始まってますよ、とっくに。 気づくのが遅すぎた

 とある所で煙が立っていることなど露知らず、休日は昼まで寝て過ごし、夕方オアシスを散歩していた時である。

 アスファルト隔壁の上部に幾人もの人がいた。大砲を取り付ける作業だろうか既に何機もある。有線の通話機でやりとりをしながらしているその姿をボケっと見ていると、背後からかけられた挨拶は聞いた事のある声だった。



 「やぁ、またここで会ったね。散歩かい?」

 「あぁ、今日は完全にオフに当ててね。トーキングヘッドは見廻りか?」

 「そうだよ、あの工事進捗の確認だよ」

 「何やってんだ?補強工事か?」

 「そう、それと防衛力強化さ」

 「戦争、始まるのか?」

 「どうだろうね、相手次第かな。スカウトの連中が最近うろちょろと多くなって来てさ、こちらも無策のままでいる訳にはいかないからね。

 この街の防衛力はちっとやそっとじゃ揺るがないけど、一朝有事の際の万全の策は構築しておかなきゃね。相手もどんな策を持って侵攻して来るかわからないし」



 そう言うとトーキングヘッドは隔壁の上を仰ぎ見た。



 「町長として、か?そうじゃ、無さそうだな」



 その姿を見た錫乃介は問う。

 町長としての義務か責任感かわからないが、ある種の決意の様な雰囲気を出しながら、トーキングヘッドは口を開く。



 「そうだねぇ。この街はね僕と矢破部、山下、ゲオルグ、先代ユニオン支部長帆馬五人で築いたと言っても過言では無い自負があるのさ。侵略してくるような野蛮人共に好きにはさせないよ」

 「山下ってラオウ山下さん?それにゲオルグってゲルのジジイ!がこの街を築いた⁉︎」

 「気付いてないみたいだけど、ドンキーホームは兵站、ハンターユニオンはアスファルトの受電設備、あのゲルは守備隊の宿営地だったんだ」



 少し呆れた顔をしながら街の重要設備を口にする。



 「き、気づかなかった…」

 「その頭がイマイチなところは嫌いじゃないけどさ。僕ら五人はあの受電設備の技術者と守備隊の生き残りなんだよ。帆馬は戦争で死んだけどね」


 少し過去を思い出す様な表情になる。丸眼鏡に隠された瞳は、中空を覗いている。帆馬という者の事を思い出しているのか。

 


 「そんな話俺にしていいのか?」

 「隠す事なんてないさ。この街に昔からいる住人ならみんな知ってるよ。僕の本名が“千頭話(ちずわ)”でトーキングヘッドは昔のあだ名。今はヘッドって呼ばれてるってことも」

 「ヘッドか、そっちの方が呼びやすくていいな」



 ヘッドは錫乃介に顔を向けると、呆れ顔のまま、それでいて真剣な眼差しでこちらを見る。



 「呑気な事言ってるけど、いいかい、君は進退を考えた方がいい。戦いが始まったら街から出られなくなるよ。水門は閉めるからね」

 「戦いか…この街の兵力はどのくらいだ?」

 「そんな事詳しくは話せないよ、でも兵器の数は今まで見てきただろうけど、街にもドンキーホームにも沢山あるよ」


 兵器の数は…か。


 「既に街の中にスパイ、例えば戦車売ってる店がテロ行為を働く可能性は?」

 「そこも詳しくは話せないけど、その辺は守備隊の生き残りがマーケットの店員だったりして、なんやかんやで情報が入ってくるから大丈夫」



 錫乃介に背を向けながらヘッドは言葉をかける。



 「君はこの街の、いやこの時代の人間じゃない。この街に残る義務も必要性も無い。この街は恵まれている反面、戦いに巻き込まれやすい。他の平和な街に旅立つのか、この街で死ぬか、どう生きるかは君の自由なんだ。考えておくといいよ」

 


 そう言い残し、市街方面へ去って行った。


 と思ったら途中で振り返り

 「機関銃の残金は死んでも払ってもらうからね!」

 と、大声叫んでいた。



 しまらねぇな、と思う錫乃介の顔をあと僅かで沈み切るであろう夕日が、それは真っ赤に赤く赤く染めていた。





 

 ヘッドと別れたその日の晩、サウナを出た錫乃介は、湯上がりの真っ赤に火照った顔を冷やす為と今夜の食事を求めて屋台市場へ赴く。



 今日は二日酔いだったしお腹に優しい粥にしとくか、といつも朝粥を食べているお店の鳥肉粥を注文する。ドラム缶テーブルに着き、粥を啜りながら先程ヘッドに言われた言葉を思い出す。



 ナビ、どうするのがベストかね?彼らには世話になってる。この街には愛着が湧いてきた。でも、死ぬのは嫌だ。大概の事は死にゃしねーからで乗り越えてきた。でもこの世界に来てからは、一歩間違えればすぐ隣に死が付きまとってるせいか、どーも戦争というものに、リアリティが生まれてきちまってさ。

 前の時代にいた頃は、戦争なんて海の向こうの話しだったからよ、どんだけ激化したって他人事だった。でも、今は違うんだ。


 “私からの答えはお分かりでしょうが、第一は錫乃介様の意思に従います。そして錫乃介様の命を優先する事も同じレベルです。

 それを踏まえた上で私の意見を述べさせてもらってよろしいですか?”


 頼む


 “この街を出ましょう”


 だよな、その心は?


 “侵攻側の目的は受電設備とオアシスです。ですから手に入るまでは、迫撃砲などの対地ロケットなどは撃って来ないでしょう。オアシスに毒を流す事も考えにくいです。ですが、もし相手側が敗戦の兆候が見えたとしたら?”


 何するかわからないってか?

 

 端的に言えばそうです。いいですか、錫乃介様の時代、21世紀は非人道的な戦争が無くは無いですが少なかった。ですがそれは20世紀に2回の大戦を経て、数々の戦時国際法ができ戦争に対する法規が倫理の様なものが生まれたからです。


 ハーグ陸戦条約

 ジュネーブ諸条約

 国際連合憲章

 核兵器軍縮決議

 ローマ規定


 これら戦時国際法は錫乃介様の時代に出来たものなんですよ。それでさえベトナム戦争では、核兵器が使用されなかったから良かったレベルです。戦場では描写するのも疎まれる残虐行為が行われています。

 

 今はその戦時国際法すら無い時代だと言うことだな。


 “そうです。戦時は19世紀以前の世界と同等かそれ以下の倫理観とみた方がよいでしょう。

 とするとアスファルト側に勝利が傾くほど、相手は何をしでかすかわかりません。

 対地攻撃はもちろん、毒ガスだって迫撃砲で放り込むことが出来ます。潜んでいた間者がオアシスに毒も流す事も考えられます”


 ナビが考える戦争の流れは?


 “相手の戦力がわかりませんが、アスファルトと同じくらいと想定します。

 まずは戦車砲などによる射撃で隔壁を崩しに来ます。もちろんアスファルト側も隔壁上部にある要塞砲で応戦するでしょう”


 あの要塞砲あれば、そうは抜けないんじゃ無いか?


 “そうでしょうね、ですが損害覚悟で突き進むでしょうね。その後は地雷原”


 蟻地雷か。


 “はい、リクエストが終わった後も、ずっと買い取っていました。普段から使い道はあるのでしょうが、それ以上に買い取っていたかと考えてます”


 そこまでは良いと。


 “はい、敵もそこまでは想定しているかと思います。スカウトが何人も入り込んでいるそうですから”


 そこからは対地ロケットの応酬か?


 “恐らく。こちらもあちらも、対地ロケットで遠距離からの攻撃。無線誘導が使えませんから、大雑把な狙いでありったけの弾を撃ってくるでしょう。勝敗はどちらも痛み分け”


 今の、瓦礫とバラック小屋だらけのアスファルトを見るとそう答えが出るわけね。


 “はい、その後もし相手に進軍能力が残っていれば、この街に侵攻して市街地戦、なければ撤退。そしてまた時期を見て戦争。それがこの街の歴史です”

 

 もし、受電設備破壊しちまったらどうすんだ?


 “どうにも。その頃には敵も目的が変わっています。過去の人間の戦は皆そうです。土地を奪う為から相手を蹂躙する、に変わっています。ほぼ全ての戦争がそうです。歴史書を紐解けばそんな事実ばかりです”


 ナビはそう言ってから言葉を続けた。


 “街を出る、それが錫乃介様の命を守るための最善の答えです。今ならあのジャイロキャノピーで砂漠も越えられるでしょう。錫乃介様は体力付きましたから”


 わかった、準備でき次第街を出る。

 明日から旅立つ準備だな。


 “具申のご採用ありがとうございます”



 進退を決めた錫乃介は、ヘッドや矢破部さんや受付嬢達に伝えなければならないぁと、ゲルに帰るのであった。




 残金7,110

 

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