日ハントした蟻地雷20体とカラシニャコフ4体を納品してからモーニングセットを食べる。

 今日はホットドッグにザワークラフトとミネストローネだ。ミネストローネにはちゃんとリゾーニが入っている。リゾーニは米粒みたいなパスタだ。美味い。さすがアンシャテだ。



 ワイルドエシャロット50c

 蟻地雷20×50=1,000c

 カラシニャコフ4×200=800c

 モーニングセット7c

 

 収支4,108c



 久々の大金にワクワクするが、今日はドンキーホームで仕事だ。でも、蟻地雷で1,000c稼げるように…いやいや、無限に蟻が湧く訳じゃ無いし、いつ蟻塚が無くなるかだって知れたもんじゃない。そういやエシャロットもそろそろ取り尽くす前に収穫止めないとな。って事を考えると安全に収入があるラインは残して置くべきだ。世話になってるし。

 そんなことを思いつつ、いつも通り銃器の整備をし、昼にはケバブを食べて、作業に戻ればあっという間に終業時間だ。

 事務所で給与を受け取ったら250cに昇給していた。

  


 「何も言わなくても昇給する会社ってオリエンタルなランド以外で初めてだわ。こんな一度崩壊した地球にある、国ですら無い街の、企業とも言えない倉庫に毛が生えた程度の商店で、4ヶ月で2回も昇給するなんて、しかも何も言って無いのに、もう、驚き過ぎて、一生付いて行きます、って言いたくなる気もするけど、やっぱ言うのやめといた方がいい感情が生まれてくる、でも感謝する職場なんて初めてだ!」

 「今、弊社のこと愚弄した?いや、最終的には褒めたかな?でも愚弄したよね」

 「いや、俺さ前の時代の時、色んな仕事したのよ。そりゃゴミ回収や水商売、風鈴売りに土方に事務処理キーパンチャー、ドアボーイにピザ屋の配達、電話取りにヒーローショー、役者にモデルにアイドル、あ、ごめんモデルとアイドルは嘘ぴょん、まぁ、20種はしたよ。でもね、何も言わなくても昇給したの、オリエンタルなネズミの遊園地だけだったよ」

 「うっざいなぁ。話逸らそうとしてるけど、弊社のこと愚弄したよね。別に良いけどさ。一応君の仕事ぶりは評価してるつもりだよ。ありがたく思い給え」

 「ヘっヘっへっ、すいやせんね、しゃちょー、ちょーちょーさんが良いですかぃ?」

 「偶に出てくる君のそのキャラほんとウザいよ。僕ちょー忙しいから早く出てってくれないかな?」

 「へへっ、では失礼しやっす!」

 

 収支4,350c


 

 ゲルに戻り30キロの背嚢背負って日課のオアシスジョギングをする。疲れはするが、特に今夜の様な風の無い月夜には、波の無いオアシスの水面に映る月の輝きは美しく、そして幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 月と砂漠とオアシス。この光景を見ながらのトレーニングは悪くないものだった。


 ”そして、それに浸っているロマンチックな自分も好きだった”


 黙りねぃ!


 ナビを一喝して黙らせた後、今夜はサウナに入ってから屋台市にいった。時刻はもう遅く21時を過ぎていた。それでも屋台の明かりは煌々と輝き、火蛾のごとく客は集まっていた。

 今日は何しようか決めていない。あたりを見ながら歩けば、他人にぶつかることもあるだろう。

 やはりというか当然というか、他人ぶつかり、キャッという声に、“すみません余所見をしてて”と振り返れば、赤髪ツインテールの見知ったアニメ調の顔であった。小柄な体型にレースの入った白いブラウス、黒のゆったりとしたボトム姿が良く似合う。

 


 「ごめんアンシャテ。こんな時間からご飯かい?」


 と言ってから、先日この娘に“キモおじ”呼ばわりされ、涙を流させられた記憶が新しい。ウララ曰くその発言自体がエラーらしいが、ここは万全を期して第一級の警戒心を放つ。


 「私はいつも終わりはこの時間です。あ、でも今日はちょっと遅いかな?錫乃介さんこそ、今から食事?」

 「俺はそうだけどこんな時間まで働いているの?」

 「それはモーニングの仕込みとかしてるしいつもの事。ユニオンは職場だけど家みたいなもんだし」

 「働かされてるとかってわけじゃ無いんだね」

 「えへへ、心配してくれてるんですかぁ?そんな事ないから大ジョーブ!ありがとうございます、お優しいんですね…」


 可愛いく微笑むアンシャテだが、先日の事から錫乃介は素直に受け取れないでいる。


 「問題ないなら、良いんだ。じゃ、飯屋探しに行くわ…」

 「錫乃介さんはこの屋台市場は制覇しました?」

 「うん?いや、ほぼ毎日来てるけど、まだ制覇はしてないな。半分くらいじゃないかな?」

 「それじゃあ、この屋台市マスターの私が知る人ぞ知るディープなお店達を案内してあげますね!」

 「え?俺普通に焼鳥とか肉まんとか…」

 

 と、その刹那、今まで笑顔だったアンシャテの表情が能面の様な顔付きになった。

 

 「私の誘いを、この私が、貴方みたいな、キモおじゴキブリサナダムシを…」


 まずい!!!


 「どこどこ、ディープなお店って?ね?おじさん教えて欲しいなぁ!ね、アンシャテに教えて欲しい!お願い教えて下さい!私にディープな知る人ぞ知るお店をね、お願いだから!」

 


 永年の氷塊が溶け出すが如く、アンシャテに笑顔が戻る。



 「それじゃ、行きましょ!」

 

 こいつ、地雷どころの騒ぎじゃないっすよぉ!矢破部さーん!

 

 

 「さ、まずはここ見た目グロいんですけど、美味しいんですよ」

 「いきなりヘヴィなのいくつもり?」


 と、購入すると、お皿に出されたのはハチノスの塩茹でだった。イタリアンでいうトリッパである。

 

 「トリッパか、俺これ好きだよ」

 「知ってましたかぁ〜」

 「いや、この時代…じゃなくてこの街に来て食べるのは初めてだよ。この塩茹でタイプ食べるのも初めてだよ。普通トマト煮込みだからね」

 「そうそう、でもトリッパの1番美味しい食べ方はこれだと思います。単純に柔らかく塩茹でしてお皿に取り出し、エキストラヴァージンオイルと粗挽き胡椒と粗挽き岩塩をかけるだけ!どうぞ!」

 

 どうぞ、って金払ったの俺なんだけどな…


 「うん、美味い!柔らかい中に独特の歯応えと癖のある旨味を感じるよ」

 「うん、やっぱ美味しい!そう、ただ柔らかく煮れば良いわけじゃ無いの。すこーし、食感を残すのがこの店のポイントなのよね。そしたら次のお店ね」

 「おい、まだ食べてんだけど!」

 「早く早く!夜が終わっちゃいますよ!」

 

 と、口の中にハチノスを詰め込んだままで手を引かれる。アンシャテも片手にハチノスだ。

 

 「次はここです!」

 「これはチーズだな。色んなチーズがある」


 そこには丸いカーリングに使うストーンの様な形をした、様々な色のチーズが並べられていた。

 

 「チーズはチーズでも、ここにあるのは、ぜーんぶゴーダチーズなんです!」

 「ほー、チーズだけでも世界に無数の種類があるのに、ゴーダチーズだけでこの種類かぁ。この店尖りに尖っているな」

 「ここでは、もちろんチーズそのままでもいいし、グラタン、リゾット、ホットサンド何でもやってくれるんです。でも今日はまだこの後あるから、チーズポテトを買いましょう!」

 

 なんか、テンション上がってるよな〜

 でも、まぁチーズポテトシンプルだけど美味いな。チーズにバジルが練り込んであるわ。


 「美味しい!シンプルイズベストですね!それじゃ次」

 「俺まだ食べてんだけど」

 「朝日は待ってくれませんよ!」



 「次はこれ!面白いでしょ。色んな具材ごと別々に串が刺さって、出汁に浸かっているんです。それで、好みの具材を注文してたべられるんですよ」

 「これ“おでん”じゃねーか、俺の祖国の料理だよ」

 「ムムム!やりますね!おでんを知ってる人はなかなかいないんですよ。錫乃介さんは日本人の子孫でしたか!」

 「まぁな」


 リアル日本人だがな。おでん知ってる人がいないって鰹節も昆布もこの辺じゃ手に入りづらいだろうからな、そりゃ珍しいわ。

 

 「でも、味はまた違うと思いますよ。私のおすすめはコレとコレとコレと…」

 「頼みすぎだわ、ったく。にしても懐かしいな。なんか出汁の味が祖国と違って、鶏ガラスープだし、つみれが豚肉だし、大根の代わりにラディッシュだけど美味いわ」

 「美味しかったですね!それでは、次の店行きますよ!」

 「俺、まだ食べてんだけど」

 「夜は短し食せよ乙女、です」

 「恋しろよ」



 「次はここです!これすごくないですか!」


  そこには、頭をとり開いて焼いた魚が丸ごと一匹フランスパンのようなバケットに挟まった馬鹿でかいサンドイッチがあった。


 「ああ、バルックエキメイ(サバサンドイッチ)な」

 「なんで、知ってるんですか!!」

 「昔職場のとなりがトルコ料理屋だったんだよ」

 「今は亡き国家、トルコの料理だったんですね!くぅ!侮れませんね、錫乃介!」


 さんを付けろよ、このツインテールが。


 「美味いな!サバじゃなくてオアシスのよくわからない魚だが美味い」

 「でしょ!サバじゃないバルックエキメイは初めてでしょ!」

 

 別に構わないけど敬語忘れてるぞ。ってか、コイツ食べ物の美味しさがアンドロイドだからわからないって俺に言った自分設定も忘れてるな。


 「さ、次は…」

 「まだ、食べてんだけど俺」


 このやりとりを何回しただろうか?この後何軒も周り、ようやくユニオンに引きずって見送った時には、もう喉から食べ物が出そうであった。



 あのさ、俺全部奢らされてね?


残金4,210c

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