アラビアのロレンス

 男達の会話は続いていた。

 


 「彼を何故帰した?」



 矢破部がチラッと扉を見て問う。



 「義憤に駆られて一緒に戦う気になっちゃうかもしれないからさ。それは…「彼はこの街どころかこの時代の人間ですらない、からか」



 ヘッドが言いかけた言葉に矢破部は繋げる。



 「そ。さ、状況はあまり宜しくない。こちらの戦力、というか戦える人間は?」

 


 ヘッドの問いにデイビッドが答える



 「テツロー、ブッチャー、マスター、ポマード、ローメン、モヒカン、ゲオルグ、エミリン、ウララ、アンシャンテ、ラオウ、ラオウの直属部隊が20名、それから志願兵が30名程」

 「ゲオルグのとっつぁんはもう戦い厳しいんじゃ無いですか?」

 「バーン、それはそうだが、我々の中で最古参だ。経験だけは誰よりもある。やる時はやるさ」

 


 矢破部の言葉の後に“パンッ”とヘッドが手を打つ


 

 「何にせよ、僕らはこの街を守るため精一杯頑張ろうじゃないか。そして、ラストディヴィジョンとかいうふざけたイナゴ共に、この街を狙った事を後悔させてやろう」

 


 ヘッドの言葉に、男達は各々心の内に決意を秘める。


 「そんじゃ、明日主要メンバーは夜ユニオンで作戦会議ね。矢破部、濃いめのコーヒー用意しておいてね。

 「ヘッドは甘めのカフェオレだな」

 「そうそう」





 あくる日、錫乃介は朝のトレーニング後ランドマインアントを20体ハント。その足でハンターユニオンに向かうと、3人の少しムッとした表情のアンドロイドに取り囲まれた。

 


 「ちょっと錫乃介さん、話しがあるんだけど」



 ムッとした表情のまま口を開いたのはウララだった。



 「ああ、丁度良かった、俺もお前らに話しがあったんだ」


 「えっ」



 その言葉に、奢らせた事を責められるのか?と思った3人に少し間ができる。

 本来なら、三股してんじゃないわよ、と難癖つけようとしていただけなのだが、気負いが逸らされてしまった。

 


 「な、何かしら。お先にどうぞ。でも、お金なら無いからね」



 少し動揺しながらエミリンが言う。



 「ん?あぁ、今更女の子に飯代請求する程、ケツの穴ちっちゃくねーよ。んで、俺の話しってのはーー」

 


 先に街を出る事情を話し始めた錫乃介に、エミリンはオウム返しで話す



 「街を出る?」


 「あぁ、戦争が始まるっていうからさ、尻尾巻いて逃げるわ」

 


 ………。


 

 「ーーそう、また始まるのね」

と呟くのはアンシャテ


 「何となく、矢破部さんの空気に感じてたけど」

 と俯くウララ


 「そんなわけだから、ビビリの俺はバイならする…「いつ行くの?」


 言葉を遮って聞いたのはエミリンだった



 「え?まだ準備してないし明後日くらいかな?」

 

「何時?」


 「たぶん早朝」


 「そう、気をつけてね」


 エミリンの意外なセリフに、おそらく初めて言われた労いの言葉に少し動揺する。


 「お、お前らどうするんだ?」


 「戦うに決まってます。今までもずっと戦って来た。私達の仲間はそれで随分減っちゃったけど」

 とアンシャテが応え、ウララが続く。

 「昔はもっといたんだけどね。私達ってセクサロイドだけど、戦闘ソフトが入ってるし、チューンナップしてるからその辺の一兵卒より強いし」

 「錫乃介より絶対強いよ私達は」

 と、エミリンは胸を張る。



 「お、おう。それでお前らの話って?」


 「別に、三股すんな!って忠告したかっただけ。それじゃね仕事戻るから」



 と言って3人はバックヤードに消えていった。



 「何がどうなってどうしたら、そんな忠告が生まれるんだ?」


 あまりにも不可解なセリフに錫乃介は首を傾げながらユニオンをあとにし、ドンキホームへ向かった。


 


 ドンキーホームでは蟻地雷の売却と、これからの必要物資の購入をする。その際バーンとデイビッドには、街を出る事を告げる。バーンのケツに月岡制の津南爆弾を突っ込む野望は残念ながら果たさそうもない事に落胆しつつ、事務室へ向かう。

 事務室ではトーキングヘッドがカウンターの向こう側で、いつものようにデスクワークをしていた。

 端末をいじりながら、トーキングヘッドは声を発する。



 「やぁ、座りなよ。進退は決めたみたいだね」


 一拍の間を置いて応える


 「あぁ、街を出るよ」



 トーキングヘッドは少し安堵したのか、端末をいじる手を止め、即座に笑みを見せる。



 「うん、それがいい」


 と応えた。そして身を乗り出して端末を置き、錫乃介に向かう。


「早い方が良いよ、こちらの斥候から情報が来てね、状況が変わった」


 「どうした?」


 「敵の配備はもう粗方済んでいる。今日にも進軍しておかしくない。昨日水門を5日後に閉めると言ったが早まる。明日だ」


 「急だな」

 


 想定よりもだいぶ早い。相手の配備がそこまで進んでいるとは思っていなかった。


 

 「そりゃ、あちらさん次第だったからね」

 「わかった明日早朝街をでる」

 「次の行き先は決めたかい?」

 「いや、北以外という事しか」

 「じゃあ、南だね。デザートスチームも南の街から来てる。距離は500キロだ」

 「けっこーあるなー」

 「昔は街と街の間は短かったんだろ?」

 「いや、そんなことはないが、少なくとも俺がいた日本は、街の境目なんてなかったよ」

 「凄いな、見てみたかったよ。移動の足はバイクがあるんだよね?」

 「そうだな、ジャイロキャノピーって安物だがな」

 


 移動するだけなら充分さ……と、ここまで言ってからトーキングヘッドが何かを思い付く。



 「そうだ、下の戦車使いなよ」

 「使いなよって、冗談じゃなく?」

 「2億って値段は冗談だけどね。あの戦車は骨董品でしょ。この戦いにはハッキリ言って役に立つ代物じゃあない。お店の看板みたいなもんだからね。実際買ったら100万くらいだよ」


 

 下の戦車とはドンキーホームの入り口に鎮座する『シャール2c』の事である。WW1時にフランスで開発された超重量級の巨大な戦車だったが、WW2時点ではすでに旧式のロートル戦車だった。しかし、その無骨な外見や、多砲塔というロマンをくすぐる戦車な為、未だファンが多い。



 「ま、あげるわけじゃない。戦争が終わってさ、この街が勝ってたら返してよ。負けてたらそのままあげるから」



 その言葉に錫乃介はヘッドの色付き丸眼鏡に隠された眼を見つめる。


ーー

ーー


 何秒経っただろうか、とても長い時間に錫乃介は感じられた。

 

 「よしてよ、男に見つめられる趣味は無いよ」

 「世話になった。感謝する」


 短く言葉を紡ぎ出し、その場を後にした。

 


 残金8,200



 夜、錫乃介はゲオルグの爺さんのゲルに来た。


 「ジーさんにはぼったくられてばかりでとうとうやり返せなくて恨みしかないけど、世話になったのは間違いない。ありがとう感謝する。俺は明日街を出るよ」

 「こちらこそ、いい揶揄いがいのある馬鹿で、楽しかったわ。また何処かで会えたらのう」

 「一つ聞きたかったんだが、ジーさんはこの街を作った1人なんだろ?何やってたんだ?」

 「ワシは受電設備のトイレ掃除夫じゃ」

 「嘘コケ」



 とその時、外に人の気配がし、少し緊張感が走る。



 “ゲオルグ准将お時間です。ユニオンへお願いします”



 その言葉を聞き錫乃介とゲオルグの間に沈黙が生まれる。



 「トイレ掃除って准将の仕事なんだな」

 「窓際族での」




 あくる日早朝


 ハンターユニオンの入り口で3人のアンドロイドがお互いを不思議そうに牽制していた。



 「ね、エミリンずいぶん早く無い?

 「アンちゃんこそ」

 「私は仕込みとかあるし、いつも早いもん」

 「でも、外で仕込みするわけじゃ無いでしょ」

 「そう言うウララちゃんも何しに行くの?」

 「たまには朝の散歩もいいかな?って」

 「今までそんな事しかったのに?」

 「だから、たまにはって」

 「じゃあ私も散歩する」

 「何処までエミリン?私も散歩したかった」

 「え、アンちゃんも?水門?かな?」

 「私も水門に行くつもりだったけど?」

 「ウララちゃんも?じゃ、じゃあ皆んなで行こうか」





 ドンキーホームの入り口にある戦車の前に行くとバーンとデイビッドが待っていた。


 「こいつの調整は終わってます。およそ200年前の代物ですが、それはガワだけです。中身は自動装填装置に駆動制御ユニット、自動操縦、自動照準、これらが無線で電脳とリンクできます。戦車の中は電波妨害には合いませんから。ですので、ワンオペで稼働可能戦車になってます。予備燃料もあります。ジャイロキャノピーも積みました。ヘッドからお土産もあります。後で見てみてください」


 

 「バーン、何から何までありがとう。実はな、白状するとお前のケツにダイナマイト突っ込んで、爆破してやろうかな?ってくらい、電脳買わされた件でムカついてたんだけど、結果的にナイスな電脳だったよ。感謝してる」


 「は⁉︎」


 と、驚くバーンを尻目に戦車に乗り込み、エンジンを稼働させると、バオゥンとディーゼルの音がする。そこから先の操縦はナビにお願いする。なんつっても戦車の操縦なんてさっぱりわからない。



 ハッチから覗くとバーンとデイビッドがいた。手を振ってるわけではないが、こちらを見送ってくれている。




 そのままギャリギャリと街の出入り口である水門まで進むと、見慣れた3人の人影が見えたため、戦車を止めてハッチから出る。

 

 「ちょ、まさか見送りに来てくれたのか?」

 

 そこにいたのは3人のアンドロイドだ。

少しモジモジしているが、意を決したように前に出る。


 まずアンシャテは開口一番

「錫乃介さんの事は、私達皆んな嫌いで苦手でウザいと思ってるの」


 「は?」


 次にエミリン

「死んでも、まいっかな?って思ってるくらいなんだけど」

 「え?」

 

 そしてウララ

 「でも、メッシーがいなくなるのはちょっとだけ嫌なんです」

 「あのな!」


 「「「だから」」」

 

 「錫乃介さん、また屋台市場で2人で一緒に食べ歩きしたいな」

 「ん〜拒否するぅ」


 「ね錫乃介、また朝まで飲もうね!」

 「ん〜謝絶します」


 「錫乃介さん、また美味しいレストラン付き合ってね」

 「ん〜否決ですぅ」



 「なんなのよ!あんた!」


 あ、ついにエミリンがキレた



 「敵地に自爆特効してきてお願いだから」


 ウララもキレた



 「そしたら少しは好きになるかもよ“キモおじ”」


 アンシャテもキレている。


 

 3人の文字通り姦しい女達を他所に、戦車を発車させる。ギャーギャー騒ぐ姿が、後方部カメラのモニターで見られる。

 ちょっとだけ、寂しいと思ってしまったかもしれない。


 そんなわけで


あばよ、アスファルト

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