オバタリアン

 朝のうちにトレーニングを終え、ランドマインアントを20体収穫し、迷彩服から普段着のロングオーバーシャツに着替え、ドンキーホームへ出勤する。

 いつもの様に銃器の手入れをし、終業時間となったため、蟻地雷の売却と給与を受け取りに、事務室に行こうとした時の出来事であった。


 蟻地雷が入った背嚢と土嚢袋を持ち上げようと屈んだ瞬間、真横からコメカミに銃を突きつけられた。

 そのまま静かに両手を上げる錫乃介は、全く気配を探られる事なく、この倉庫の奥にある作業場に侵入して来たこの人物に対し、間違い無くプロであると悟った。下手に抵抗はしない。



 「事務室の扉を開けてもらおうか」

 「え?何なになに?」

 「騒ぐな。ただ事務室の扉を開けるだけでいい」

 「は、はい、て、ていこうしないからうたないで!」

 「騒ぐなと言っている」

 「す、す、すびませユん」



 くぐもった機会音声が聞こえる。錫乃介はおどおどしながら、抵抗の意思を見せない様に“撃たないで”と呟きながら、ゆっくりそろりと荷物を下ろし、事務室に向かってガクガクした足で歩き始める。



 “錫乃介様、(わかってる、皆まで申すな)

 “違います。演技がやたら上手いのは置いといて、なんやかんやの後、相手の下顎を必ず撃ち抜いて下さい”


 成る程、自害防止ね。了解



 バーンやデイビッドはどこに行ったのだろうか?まぁ、いないタイミングで侵入したのかな?と思いながら事務室の前に来る。ジェスチャーをして、ノックして扉に声をかけて良いか、侵入者に許可を仰ぐ。

 この時初めて相手の顔を視認したが、覆面とゴーグルでわからない。持っている銃は短機関銃だった。


 “イングラムM11ですね。サプレッサー付きの”


 ど定番だな。その分信頼性があるけど。


 “民間にも多数流通した名短機関拳銃ですよ”


 “犯罪にメタクサ使われて、規制かかるくらいな”



 ナビとの会話はほんの一瞬だったが、侵入者は顎で早くしろと示す。



 「と、と、トーキングヘッド“さん”、お疲れ様です。今日の給与貰いに来たんですが、入って大丈夫でしょうか?」

 


 中でゴソゴソ音がしてからトーキングヘッドの声で返事が戻ってくる。



 「ちょっと待って〜はい、もういいよ。ボタン押して開けて」

 


 錫乃介はオドオドしながら侵入者にジェスチャーで右の壁に溶け込んでいるパネルを指し示す。

 


 侵入者は俺に押せと示す

 立ち位置は良いポジションだ

 俺は素直に、パネルを空けボタンを押す

 パカリと開く床

 侵入者は下界に落ちる

 俺も笑顔で一緒に落ちる

 スローモーションを見ている感覚だ

 スタッと着地する俺

 敵も然る者体勢を崩しながらも、以前の俺の様に尻餅は付かない

 さすがだ

 が、その体勢を崩した一瞬は、落ちるのがわかっていた俺に対しては命取り

 ロングオーバーシャツに隠れた背中のホルスターからシグザウエルを引き抜く

 迷いなく侵入者の右下膝を撃ち抜く

 侵入者は崩れ落ちながらもイングラムを撃とうと構える

 俺の中段回し蹴りでイングラムは吹っ飛ぶ

 侵入者はそのまま膝を着く

 一回転した俺はまたも侵入者の顔面を渾身の回し蹴りで蹴り飛ばす

 半回転した敵はそのままうつ伏せに倒れる

 背中にのって片腕を背中に回して肩を決める

 下顎にシグザウエルを突きつけ撃ち抜く

 鮮血が辺りに散る

 侵入者の意識は無い

 死んでは無さそうだ



 なあナビ、下顎撃ち抜いたけど、尋問どうすんだ?


 “今時尋問なんてしませんよ。拷問だの自白剤だの無駄に時間かかりますからね”



 とその時“ご苦労様、お見事お見事”とヘッドが穴の上から覗いてパチパチと拍手をしている。

 


 「大丈夫か?他に侵入者がいるかもしれないぞ」

 「大丈夫じょぶ。バーンとデイビッドが見てるから」

 「こいつどうする?」

 「とりま、矢破部に連絡するよ。取調べはデイビッドがやる」



 と、デイビッドが何処からともなくやってきて、手の平サイズの小さい拳銃の様な物を侵入者の首筋に当て、引金を引くとプスっと音がする。



 「今のは?」

 「筋弛緩剤の一種です。麻酔みたいなもんですよ。これで意識戻っても当分動けなくなります」

 「デイビッド、賊のブレインハックを頼む」

 「任せてください」



 ブレインハック?何となく字面で分かるけど。


 “ご想像の通り脳をハッキングして必要な情報を取り出します、電脳を介してね”


 だから、下顎撃ち抜いて良かったんだ。にしてもブレインハックか、背中がムズムズするな、おーこわ。



 ブレインハックに怖さを感じたアピールをするが、賊の下顎を撃ち抜いた事に、何も感じなかったことに対しても、錫乃介は少しばかり自分に恐れを感じていた。

 

 “では”と言って、デイビッドがズルズルと賊を引っ張って奥の扉に消えていく。それを見送った後、上から声がかかる。

 

 「錫乃介、今日の給与だよね、上に来なよ」

 「あ、蟻地雷もあるから今持ってく」



 下の倉庫に戻って、背嚢と土嚢袋を担いで再び事務所のある三階へ向かう。もう床は元に戻っている。



 「暗殺者、だよな?」

 「どっからどう見てもね」

 「初めて落とし穴がまともに役にたったんじゃないか?」

 「1回目が君、2回目が君と暗殺者って、やっぱり君は落とし穴好きなんだね」

 「そうだな、俺もそんな自分初めて知ったよ」

 


 馬鹿されるが、軽口で返す。



 「俺の合図わかったか?」

 「突然“さん”付けに敬語、ノックもお疲れ様ですの挨拶も、全て今まで無かったからね、違和感ありまくりだったよ」

 「そう言われると、俺って無礼者みたいだな」

 「違うのかい?」

 「敢えてやらないだけだ。だいたい防犯カメラくらい付いてたら、こんな周りくどい事しなくていいのに」

 「防犯カメラ付けててもずっと見てる人間が必要じゃないか。ま、その話は置いといて、お手柄だね、今日の給与は色を付けようと思ったけど…この前のブローニング代の残額7,000c、チャラでどうだい?」



 と、それを聞いた途端、錫乃介は目の色を変え、腰も低くなり、揉み手をして、声色も変わる。



 「いいーんですかぃ、しゃちょー、いやーさっすがしゃちょーでちょうちょーだ!2足の草鞋は伊達じゃねーーってことですかい!」

 「また、始まったよ。僕の命は安く無いからね。さ、ウザくなって来たから早く出て、これからあいつを調べなきゃ」

 「あっざーーーーーーーす!んじゃ、お邪魔なアッシはこれで…」

 


 と、出て行こうとすると、デイビッドがもう戻って来ていた。ブレインハックとやらは終わったのだろうか?デイビッドの後ろにバーンと矢破部も一緒来ていた。


 

 「勢ぞろいかーー。錫乃介、どうせならデイビッドの話しを聞いて行きなよ」

 

 そして5人で事務室のパイプ椅子で各々雑多に座るとヘッドが口を開く。


 「デイビッド、どうだ?」

 「唯の鉄砲玉では無かったですよ。とは言え幹部って程でもなかった。ですが、我々が欲しかった最低限の情報以上の物は手にできました」


 まぁ、そうだろうな。あの身のこなしは、そこらの一兵卒じゃないけど、幹部がわざわざ1人で暗殺に来るとは思えないしな。


 デイビッドは続ける


 「敵は北東部から徐々に進軍して来ています。現在は北の隣町コンクレットに駐留。特徴は、通常進軍は攻め落とした国や街等を傘下にし、その勢力地を広めていきます。

 ですがこいつらは、街を落として食い荒らしたら、また次の街に移動し食い荒らす。この繰り返し。国や本拠地を持たず、移動しながら戦争を続ける武装組織と言えばまだ聞こえがいいかもしれませんが、実際はバッタの大移動、蝗害と一緒です」


 迷惑この上ないな、と矢破部は呟き、名は?と聞く


 「『ラストディヴィジョン』」

 

 ………。


 事務室を沈黙が支配する


 皆の顔は呆れ、苦笑、微笑、俯き、大体言いたい事は1つだった。


 「だっせーよ」


 最初に沈黙に耐えられなかった俺は、ひと言大きめの声で呟いてやった。

 

 「本当だね、何?未だにナチスとか引きずってるお馬鹿がいるのかな?“我々こそが最後の大隊。血の一滴流し尽くすその最後まで闘うぅ!”とかやってんのかな?こいつらは大隊じゃなくて師団を自称してるけど」

 「恥ずかしい奴らでも無視出来ない戦力なんですよね」


 ヘッドの後にバーンが続いた。


 「そうですね、どうやって軍に編成したかわかりませんが、機獣部隊300、そしてヒューマノイド部隊100、戦車やテクニカル(武装自動車)などの戦闘車両が合わせて30台程」


 「機獣部隊は謎だが、その辺りはまだ対処出来る。問題の対地ロケット持ちは?」


と矢破部が聞く


 「ヴァルキリー自走40連装ロケット砲が10台」

 「それは大問題だね。ウチも対抗できるくらいの兵器はあるが、何といってもここは街全域が的だからね、当てずっぽうで打ったってどっかに当たっちゃうね。迎撃兵器いっぱい買って置いて良かったよ」

 

 ヘッドは務めて明るくというより、普段のペースを崩さず言葉を吐く。その姿にバーンが提案する。

 

 「水門を早めに閉めましょう。刺客も出た事ですし」

 「そうだね、んじゃこの街は明日からレベル2の戦闘配備とし、5日後水門を閉めますかね。どうだい矢破部」

 「結果論ですが、遅いくらいでしたねヘッド」

 「よし、そんな感じで今日は解散だね。錫乃介、そんなわけだから明日君はドンキーホーム仕事休みね。お店は一時的に閉店するから必要な物資は明日買いに来てね。社割にしとくから」

 「ああ、わかった」


 そう言って錫乃介は席を立ち、1人部屋を出て行った。解散とは言ったが、まだ自分には聞かせられない話もあるだろう。そのくらいは察せられる。複雑な思いを心中に帰路に着く錫乃介であった。



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